第18話 嫉妬女の無双(中編)
美子を探しに京都まできた僕らは、一美が美子に仕込んでいたGPSを頼りに清水寺方面へ向かうこととなった。
そこで話し合った結果、五条坂から探す方向でまとまったのだが、いざバスに乗り込む段階でクリオと眞智子が『楽な方がいい』とゴネだし、話は再び振り出しに戻る。
一方で、一美は『後追いだと捕まらない』と主張している。
さて、ここから本題に入る。
正直、僕としては美子と合流さえ出来ればいいので、どのルートでも構わないのだが……ここらで方向性を決めてやらないと、いつまで経っても話が進まないし、挙げ句に『優柔不断なのは君の所為だ』と僕が責められる結果になるだろう。
仕方がない。さっさとバスに乗るか。
僕がアクションを起こすことで、彼女らも僕に釣られてあわてて乗り込んできた。
これで、ようやく話が動き出すが、同時に自分の退路を断つことになった。
「えぇつ、何も決まっていないのに乗っちゃうの!?」
クリオがムッとしながら僕に抗議するが、それは君達がゴネだしたからであって、僕の所為ではない。
幸い、バスの中ではエンジン音や他の客の話し声で、うちの連中の声が程良くかき消されたので、じっくりと他の選択肢も考えることにしよう。
まず1つ目は清水寺は諦めて、美子らが宿泊するホテルで彼女の帰りを待つ方法。
宿泊先のホテルはマサやん経由で美子の同級生である琴美に聞けば分かるはずだ。
だが、それだと折角京都来たのに観光も出来ないし、バスに乗った意味もない。
絶対に3人共怒るだろう。
――これは清水寺で美子と合流できなかった時の案に回そう。
次の案は、素直に清水道から行く方法。
今までだったら、間違えなく眞智子とクリオの意見を重視していただろう。
だが、今回はクリオよりも京都通の一美もいる。
今までの経験上、彼女の意見を無視してこのおバカ達の意見に従うことは、読んで字の如く、馬鹿を見るのは僕の方になるだろう。
――あえて却下する。
こんなことを考えていると、すでに僕の視界から京都駅は遠のいていた。
確実に清水寺方面に進んでいる。いい加減、話を決めなければならない。
では他の案はないか?
一応あると言えばあるのだが……これは文句言われそうだ。
だが、悠長に考える時間もない。
今回はそれで行こう。
僕は覚悟を決して自分の意見を彼女らに伝える。
「班を分けよう。清水寺ルートは眞智子さんとクリオで。五条坂は一美さん1人なので僕も一緒に探すことにするよ」
僕がそう眞智子らに伝えると、案の定、二人は「「はぁ?!」」声を荒げる。
「なんでよ、なんで私がこのヘタレヤンキーと!」
「なんでよ、なんで私がこのかまってちゃんと!」
眞智子とクリオはほぼ同時にお互いの事を指しながら抗議の声を挙げた。
その理由は、お互い二人で組む事が嫌というわけではなく、僕と別行動が不満なのだろう。似たもの同士というか……なんというか。
僕としても、彼女らだけ別行動させると何らかの問題を起こしそうなので、出来ればそれは避けたかったのだが、今回は苦肉の策である。
二人が文句を言う中で、一美が遠慮なく進言を続ける。
「確かに、挟み撃ちした方が確実です」
彼女は表情を変えず、淡々と「さっさと探しましょう」と言って、バスが『五条坂』とアナウンスを流すや否や停車ボタンを押した。
当然、二人は「「ちょっとぉ!」」と納得する訳がない。
一美は『ストーキングアイドル』とか『空気読めない女』とか散々言われているが、裏を返せば決断力があるということだ。
こういう人がリーダーなら、話が早く纏まる。
だが、一美の意見だけ重視しては眞智子とクリオがへそを曲げる。彼女らがへそを曲げると後々面倒くさい事になるので、「美子さんをみつけるか、お互い清水寺でドッキングできたら班行動は終わりだから」と彼女らにはそう断りを入れた。
――さて、五条坂バス停で降車した僕と一美はそのまま素直に清水寺へと登っていくのだが……
「神守さん、ここの八つ橋美味しいですよ」
先ほどまで株価が上がっていた一美が、店先の試食をガッツリと食いまくっていた。
おいおい、ここに来てそれはないでしょ……所詮彼女も佐那美同様、空気読めないだけの子なのか?!
