第28話 好きなものはなんですか?


友人をつくることが下手なのは、幼少期から折り紙付きだった。


元々趣味である読書に没頭しやすい質で、流行などが追えず、会話も狭く深いものしかできないものだから、周りから人が居なくなる状況に陥る。


最近は、もう出来るはずはない出来たら奇跡だなんて半ば諦めの気持ちでいた。


20代で落ち着いてるなんて言われるが、活気づくような話題がないからってだけで、私だって本当は落ち着きたくないし、人並みに遊びたい。

ただ、やり方が分からないだけなんだ。





そんな私が孤独感を強めたのは先日のこと。


大好きな作家A氏の作品を読み終え、感動の渦に飲み込まれながら、思った気持ちをそのままSNSに投稿した。


が、返ってきたのは、2、3件の高評価のみで、しかもそれらは、A氏のファンの方のものだった。


私は別に、注目してもらいたかったとかそんな意図があって感想を書いたのではない。

だけれども、「こんなに良い本を読んだんだ!」という何気ない言葉に、「そうなんだ。」なんて相槌すら返ってこないことに落胆した。


興奮が冷めて周りを見れば、鏡の中6畳程のワンルームに、本にだけ囲まれた私と目が合う。


(一人だ。)

その時ようやく、自分が孤独であることに気がついた。


天気、最近起きた不幸、ちょっとしたラッキー、昨日食べたご飯…。


それらの話題を誰かに伝えた時、楽しかったのかそうでなかったのかすら思い出せないほど、過去にある。


唯一思い出せた他人との関わりは、登下校の際に先生と交わした「おはようございます」だけだ。


じゃあ、親と話せばいい、とはならなかった。


一人暮らしなのも自立したくて始めたのに、物理的な寄っかかりを脱した次は精神的に依存するなんて、「私はもう子供じゃない。」というプライドが許さないのだ。




休日、改めてほんのりとした寂しさに対面した私は、早速友達作りに取り掛かることにした。


(とは言ったものの、友達なんてどうやって作るんだろう?)


ネット上の趣味サークル?

それともまた別のSNS?

どちらもピンとこない。


調べてみたが、会員登録が複雑で、もし入会できたとしても、そこでできるのは友達ではなく、活動を共にする仲間といった印象だった。


いいと思ったものも、最終更新日が数年前だったりと、機能していなかったりする。


(何かいい方法はないかな…。)



ないだろうとふみつつ、アプリケーションのストアの検索フォームに『友達づくり』と入力する。


該当するアプリの多さに心が踊ったが、蓋を開ければほとんどが異性との出会いを求めるもので、がっくり肩を落とす。



っていうと、そっちの意味になるのね。)



ただ、50数件も調べだされたアプリ全てが

出会い系であるなんてことはないだろう。


私は動画サイトのCMにも出るような有名アプリをスクロールで無視する。



(あ、これいいかも。)



見つけたのは、“トモダチトーク”という

可愛い熊のキャラクターが大きく描かれたアイコン。


アプリの説明をするアピール画像には、『複雑な会員登録不要!匿名で気軽にお話できます。』とポップな文体で書かれてある。


詳しく見てみれば、生年月日での年齢認証は必要らしいが、所在地や電話番号、メールアドレスなどの個人情報は不必要で、色んな人とチャットができるとのこと。



(始めるのも気軽だし、有名でないわりにダウンロード数も多い…。なんだか楽しそう。やってみようかな。)



早速ダウンロードをして、生年月日のみを登録する。


簡易的な作りのマイナーなアプリだからか、

読み込みに時間はかかったし、ホーム画面やチャット画面もチープではあったけど、

ショートメールよりは使い勝手が良さそうだった。



プロフィールを設定している最中、ポロンと音がして、運営からの通知が入る。



『ようこそ。トモダチトークへ!

 全国様々な方と匿名で繋がり

 いっぱい友達を作ろう!

 方法は簡単。

 虫眼鏡マークをタップして

 年齢、性別、趣味を入力すれば

 それにあった友達がみつかるよ!

 気になる人には友達申請をして

 承認されればトーク開始。

 楽しくお話しよう☆

 以下は楽しくトークするための

 注意事項ですー…』



以下の注意事項には、他のSNS同様、

誹謗中傷や出会い目的の個人情報

やり取りの禁止などが事細かに記載されていた。



(自分から探しに行って申請するのか…

 承認されなかった時のこと考えると

 ちょっとやだな…。)


現実世界で人とうまく関われない原因の一つに、自分から話しかけたりと積極的に動けないことがあった。


友達がほしいくせに自分から動きたくないという、我ながらわがままだと呆れるけど、苦手なもんは苦手だ。



(そうだ。

 誰かに見つけてもらいやすいように

 プロフィールを細かく書こう。

 それでも友達申請してもらえなかったら

 自分から探しに行こう。

 名前は…本名に被らない“なつめ”で。

 プロフィール画像は無難な風景でいいか。)


私は初期設定のまま『よろしくおねがいします。』しか書いてなかったフリースペースに、素性を明かさない程度で自己紹介を書いた。



『はじめまして!

