Fragment-memory of side story-
黒乃
ある日の部隊長たち(ヤク、スグリ)
本編一部作目閲覧後推奨
ほのぼのです
その日、スグリはヤクの家を訪ねた。軍の勤務は今日は休みだ。呼び鈴を鳴らせば家主が家から顔を出す。彼はスグリが家に訪ねてくることが予想外だったらしく、少しだけ目を見開いてから尋ねた。
「スグリ?今日は休みなのか?」
「ああ。邪魔してもいいか?」
「構わん。茶でも淹れよう」
「お気遣いなく」
リビングに通され、椅子に腰掛ける。ヤクはいい緑茶が手に入ったから、と湯を沸かしてくれていた。なら、と手土産に持ってきた煎餅を渡す。ガッセ村のヤナギから送られてきたものだと伝えれば最初は遠慮されたものの、家にはまだ何十袋とあるのだ。
「俺を助けると思って貰ってくれ。部下たちにも渡してるが、一人じゃとても食い切れん量だからな……」
はは、と思わず遠い目にもなる。
「まぁ……そこまで言うのなら」
「助かる」
「折角だから、茶請けにさせてもらうぞ」
「ああ、緑茶となら相性はいいかもな」
数分後、テーブルに煎餅と緑茶のもてなしセットが完成する。ヤクが淹れてくれた緑茶は、確かにこれは良いものだ。香りが優しく、味も悪くない。煎餅は、ガッセ村で収穫した米が使われている。醤油と味噌、2種類の煎餅に舌鼓を打つ。個人的には飽きが来ている味ではあるが。ヤクはその煎餅が気に入ったらしく、美味いなと言葉を零す。
「今日は休日なのにどうした。まさか私を監視にでも来たのか?」
「半分正解だ。……頼まれたんだよ、お前の部下に。お前が本当に、しっかりと、謹慎してるか見てきてほしいってな」
「失礼な。しっかり謹慎しているぞ」
「どうだか。じゃあここ数日、謹慎中に何をしていた?」
「……新しい訓練内容だったり、部隊内の模擬戦の計画の考案とか、だな」
「おいコラお前数秒前の言葉取り消せ」
はあ、とため息をつく。想像通りの答えだったことに、呆れと心配が混ざる。それに対しヤクは仕方ないだろう、と弁解する。
「謹慎の身であるのだから、これくらいしか仕事をこなせないだろう!」
「お前いっぺん謹慎って言葉辞書引いて調べてこい」
「馬鹿にしないでほしい。それくらい私も心得ている。だが謹慎の間も仕事のことを考えて、何が悪い」
「そこ開き直るなよ」
緑茶を飲み、もう一度ため息をついてからスグリは話し始める。
「さっき監視が半分正解って言っただろ?もう半分は、お前の我儘があれば付き合おうと思ったんだよ」
「私の我儘に?」
「ああ。したいことがあれば付き合おうって考えてたんだ。仕事以外のことでな」
「何故仕事を外す」
「でないとお前、確実に仕事のこと根掘り葉掘り聞いてくるだろ。そうじゃなくて、仕事とか抜きにしたお前のやりたいことだよ」
何かないか、と尋ねた。尋ねられたヤクは顎に手を当て、しばし逡巡する。
こうでもして聞かなければ、ヤクは自分のやりたいことを口にしない。欲がない、と言えばそうなのかもしれないが。だが以前のような張り詰めたままの彼では、こんな風に迷うことはないのかもしれない。
変わってくれて良かった、と内心安堵の息を漏らすスグリである。少しずつだが、本当の姿でのヤク・ノーチェとしての意思が、表面化してきている。
それを、ずっと待っていた。
そんな風に考えていたスグリのことはいざ知らず、ようやくヤクが口を開いた。
「そうだな……ここしばらくの間謹慎はしていたが、あまり動いてないから身体が鈍っていそうで多少不安だ。だから、手合わせの相手をお願いしたい」
「若干仕事にも絡んでいそうだが……まぁ、及第点ってところか。魔術剣術抜きのか?」
「ああ、体術の方を少し。動かさない期間があると、いざって時に反応できない可能性もあるからな……」
「わかった。それなら裏庭でも大丈夫か?」
「問題ない。頼めるか?」
「いいぞ、食後の運動といこうか」
空になった湯呑みをそのままに、スグリとヤクは彼の家の裏庭で手合わせするために、各々準備をするのであった。
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