第7話 お願いだから、喧嘩しないで!

 前回のあらすじ

 佐那美に映画監督お願いしたら、なぜかスプラッター映画になっていた。

 僕らの惨殺シーンは衝撃的なもので、佐那美の部屋はゲロまみれと化した。

 さすがに公に公開できないだろうと考えた僕らは、緊急のクラス会を開き試写会を実施したところ、クラスメイトは嘔吐・失神者続出。

 脳みそぶちまけた眞智子が賛否を問うも、クラスメイトは思い出し嘔吐をする始末。結果は言うまでもない。

 結局、僕と眞智子とマサやんは催し物の再選定に入る。

 決まった演目はとあるゲームのオマージュだった。


 

――――今、舞台が幕を上げる。



 おのおのがそれぞれの役を演じている。

 僕は役者経験ことはあるが、お世辞でも演技派ではない。

 それでも、アクションヒーローものならお手の物だ。これは経験と自信がある。

 その役者が、まさか棒読みで、素人丸出しの主役を演じるとは思わなかった。

 一応、お給金もらって俳優やっていたこともあるので、クライアントの意向にそった役を演じるように心がけている。

 正直煮え切らないものもあるのは確かだが、とりあえず役割を果たすまでだ。


 マサやんは宿敵ながら、笑いの壺を押さえており、悪人だが愛嬌あふれるキャラに仕上げてきた。

 一方佐那美は、地端プロダクションの看板娘と自称しているだけあって、下手なアマチュアよりは巧い。それに彼女は根っからのプロデューサー気質があり、シナリオに沿って劇がコントにならないよう調整している。

 意外と思ったのは美子と眞智子である。

 美子はこういう劇は全くの素人で、当然に素人感丸出しなんだが、主人公との絡みについてはダイヤの原石みたいに光るところがあり、正直驚いた。磨くととんでもない女優さんに仕上がるかもしれない。

 その中で目を光るのは眞智子である。

 眞智子は感情の込め方が自然であり、違和感なく伝えられている。しかもドラマとか映画と違う演劇という環境をよく理解し、声の出し方・張り方が良く、リアクションも自然でいて大きく非常に見やすい。ハッキリ言って僕よりも巧いかもしれない。



――――いよいよ、ラストシーン。



 マサやんを剣で打ち倒すといよいよエンディングに入る。

 そこには出演者がそれぞれ、僕に御礼の言葉を述べ今後自分はどうしていくか語るシーン。

 美子は歓喜余って鳴きそうになるわ、佐那美は女神なのに抱擁してくるわ――もちろん美子に回し蹴りを食らわされ何故かプロレスになっているわ……何かもう、それぞれが感情こもった寸劇としてはなかなか面白いものに仕上がってきた。

 まあ、クラスの催し物としてはユニークな物に仕上がったんじゃないか。


 その中で一抹の不安を感じたのは、眞智子である――


 当然、佐那美が抱きついてきた辺りは、いつもなら美子とタッグを組んで眞智子がラリアートかバックブレーカーでも決めるのかしてくるのに、どうも大人しい。


 ――不気味である。


 さて、僕が眞智子に言葉を掛けるシーンに入る。

 眞智子は僕の手をぎゅっと握り締め、自分が女神であったこと、今までの混沌の話や、自分が何をしてきたのかゆっくり語り始めた。

 まるでそこに女神が降臨してきた様な情景である。


 何、この子……凄い。


 そう思うと、素人役をやっている自分がちょっと情けなくなってきた。

 いや、与えられた仕事を全うするのが本当の仕事だ。

 でも、ちょっとぐらい感情を込めても良いだろ? 僕はちょっとアドリブを効かそうと思って、視線をチラリ佐那美に送るが、僕の視線に気づいた佐那美は慌てて首を横に振る。

 やっぱり、ダメか――ここは素人に徹するべきなのか。

 そう思った時、眞智子は話を強引に進めてきた。


 「私、そろそろ行かなきゃ――でも、私の様な女の子もいたんだと時々で良いから、思い出してください」


 おっ、そうだった。今は劇の事に集中しよう……素人丸出し……素人丸出し――


 「あなたも僕がいたということを忘れないで」


 僕は彼女の手を握り、傅き頭を垂れた。

 ここまで順調、あとは僕が立ち上がって彼女の手をそっと離し、彼女を背に去って行くシーン。あとは舞台が変わって旅出しのシーンへと移る。


 「では――」


 僕がそう言いながら彼女から手を離そうと緩めるも、彼女は握り締めたまま――はてな?

 彼女に視線を向けると彼女は泣きながら、僕の手を握り締め続けている。

 何かの演出なのか?

