超新星ノヴァルダーA -捨て切れぬ過去、望まぬ未来-
オリーブドラブ
超新星ノヴァルダーA -捨て切れぬ過去、望まぬ未来-
我がロガ星において、最終的な紛争の解決手段として、何千年も前から定着している「一騎打ち」。それは騎士にとっては、人生の明暗を大きく分ける分水嶺であった。
断れば、敗れれば情け無い敗者として糾弾され。引き受ければ、勝利すれば名誉ある勇者として賞賛される。
「一騎打ち」が必要となる事態になった瞬間、すでに騎士達は戦いからは逃れられない。彼らにとって、勝利以外の道はないのだ。
そして。
私の夫になるはずだった、誰よりも優しく、勇敢な騎士は――その「一騎打ち」に敗れた。
彼が駆るノヴァルダー
誰一人として、彼を庇う者はおらず。戦いが終わる寸前まで、彼に声援を送っていたはずの民衆は――決着が付いた瞬間、手の平を返すように彼を責め立てた。
そんな中。無力で愚かな私は、彼らを止めることも忘れ、ただ泣き崩れていたのだ。最期まで私を愛し、守り抜くと誓ってくれた、彼の亡骸の前で――。
◇
「……ごめんなさい、アルタ。せめて、これだけでも受け取ってください」
その「一騎打ち」から、数日が過ぎて。墓前に彼が好きだった花を捧げる私は、荒れ果てた暮石に跪き、祈りを捧げていた。
蝙蝠が舞い飛び、僅かな月明かりだけに照らされた闇夜の墓地は、ひどく薄気味悪い。まるで、国中の無念がこの地に凝縮されているかのようである。
「一騎打ち」で彼を殺めた将軍サルガの仕業なのか、あるいは彼に失望した市民の仕業なのか。彼の名を刻む暮石はヒビだらけになるまで傷付けられ、斜めに傾いている。
――敗れた騎士には、葬いすら不要だというのか。
「……せめて、今日だけは一緒にいさせてくれませんか。もう、二度とここには来られないでしょうから……」
力こそ正義。そんな軍事国家になってしまった故郷を、憂う暇もなく。この国の姫君として、私は彼を奪った将軍サルガのモノにされることになる。
私兵を率いてこの国を手に入れた彼の傀儡として、これからの「未来」を生きていく私は――愛する彼との思い出を、「過去」として置いて行かねばならない。さもなくば、気を悪くしたサルガの癇癪で、無辜の民が傷付くことになってしまう。
私は女である前に、王族であり。私と彼は、夫婦だったわけでもない。本来、私はここにいるべきではないのだ。
「……大丈夫です。あなたを置いてなんか、行きません。私の中で一緒にいます。ずっと、一緒ですから」
無意識のうちに、口をついて出て来たその嘘は、私なりの強がりだったのかも知れない。
傷だらけの暮石を撫でる私の白い手は、あまりにも細く、か弱い。逞しかった彼の手を握ることさえ、叶わないほどに。
平和を愛した
より強い雄を選び、子孫を、血統を紡がねばならない女として、どちらを選ぶべきか。考えるまでもないのだろう。
「だから、あなたも……私を独りに、しないでください」
それでも私は、そんな摂理にさえ背を向けて。王女としてあるまじき本心を、決して届かぬ想いを、口にする。
御伽噺の英雄譚ならきっと、勝っていたのは彼だった。反乱を企てていた将軍を倒し、この国の動乱を治め、民衆から英雄と称えられて。
優雅な白馬に跨った彼が、颯爽と私の前に現れて。そして、指輪を差し出して、こう言うのだ。結婚しよう――と。
「……ふっ、く、うぅっ……!」
時折、何もかも投げ出して、そんな妄想に逃げてしまいたくなる。その度に現実に帰って来た瞬間、眼前に広がる光景とのギャップに苦しみ、嗚咽を漏らしてしまうのだ。
何度瞼を閉じても、夢であって欲しいと祈っても。襲って来るのはいつも、悪夢以上の現実。夢見がちな少女でいたがる私を、現実が容赦なく引き摺り下ろして来るのだ。
――彼は負けた。負けて死んだ。彼は御伽噺の英雄にはなれなかった。私も、白馬の王子様から求愛されるような姫君には、なれなかった。
そして私は、御伽噺なら悪役として倒されていたのであろう、将軍のモノになった。これこそが紛れも無い現実であり、私はそこから目を背け続ける愚者でしかない。
「だからっ……今宵は、今宵だけは、あなたとっ……!」
――わかっている。そこまで、頭でわかっているからこそ。私は残された自分の気持ちに、決着を付けなくてはならない。