「あのぉ……あとで八つ橋買ってあげるから、今は美子を探してくれないか」
「大丈夫ですよ。美子さんは予測どおり清水道から登っているハズですから……」
そう言うと彼女はスマホを取り出し、GPSの動きを確認する。
先ほどよりは感度が良いようで、誤差の範囲がだいぶ小さくなっているようだ。
「それにしても、皮肉なもんですよね。神守さんに取り付けたGPSを美子さんにみんな看破され取っ払われたちゃったのに、看破した本人に取り付けられていること自体気がつかなかったって……灯台下暗しですよね」
そう言えば今に思えば、美子がGPSがないのになんで僕の位置を割り出せるのかって不思議がっていた。
GPSをマジマジと確認する一美。だが、「ん?!」と声を挙げ僕の袖をクイクイと引っ張った。
「美子さん、途中で道を逸れてしまったみたい……おかしいな」
一美が首を傾げる。
さらに指でスマホ上の地図を拡大する。
「位置的にはもう少しすればクリオさん達と合流する頃なんだけど……」
一美が真剣な表情で僕を見る。
「美子さん、本人の意思は不明ですが、意図的に裏路地に進路を変えられたのかもしれません!」
「考えられる具体的例は?」
「旅先ヤンキーに絡まれているのかもしれません」
一美は真剣な表情でそう答える。
だが、僕としてはしっくりこない。なぜなら美子は、僕に関係ない者には決して絡むことはないハズである。
寧ろ、ヤンキーに心当たりがあるとしたら、うちのクラスに押し掛けるあの子の顔面を容赦なくバッチンバッチンと叩く『自称元ヤン』しか考えられません。
それでも眞智子が美子を路地に連れ出すようなことは考えにくい。
眞智子の性格なら、美子を見つけるなり『面倒事が終わった』とさっさと僕に電話を掛けて来るハズである。クリオも同じだ。
逆に美子自体が彼女らを路地裏に連れ込むことは……ないと思う。基本的にめんどくさがりの美子が二人を見つけたところで喧嘩を売ることはないハズだ。だって、そこに僕がいないから。
では考えられる答えとは……
「これは眞智子さんとクリオは関係ない、と思うよ」
「尚更おかしいです。現場に行って確認しますか?」
「そうだね。行ってみよう」
僕は一美の案内でその現場に向かう。
基本的に清水道であろうが、五条坂であろうが、観光客が多く、観光客がごった返しているのだが、この日は何故か人通りは疎らで、スンナリ移動することが出来た。
そして最も人通りがない場所で、美子がいた。
しかも見慣れないヤンキー共が美子の周りを取り囲んでいる。
「んだとコラァ」
一番イキっている金髪女が美子の顔面をジロジロ睨み付けており、一方の美子はジッとその女の様子を覗っている。ちなみにその金髪女は遠目からでもクリオではないことがわかった。
そして美子の周りを確認すると、後ろにマサやんの彼女である琴美がブルブルと震えて美子にしがみついており、何かの原因で二人はこのヤンキー女らに絡まれているのことが推察出来た。
僕が彼女らに声を掛けようとすると背後から誰かに口を塞がれた。僕の背中にとても柔らかいクッションが当たっている。この感触は……眞智子である。
眞智子が僕の耳元で囁くように何かを言ってきた。
「礼君も到着ね。これで別行動は終わりでいいかな?」
「もごもごもご(っていうか美子がなぜか絡まれているけど……)」
当然、口を塞がれているのでまともに会話することが出来ない。
それでも頭が良い眞智子は、僕が言わんとしている事を理解出来ている様だ。
「ちょっと聞き取りにくいけど、『美子がなんで絡まれているの?』って尋ねているでいいかしら? そうだとしたら琴美あたりが生意気な口を利いてトラブルになったって考えた方が妥当かな」