 とりあえず、様子を見てみようと思った瞬間、彼女から「礼君、お願い私に合わせて」と小声で呟いてきた。

 これはアドリブで乗り切るしか他になさそうだ。


 「女神様。名残惜しいですが――」


 「いや、離れたくない……いやよ。石に戻るなんて!」


 眞智子はそういうと、手を離し僕の首元を両腕に引き寄せ――


 チュッ――


 気がつくと、僕に口に彼女の口が重なっていた。

 一瞬、静まり還る。


 えっ、な、な、なんで、なんでこうなっているの?

 どういうこと、どうしてこうなった!? どうして僕が彼女とキスしているんだ?

 うれしい反面怖い反面ほどよくパニックになったころ、観客の歓声と――


 「「ギヤアアアアアアアアアアアアア!」」


――という悲鳴が2箇所から聞こえた。


 「眞智子、うちの俳優になんてことを! ぶっ○ろす!」


 「うちのお兄ちゃんになってことを! ぶっこ○す!」


 佐那美と美子が鬼のようなオーラを発し、今にも襲いかかろうとしている。


 「ハハハハッ、馬鹿め。アレが真の敵だと思うな、あれは天界の中では手下にしか過ぎぬわ!」


 眞智子がぶっ壊れた!?

 眞智子が、今までの女神のオーラから一転、邪悪なオーラ丸出しで佐那美や美子を威嚇する。


 「さあ目覚めよ、我が下僕!」


 眞智子はそういうと、下で横たわるファルトことマサやんを蹴っ飛ばし、立ち上がる様命ず――ていうか、マサやんまだ下に転がっていたの?


 「えっ、ええ?! 俺、死んでますけど?」


 「大丈夫だ。この女神がついている。この私の覇道を遮る愚か者2人を直ちに足止めせよ――」


 眞智子はそういうと、佐那美や美子を指さした。

 佐那美と美子は怒りのあまり半ゾンビ化して体を震わせながら、イっちゃった顔でこちらにゆっくりと迫ってくる。

 ヤンデレ二人が、迫り来る。


 「――いや、マジで俺死んじゃう」


 マサやんは彼女らから背を向け丸まってビビっている。


 「大丈夫だ。お前には小野乃医院がついている。こいつらの足止め頼む!」


 「いやだ!」


 悲鳴を挙げるマサやん。だが、相手は容赦ない。美子と眞智子が呪いの言葉を投げかけてきた。


 「――何、邪魔する気? だったら、こいつも○ろす!」


 「あんたも、グルだったんだ――死○で悔い改めよ!」


 完全に涙目になるマサやん――だが暗黒化した女神様には通用しない。


 「いやぁ、ホントにころさ○る!」


 「うるさい、さっさと逝ってこい!」


 眞智子はマサやんの首根っこを引き上げ、美子と佐那美に向かって突き飛ばした。

 だが、二人は大人しく避けるほど穏やかではない。


 美子が押し出されたマサやんのクビ目掛けラリアートをかまし、倒れた腹部目掛け佐那美がボディープレスを決めた。


 観客の歓声が一層大きくなる。

 おかしい、おかしいぞ。確か、これ恋愛ものの劇なハズなのに格闘ものに変わっている、いや確かに敵を倒すといえば格闘ものなんだが、これってもはやコント?


 「ぐふぉ――ろ……肋骨が――」


 マサやんは腹から胸を押さえながらのたうち回っている。

 そして、俺と視線が合うと、ピクピク腕を振るわせながら俺に助けを求めた。

 無理、無理だから!

 しかも『肋骨』というワードが、佐那美のNGワードに該当したようである。


 「何、私の胸はそんなにたいらか?そんなに真っ平らか?!」


 そこまで自虐しなくても、それなりにはあるとは思うが――ただ、それを言うと残る2人からミスターモミーと言われてしまう。

 怒り狂った佐那美はマサやんに頭突きをかまし、マサやん完全にノックアウト。


 ――その一方、佐那美は「胸あるもん、胸あるもん……」とブツブツ呟きながら四つん這いになりorz体制になって壊れてしまった。佐那美は胸のことや俺と眞智子のことでよくよく傷心してしまった。


 「一人潰したか――でも、肝心な奴を潰せぬとは、やっぱり役に立たぬわ。後で褒美の湿布はくれてやろう――」


 ――鬼だ……この人、鬼だ。

 だが、そんな余裕ないでしょ?眞智子さん。

 あなたの真横に、一番ヤバい奴が立っているんですけど!

 眞智子が美子の気配に気づき、眞智子は現役ヤンキーが腰を抜かす様な眼光で美子を睨み付ける。

 通常の美子なら、そんなの全く気にせずスルーするのだが、今回は僕が絡んでいる。完全にヤンデレモード突入だ。


 美子の右手は後ろに何かを隠している。


 ――て事は得物か?

 ヤバい、マジでヤバい。

 観客の声がヒートアップしてきた。

 ……おいおい、これはもう劇じゃないんですけど、リアルの決闘ですけど!

 助けて先生!

 そう願いもむなしく、先生方は感心して見入っている。

 だから、劇じゃなくなっているんだって!


