33 黒ひとかげ



最初に、このお話を読まれる方へ、

以下の警告文をお読みください。



私のように趣味で怪談を書いている者の

作品を読まれているということは、

貴方様は世程のオカルト好きで好奇心が旺盛なんだと思います。


「少し怖い話が読みたいな。」

という方でしたら、はずれのない安全牌な

メジャーな怪談を読まれるでしょうから。



最初に言ってしまうと、

これから私がお話しする体験は、

そんな知識豊富な皆様からしたら

物足りないと感じてしまうと思います。



ただ、私は、

警戒心を薄れさせてしまうようなこのお話が、

貴方を危険な目に遭わせないか、

心配でなりません。



心配なくせにここに書くのは、

あの日見た不気味なものを、

過去の体験として終わらせたいからです。



あれの正体も、及ぼす驚異も、

対処法も分からぬまま、

ただ、逃れたい、忘れたいという

エゴだけで書いています。



警告です。


もし、貴方が本文に出てきたナニかを見ても

決して目を合わせないでください。


そのナニかを知ろうとしたり、

追いかけたりしないでください。



視界に入ったらすぐに目をそらし、

存在を忘れてください。



ホラーやオカルトが好きな貴方様が、

好奇心によって身を滅ぼさないことを、

危険に侵されないことを祈っています。





ー ー ー




ある夏の日の正午。



私は、当時住んでいたアパートから車で

職場に向かっていました。




空は青く、真っ白で美しい雲が浮かんでいます。



気温は暑くありますが、

車内はエアコンが効いていて快適ですし、

お気に入りの、アップテンポな曲を流して

爽やかな心持ちでした。



コンビニの前を通過し、

見慣れた住宅街の間を通っていると、

それは突然、現れました。




左手にある、特に特徴もない二階建ての屋根の上。



真っ黒い人影が四つん這いで屋根の上を

這っていました。


まるで、真っ黒なとかげのようでした。


夏の眩しい日差しが当たっているにも

関わらず、

光沢のない墨のような真っ暗な影です。



影は最初、屋根の向こう側にいたのですが

頭を地面の方に向け、

ゆっくりと大棟を乗り越えてこちら側にやって来たかと思うと、

四つん這いのまま、ケラバという屋根の出っ張ったところを、

左手、左足の順で跨ぎました。



そうして、ケラバの先端に腰を下ろすと、

そこで体操座りになり、

ぼーっと遠くを眺め始めたのです。




可笑しなことに、

それは見ようとするところが見えず、

それ以外のところがはっきり見えるのです。



例えば、顔を見ようとすると

顔は真っ黒なのに、ピントの合わない

手や足が肌色に見える、といった感じです。



困惑してきょろきょろと目を泳がせて、

影がどんな人であるのか、

ざっくりと知ることが出来ました。



髪は現代風のショートヘア(男性の中では長い部類に入りそう。)、金色に近い茶髪。


野球帽かタオルかを巻いている。


白いロゴ入りのTシャツを着ているが、

その下に黒い長袖のアンダーウェアを

身に付けている。



ただ、どれだけ確認しようとしても、

顔だけは真っ黒く、見ることができませんでした。




それの横を通りすぎたのはたった

数秒のことなのに、

よほど刺激が強かったのか、

脳裏に焼き付いてしまい、

あの奇怪な動きと姿を忘れられないのです。




顔が全く見えなかったはずなのに、

それが私の方を見ていないことはわかりました。


もし、存在が気づかれていたら、

目があっていたら…。






そう考えると、

怖くてしかたありません。








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