そう眞智子は予想していたが実際にそのとおりで、後日美子から確認したところ、琴美がヤンキー共と擦れ違う際に睨み付けたことがトラブルの原因だったそうだ。
話は戻す。
そして、僕の左側から聞き覚えのある女の子が小声で話しかけてきた。
「まずは穏便に話し合って解決って方法がベストかしらね」
クリオである。その彼女がウンウンと頷いている。
また右側から先ほどまでグイグイ引っ張ってきた女の子が、逆にその場所から遠ざかろうとしている。
「ここは眞智子さん達に任せましょう」
一美が自分の後ろに隠れる様に急かしてくる。
確かに眞智子に任せればすぐに解決するだろう。
だが、敵に塩を送られることを嫌う美子ことだ、それは絶対に拒むだろうから眞智子が手を貸すことはないと思われる。
もちろん、僕がお願いすれば、これを理由に美子の意思に関係なく動いてくれるとは思うが、逆に眞智子の意思にかかわらず動かしてしまうと、後のお礼が大変である……何を要求されるかわかったもんじゃない。
それでも、何が何でもこのトラブルは収める必要はある。
――しょうがない僕が動くか。
僕は眞智子の手を払いのけると
「ちょっとゴメンよ。うちの妹が何か君達に失礼なことでもしたのかな」
とフランクにどこぞのヤンキー集団に問いかけた。
一斉に彼女らが僕を見る。
美子も僕の姿を見て驚いていた。
「お兄ちゃん?! ……てか、なんでこの馬鹿女らまで連れてきたのよ!」
美子は一瞬うれしそうな表情でこちらを見るが、眞智子らを見るなり『意味分かんないんですけど?』と言わんばかりの表情でこちらを睨み出す。多分、睨み付けているのは眞智子、クリオ、一美に対してではなく、彼女らと一緒にいる僕に対して……であろう。
そして美子同様に、声を掛ける相手も非常にマズかった。
案の定――
「おいおい、これは上玉の男じゃねえか。おまえ、いいもの持ってんじゃん。ちょっとそこの男私らに貸してみそ――」
イキリ女の後ろから、大柄な女がノシノシとこちらに歩いてくる。きっと彼女らのリーダー格なのだろう。
「あたしらが遊んでヤッからよ……」
「私も、私も!」
遊んでヤルって意味、いかにでも取れるのだが、美子並の欲望の丸出しの彼女らの事だ、きっとロクな遊び方ではないのだろう……
それを裏付けるかの様に、涎を垂らしながら、こっちにノシノシと向かってくる。余程男に飢えていたのかも知れない。
ただ、男に飢えている彼女らではあるが、その容姿については決してブサイク……ではなく、寧ろ可愛いと言えるレベルで、彼女がいない男性なら大歓迎するところだろうか。
――ただ、僕からすれば譲れない残念な点が3つほど彼女らにあった。
一つは、容姿に関してはうちのヤンデレ娘達のレベルが桁違いに可愛すぎる事。
二つは、うちのヤンデレ娘達は……確かに理性がぶっ飛んだ女の子が大半であるが、それでも品位は悪くない。
そして最後に、僕自身が一番苦手であるという人は『下品な人』である。
そのリーダーが涎を拭いたその手を僕に延ばそう賭している。
――厭だなぁ……でも、その間に美子達が逃げてくれれば。
そう思いながら顔をそっと背けた。
その時だった。
バギイイイ!
という何か、聞いたことがないような激しい衝撃音が聞こえた。
その瞬間顔を音がした方向に向ける。
先ほどの、大柄な女性は宙を舞っており、また素早いフットワークで金髪の髪が彼女らの方に向かいパンパンパンと何かを弾く音が聞こえてきた。
さらには
「ンダコラアアア! 誰の男に色目使っているんだぁ」
という怒鳴り声を上げ、先ほどのイキリ女を組み伏せ、髪の毛を引っ張り挙げている光景も眼下で繰り広げられていた。
え……何が起こったの?!