二度と私に微笑んでくれることも、声を聞かせてくれることもない、彼という存在を「過去」として切り捨てて。まだ生きている民草という、「未来」を選ぶために。
暮石に身を寄せ、彼だと思い頬を当てて。私は嗚咽を漏らしながら、彼とのひと時を夢想する。
そんな私の愚かな姿は、遥か天の彼方から私達を見下ろす、三日月だけが知っていた――。
◇
「ベラト様、こちらにいらしたのですか」
「サルガ将軍が基地でお待ちですよ。御同行を願います」
夜が明け、忌々しいほどに眩い朝陽と青空が、墓地を照らす頃。墓前に立っていた私を出迎えに現れたのは、将軍の配下である騎士達だった。
彼らは私が泣いて拒否すると確信しているのか、こちらを慮るような態度を示している。確かに、昨夜までの私達なら……間違いなくそうしていたのだろう。
「分かりました、すぐに
「えっ……?」
「ベ、ベラト様……」
「……聞こえなかったのですか? すぐに機体の用意を」
「ハ……ハッ! 早急に手配致します!」
だからこそ、次に出て来た私の発言をすぐには理解出来なかったのだろう。無理もない、つい先日までは彼の死に恥も外聞もなく咽び泣いていたのだから。
――だが。それももう、終わりだ。
流せる涙は、全て流した。吐き出せる限りの弱音は、全て吐き出した。もう私の心に、溢れるほどの悲しみはない。感情すらもない。
「過去」なら。彼という「過去」なら、とうに捨てた。捨てざるを得なかった。
それが王女としての、私の責務なら。それを果たせぬような私が、彼に愛されるはずもない。
御伽噺でなくて、結構。幸せになど、なれなくて結構。それが私の
最後の夜を、共に過ごせた今なら。もう私は、振り返る必要もない。私は慌ただしく走り出す騎士達の背を追うように、悠然と歩み出していた。
「……っ」
もう、二度とこの墓地には来られない。だから、最後に彼と過ごしたかった。それが叶った今、もうワガママは終わりにしないといけない。
いけない、のに。
振り返ってはならない。私は振り返っては……ならないのに。
「……さよう、なら」
捨て去ったはずの、「過去」に振り向いた私は。最後の最後で、僅かに溢れてしまった涙を拭い。
「未来」に進むべく、今度こそ躊躇うことなく歩みを進めて行く。
「……っ!」
木々と墓地の草原を激しく揺さぶり、猛風を纏う鋼鉄の巨人が舞い降りて来たのは、その直後であった。思わず顔を手で覆い、風邪を凌ぐ私の前に現れた
古い言葉で「女戦士」を意味しているその機体は、機械仕掛けの兵器とは思えぬほどに優雅なラインを描き、マントを模した装甲を纏っている。逞しい印象を受けるAとは対照的に、女性的なフォルムだ。
ノヴァルダーとしては初期型である上に装備も強力なものではないため、実戦で運用されることはほとんどなく、専ら兵士達を鼓舞する「シンボル」として使われている。
かつて、「正義」の象徴だったノヴァルダーAは「無力」の代名詞となり。本来なら「慈愛」の象徴だったはずのノヴァルダーBは、サルガの傀儡として兵士達を率いる「
騎士達が私の様子を伺いに来た頃には――巨人を仰ぐ私の顔も、冷徹な色を取り戻していた。
「……では、我々は車で向かいますので」
「えぇ……また、基地で会いましょう」
それでも、微かな目元の腫れで気づかれてしまったのだろう。騎士達は目を伏せ、淡々と自分達の軍用車に乗り込んでいく。
彼らの背を見送る私も、気付かぬふりをして――何事もなかったかのように、ワイヤーを使いBのコクピットに飛び込んでいった。
――さようなら。
誰にも聞かれぬよう、胸中にしまい込んでいた言葉を。コクピット内のモニターに映る、傷だらけの墓標に――僅か一瞬だけ、向けながら。
『ベラト様?』
「……何でもありません。あなた達は先を急ぎなさい」
『……ハッ!』
そして、フットペダルを踏み込んだ瞬間。Bの機体は背後から火を噴き、天高く舞い上がって行く。
私の「過去」はどんどん遠ざかり、見えないほどに離れ――やがて、消えて行った。
――さようなら、私の初恋。さようなら、私の「過去」。
どうか「未来」の私に、あなたとの思い出が、少しでも残りますように――。
◇
それから、サルガ率いるロガ星軍が地球に戦線布告し。2年に渡る宇宙戦争が終結し。怨念の化身となった天蠍が朽ち果て、1年が過ぎた頃。