 大学を卒業し、社会人になって1年

 経ちました。

 何気ない話ができる友達が

 できたらいいなと思っています(^^)

 趣味は読書で普段は本屋で働いています。

 よろしくお願いします。』



何度か読み直し、誤字脱字を確認してプロフィールを更新する。


液晶画面と睨み合って疲れた目をほぐし、私はお昼の支度に取り掛かった。





それから30分経った頃だ。

聞き慣れない通知音でスマートフォンを開いた。


(トモダチトークからだ。

 あ、友達の申請がきてる!)


アプリの画面を開いて確認すると、

“リンリン”という女性から申請が来ていることが分かった。


プロフィール欄にはこうある。


『こんにちはー!リンリンです!

 楽しいことが大好き☆

 いっぱいおはなししたいな(≧▽≦)

 趣味はお散歩だよっ

 実は釣りが好きなんだ(*´ω`*)

 よろしくおねがいしまーす!!!

 【追記】

 アプリ始めてから

 同じ趣味や考えの人と会えて

 めっちゃ嬉しいよ〜(人 •͈ᴗ•͈)

 これからもよろしくねっ』




可愛い絵文字を沢山使った今どきの文章だ。

私とは違うタイプだけれど、歳が近そうで少しホッとした。


明るく話しやすそうな雰囲気に興味がわき、承認ボタンを押す。


それにしても、文章の最後の追記から、

このアプリだと趣味の人と繋がりやすいことが分かる。


読書好きな人とも出会えるかもしれない、そんな希望に胸が躍った。



チャット画面を開いて、早速リンリンさんに挨拶をする。


『はじめまして!

 申請ありがとうございます。

 よろしくおねがいします!』


ポコッと音がしてリンリンさんからメッセージが届いた。


『はじめまして(*´ω`*)リンリンでっす!

 なつめちゃんでいいのかな?

 よろしくねー!』


プロフィールの雰囲気と変わらず、元気で明るい人で安堵した。

また、ポコッと音がする。


『なつめちゃんは本好きなの?

 すごいね!』


趣味のことに触れられ、しかも肯定されたことが嬉しくて、頬が緩んだ。


『そんな!すごくないですよ。』

『ううん!すごいよ。

 私は頭悪くてさ。本とか読めないんだよね。

 活字が苦手で(汗)』

『そうなんですね。

 読みやすいものも結構ありますよ。』

『そうなんだー!全部難しいと思った

 てか、さっきから敬語だね(笑)

 全然ため口でいいよ( ꈍᴗꈍ)』


初対面で砕けた言葉で話すなんてとても緊張するが、リンリンさんが話しやすいなら合わせてみようかな。


『分かった^_^』

『まだ固い気がするけどいい感じ(笑)

 なつめちゃんは今何してた?』

『ご飯食べてたよ!

 リンリンさんは?』

『私は近所散歩してた!』


リンリンさんのプロフィールにあった、

散歩が好きという言葉が浮かぶ。


同い年で明るい今どきな彼女にしては渋い趣味だと思った。


『ほんとに散歩が好きなんだね。』

『実は■県の■町ってところに

 住んでるんだ 分かるかな?』

『テレビで見たことある!

 海に近いのどかな所だよね。』

『そうそう!田舎なの(笑)

 だから散歩ぐらいしかやることないんだ

 働くようになって友達とは

 疎遠になっちゃって』


自分とは正反対でいきいきとしたリンリンさんが、同じような悩みを抱えていたことに驚く。


同時に、親近感が湧いた。



『私もそうだよ。』


そう返してから、仕事の悩みなどに花が咲き、気がついたときには夕方だった。


お互いに生活があるということで、また落ち着いてから、夜にお話しようと約束をして、アプリから退出した。



気がついたら夕方だったなんてこと、読書以外にあったかな。


それも、誰かと話をしていて楽しくて時間が過ぎるなんてこと。


正直に言えば、この先話が合うか不安だったけれど、リンリンさんとなら友達になれる、そんな気がした。




ただ、それからリンリンさんからのメッセージは来ず、そろそろ寝ようとした夜の10時。


ポコッという音に目が開いた。



『ごめん(_ _;)夜遅くに

 まだ起きてるー?』

『起きてるよー!』

『良かった〜!もう寝てるかと思った(笑)

 明日仕事?』

『そうだよー!でも、あと1時間は

 起きてて大丈夫!』

『やった!なつめちゃんとの話

 楽しいんだよね(≧▽≦)

 寝る前に話せたら嬉しいなって

 思ったんだ〜』

『ほんと?嬉しい。私もだよ!』


そこからまた明日の予定など何気ない話をした。

そうそう、私はこんなやり取りをしてみたかったんだ。

新鮮で温かい、関わりに心が解れてく。



『そういえば、リンリンさんは

 散歩以外に好きなことあるの?』

『あるよー!海が近いから

 釣りが好きなんだっ(◍•ᴗ•◍)』

『そういえば書いてあったね!