いやいや、寧ろ普通に考えれば何かが起こった訳ではなく、怒ったうちの連中が殴り掛かっただけである。
――それも違うか。殴り掛かった、という穏便なものではない。
眞智子は先ほどの巨漢なリーダーに馬乗りになってマウントを取り、バッチンバッチンと顔面を殴っている。
一方でクリオは穢らわしいものを拭き取るかのようにハンカチで右拳を拭っており、彼女の足下には彼女らの取り巻きと思われる4人が転がり痙攣していた。
そう言えばクリオってボクシングやっていたっけ……
美子に関しては「食えよ……うちのお兄ちゃん風の八つ橋作ってやったからよぉ」といってどこぞから取り出した八つ橋を無理矢理イキリ女の口に押し込んだ。
その女は白目を剥きながら奇声を発しながら痙攣し、泡を吹き出した。
あっという間の出来事だった。
旅先ヤンキーはうちのヤンデレ娘達によって瞬殺されてしまった……
なお、琴美と一美はその凶暴な光景に耐えられず、その場に気絶していた。
「ちょ、ちょっと君達やり過ぎ!」
僕があわてて眞智子の肩に手を触れると、眞智子はようやくリーダーを殴るのをやめて「いやぁ……気がついたら殴っちゃった。てへぺろぉ」と血でそまった拳で自分の頭をコツンと叩いていた。
――えげつない。さすがに殴られた方は佐那美みたいに殴られ馴れていない(※佐那美は特異体質です)様で、顔面がボコボコになっていた。
クリオに関しては、僕のところに駆け寄ってきて「いやだぁ……眞智子って乱暴なんだからぁ」と自分がノックダウトした取り巻きについて、眞智子の所為だと言わんばかりである。
さて、うちの美子さんには何がどうなって僕風の八つ橋を持っていたのか、小一時間問い詰める必要がある。
僕が美子に声を掛けようとすると眞智子が「よう、美子。ぶっころっ!」と変な挨拶をしだした。そしてクリオも「美子、ぶっころぉ!」とそれに続く。
その結果、美子までもが
「ぶっころぉ~」
って釣られて応えてしまった。「――って何この挨拶?!」と後で問い返すもこのかけ声は非常にろくでもないものであった。
「おまえ、いつも『ブッ56す』って言っているから。可愛く言い直してあげたわよ。しっくり来るでしょ?」
眞智子はケタケタ笑いながら美子の方に歩み寄り、「こんな包丁よりも凶悪な兵器、とりあえず没収するから」と言って美子が手にした八つ橋を取り上げた。
当然、美子は怒り出す。
「何するのよ、このデブ!」
「デブじゃない。お義姉さんだ。いい加減に覚えておけ」
「はぁあ? おまえ、私に喧嘩売りに京都まで来たのか?」
――まぁ、そうなるね。
僕は仲裁役のクリオの方にチラリと視線を送ると、彼女はあからさまに嫌そうな表情で僕に睨み付けた。
そして……
「あんたも美子に喧嘩売ってないで、とりあえず場所移動しましょう。さすがにこの状況はマズいわ」
そう言って場所の移動を提案した。確かにヤンデレ娘達のおかげでトラブルは回避できたというか……もはやここは死屍累々と化してしまった。
色々面倒なのでこの場から立ち去ることにした。
――それから数時間後
空気読めない新人が僕らが宿泊先として押さえたホテルの前で
「いやぁ……神守さんが眞智子さんに監禁されちゃったみたいで一晩共にしちゃったみたいなんですよね。だから今日はみんなでお泊まり会です」
とダイレクトに美子に伝えてくれたものだから、さあ大変。前編の件に戻る。
「きシゃあアアあァアあ……」
真っ暗なホテルの一室で奇声を挙げ、身構える美子。
外は雷雨なのか時折、雷光が鬼神と化した美子の表情を映し出す。
かなりイっちゃった表情だ。
古都の怨霊が憑依したか……いや、それすら取り込んだのか、明らかに人間の動きでない。その彼女が僕の部屋の入口付近で得物を構え塞いでいる。
その悪霊もどきが、目の前にいるクリオに当たり散らす。
「クリオ……この馬鹿女らが揃って来たのはあんたの差し金か? ――答えろクリオォォ!」
「ひいいいいっ……」
美子の気迫に押されてクリオは仰け反り小さな悲鳴を挙げた。
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