 これは顰蹙覚悟でミスターモミーになるしかない。あぁ――これで僕は間違えなく進路指導室行きだ……

 僕はおそるおそる両手を彼女らの胸に向け差しのばしたが


 「「ミスターモミーになっても無駄だから。こいつは私が葬るから」」


と僕に視線をくれる訳でもなく、お互いに顔を近づけにらみ合っている。

 完全にシンクロしている感じだ。

 あぁ――もうだめだ。


 こうなったら僕が彼女らの攻撃を避けずにすべて受け止めて被害を僕だけで済ますしかない。

 皮肉な物である。レイン=カーディナルは弾丸や飛来物など刀で全て避けてきたのに、その本体は全て自分の身で受ける事になろうとは――

 僕はいかに眞智子を逃がすかとチラリ見ると彼女は何かを考えている様で行動が鈍くなっていた。

 ――あなたの場合は考えている余裕ないでしょ?

 目の前に美子が何かしようとろうとしているんですけど!

 美子は右手に隠し持っていた得物を取り出し眞智子目掛けて襲い掛かる。

 僕はすぐに美子の手首を掴みあげた。


 「離せ! こいつは私の大切な物を奪ったんだ! ぶっ○ろしてやる!」 


 美子が暴れ出す。

 とりあえず、得物は取り上げたが、他に何持っているかわからない。


 「この野郎――じゃなかった、このクソ女!」


 「眞智子さん、早く逃げろ!」


 僕は暴れる美子を必死で抑え、得物を床に滑らせ遠くに投げ捨てた。

 これは俺も死んだかなぁ――

 そう思いながらチラリと眞智子に視線を向けると、眞智子は逃げていない。

 ――というか、眞智子は何かをひらめいたようで、「あぁ……それしかないな」と大きなため息をついてコクリとうなずいた。

 そして、眞智子は美子の元に歩み寄る。


 「ちょっと、何してるんだ。早く逃げてくれよ」


 「大丈夫、大丈夫……ダイジョウブ――」


 眞智子は生気を失った通称ケロロ目で、美子の前に歩み寄る。


 「何だ、やるのか。ぶっ○ろしてやる!」


 美子は泣きながら眞智子の顔面に顔を近づけた。


 「分かったよ。分かりました。返してあげるから――」


 「奪っておいて、なんだその言いっぷりは!」


 眞智子は俺を美子に返すことで、美子を納得させるつもりなのだろうか?

 ――だが、次の瞬間俺は完全にフリーズした。


 チュッ――


 またも聞いてはいけない音が聞こえた。

 その音の先には……とんでもない光景があった。


 今度は眞智子が美子の唇に自分の唇を押し当てている光景であった。


 まさかの事態?

 硬直する美子、一瞬何が起こったのか理解出来ないようだ。

 観客の声が体育館を大きく百合動――じゃなかった揺り動かした。


 「ギヤアアアアアアアアあああああああああああ!」


 美子が観客の大声で、今自分はどんな状況になったのか理解出来たようで半狂乱で叫びだした。

 眞智子はジト目で美子を恨めしそうに――


 「はい、返しました。大切なお兄さんのキス」


――と口元を腕で拭いた。


 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……嘘だ! な、なんで、なんで?なんでアンタから唇奪われなきゃならないの。しかも、あんたのよだれ付!」


 美子は絶叫して眞智子に詰め寄る。


 「だから、お兄さんのキスだって。多分、それ礼君のだよ」


 「違う、違う。これあんたのだ。兄さんこんなのじゃあない!」


 「だったら、病院でDNA検査するか? あっ、でも私のDNAも出てくるかもしれないけど――」


 う――うん、多分混じっている。


 「いや、イヤアアアアアアアああああああ亜阿娃……」


 美子は完全にぶっ壊れ、その場で卒倒した。

 倒れている美子の衣装のポケットから、ポロポロと何かが転げ落ちてきた。

 小型ナイフ、スタンガン、千枚通し――おい、これ何に使うつもりだったんだ?

 俺は呆然としているクラスメイトに「幕を閉めてくれ!」と手でジェスチャーすると、眞智子を連れて舞台中央に行き、頭を下げた。

 先ほどの影響でいくらかボーッとしている彼女はお辞儀せず立ち尽くしていたので、僕は慌てて彼女の頭を下に降ろすと同時にもう一度頭を下げた。


 はぁ……このあとどうなるんだろう――――


 幕で閉じられた舞台には生気を失い呆然と立ち尽くす眞智子、白目剥いて倒れているマサやん、武器にまみれて泡吹いて失神している美子、座り込み床をどんどん叩いている佐那美が全てを物語っている。

 そして、スタッフ一同は、これから起きるであろう責任者からの尋問に頭を抱えて唸っている。


 ……最悪だ。


 結局は、惨劇がコント調に終わっただけで、あの映画と何ら変わりない。

 舞台上では目が充血した彼女らが絶叫をあげている恋愛劇が今終わりを迎えた。

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