 釣りが出来るなんてすごい!』

『エサとかつけるの超得意だよ(。•̀ᴗ-)✧

 ■町一じゃないかなって思ってる!』


絵文字が増えたことから、リンリンさんのテンションが上がってきたことが分かる。

自分が聞いた話題で盛り上がってくれて、私も楽しくなってきた。


『私はやったことがないから

 わからないけれど、

 釣りってやっぱり楽しい?

 どんなところが好きなの?』


リンリンさんを理解したい、もっと話を引き出したい。

そんな軽い気持ちでした質問に、彼女はこう返した。


『やっぱ釣った時かな!

 めちゃくちゃ爽快なのヾ(*’O’*)/

 釣り上げられた魚がビチビチって

 跳ねるんだ(◕ᴗ◕✿)!!!!

 目をがっと見開いて、口パクパクさせて

 陸で呼吸なんて出来るわけないのにね(笑)』


絵文字とビックリマークを沢山使った文章。

色とりどりで明るいのに、私は嫌な汗を書いた。


私が釣りについて無知だからかもしれないけれど、釣り上げられた魚の描写が妙に生々しい。



『そうなんだね。達成感はありそうだね。』

『そうなんだよー(・∀・)

 なつみちゃんもやってみてよ!

 ほんとハマるよ!

 特に釣り針を抜くとき!

 ヒレをバタバタ動かしてほんとに

 苦しそうで、

 あ、私、釣りしてる!ってなるの( ╹▽╹ )』


混乱してきた。

リンリンさんは本当に純粋に釣りを楽しんでいるのだろうか。


読書しかしてこなかった私が、

ただ楽しいとしてる表現を変な意味で捉えてしまってるだけなのか?


『魚が好きなんですね。』

『あー、うん。好きかな。

 色々生き物は好きだよ。

 そうだ、最近気になってる場所が

 あるんだ!』

『そうなんですね。どこですか?』

『あのね、水族館!

 クラゲ見てみたいんだ(*´ω`*)』


肩の力がすっとぬける。

リンリンさんはただ魚や生き物が好きなだけなんだ。

ただ、表現が奇抜なだけなんだ。


クラゲが好きなんて、可愛らしいじゃないか。



『クラゲが好きなんだね!

 癒やされるらしいね。』

『そうそう!好きっていうか

 見てみたいというか!

 水族館行ったことないんだー!

 海が近いからかな。

 どーしてもクラゲが見たいの!』

『めっちゃクラゲ好きなんだね(笑)』

『そうだよー!だって』



リンリンさんはこう続けた。



『最近知ったんだけど、

 クラゲって透明だから

 心臓がまる見えらしいんだよね(*´ω`*)

 心臓だけじゃなくて内蔵全部!!!!

 それ聞いたらめっちゃ

 ワクワクして✧◝(⁰▿⁰)◜✧

 絶対みたいなって思ったの!!!』


嫌悪感以上の何かが胃からこみ上げて、喉の奥に唾液が溜まる。


必死にそれを飲み込んで口呼吸をするが、

気持ちは落ち着かず、返す言葉が浮かばない。


リンリンと名乗る猟奇的な女は、

こちらの返事も待たずに

『水族館調べなきゃな〜』

『ってもうこんな時間(汗)

 なつみちゃんありがとう!

 また明日ねっ☆』

とメッセージを連続して放って、チャットルームから退室した。



私はすぐさまそいつのメッセージが来ないように拒否して、アプリをアンインストールした。


電源を切り、ベッドから離れた卓上に置いて布団を被る。


心臓が嫌な音を立てながら脈打っている。


背中辺りに感じる冷や汗の感触が、誰かの気配のような気持ち悪さに思えて、

私はしばらく、寝ることも、目を閉じることも出来なかった。





絶対安全だろうと踏んでいたのに、

突然表出した歪んだ思考に触れてしまった、

このショックは大きく

気持ち悪さが落ち着くまで、数日感かかった。



日常に心と体が馴染み始めた頃、

同い年の田中さんという女性が職場に転職してきた。


指導係に指定された私は、彼女につきっきりで業務を教えることになった。


あまり無言だと相手も緊張してしまうかと思って、雑談を持ちかける。


「今日は温かかったね。」

「本当ですね!

 予報では雨だって言ってたけど。

 傘が邪魔になっちゃいました。」


その子は笑顔で返してくれた。

大人しい子だけれど、言葉遣いも声も優しくて、初めて会ったのに会話がはずんだ。


そうだ。アプリなんて顔の見えないもので友達を作ろうとしたのがいけなかったのだ。


これもきっと何かの縁だと、頭の中で話題を考えて、ぽっと出てきた質問を問いかける。


「何か好きなものとかある?趣味とか。」


田中さんは目をキラッとさせてとびきりの笑顔で言った。


「実は水族館巡りが好きなんです!

 特にクラゲが好きで…。

 無難ですかね?ははは。」


息を呑み何も言えなくなった私を

彼女が不思議そうに眺める。


「岡崎さん?大丈夫ですか?」

「ううん。なんでもない。なんでも。」



自分から話しかけておいて

失礼だとは思ったけれど

私は接客を言い訳に、その場からそそくさと立ち去った。





私はまだまだ友達ができなさそうだ。




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