レグルスシティを一望できるロガ星宮殿では、世界防衛軍幹部の令嬢達を招いての「お茶会」が開かれるようになっていた。
いずれ地球人達と深く友好を結んでいくためにも、まずは防衛軍の令嬢達をもてなしたい。そんな元第1王女・ベラトの希望により始まったこの「お茶会」も、これで3度目。今年最後となる、淑女達の集いであった。
親善大使である
「しかし、いつ見ても絶景ですね。空を飛ぶ車にチューブ状の交通機関……まるで、旧世紀の
「お気に召して頂けたようで、何よりですわ。ならばいつかは、観光名所として地球の方々にも御紹介せねばなりませんね」
「そうですね……。いずれは地球側の民間人も、観光として足を運べるような土壌を作りたいものです」
「アオイ様にそう仰って頂けて、光栄ですわ。私も、平和を取り戻した今のロガ星と……救いの手を差し伸べてくださった地球の皆様となら、成し遂げられると信じております」
宮殿の上層に設けられた庭園から、異星人達の暮らしを眺めて。防衛軍名家の令嬢である、
亜麻色の髪をショートボブに切り揃え、桃色のドレスを纏う彼女は、今年になって20歳を迎えたばかりとは思えないほどの美貌と、佇まいを身に付けている。
主催者であるベラトと共に、純白のテーブルを囲い優雅に座している彼女は――ロガ星特産のハーブティーを味わい、漆黒のドレスに彩られた第1王女と、対等に笑い合っていた。
「……」
「アヤナ様? ハーブティーはお気に召しませんでしたか……?」
「えっ!? い、いえっ、滅相もございません! ただ少しばかり、緊張してしまいまして……!」
「全く……
「あ、あぅ……申し訳ありません」
「まぁまぁ、それでもこうして来て頂けるのですから。……でも、ご用意していたお菓子にも手付かずでは、私も少し傷ついてしまいますわ?」
「そ、そんな、姫様まで……」
「ふふっ、冗談ですよ」
一方。葵と共に「お茶会」に招かれていた
艶やかな黒髪のボブヘアーを揺らす彼女は、煌びやかな黄色のドレスに袖を通しているが――歳下である葵よりも、どこか落ち着かない様子で席に着いていた。
ベラトと同年代であるという理由から、葵と共にロガ星まで招かれている彼女だが……獅乃咲家とは違って、唯川家は代々続く名門というわけではない。故に将校の娘としてパーティーに出席することはあっても、異星人の姫と席を共にするような重要な場面に居合わせた経験など、今までなかったのである。
名家の娘として、こういった「超上流」な社交の場に慣れている葵を横目に見遣りながら――彼女は精一杯の知恵を振り絞り、ベラトの方へと別の話題を向けるのだった。
「そ、それにしてもアルタ様、とても可愛らしい寝顔ですね……」
「ふふ……最近ようやく這い這いを覚えて、一生懸命私のところに来ようとしてくれるのですよ」
「わぁ、可愛らしい……」
綾奈の言葉をきっかけに、彼女達3人の視線は――テーブルの傍らにある乳母車ですやすやと眠る、黒髪の赤児へと向けられる。
地球人とロガ星人の間に生まれた、史上初の惑星間混血児にして。ロガ星王家の次期後継者として目されている、
その寝顔をウットリと見つめる地球人の令嬢は、やがて自分の「将来」を思い描くのだった。
「……綾奈さん。20歳なら、もう子供ではありませんよね」
「えっ? え、えぇ、まぁ……」
「決めました。私、来年こそ
「ええっ!?」
「あらあら……それでしたら、私も出来る限り応援させて頂きますわ。アヤナ様はいかがでしょう? 将来を誓われた殿方は……?」
「わっ、私、は……」
頬を染めながら拳を握り締め、決意を新たにする獅乃咲家の令嬢。その姿とベラトの言葉に、綾奈は最愛の男性を思い起こす。
「……ほ、欲しい、です。赤ちゃん……」
「それでしたら、綾奈さんは急ぐべきです。
「な、何を仰るのですか!? というか、葵様がなぜそれをっ……!?」
「獅乃咲家の情報網を侮らないでくださいませ。いいですか? 不吹さんのような方を、無垢な乙女達が放っておくわけがありません! 歳上の男性を意識させる為ならば、大胆な作戦も辞さないことでしょう! だって私がそうでしたから!」
「あらあら……やはりアオイ様、とても積極的でいらしたのね。アヤナ様も見習われてみては?」
「い、いやいや、でもでもっ……まさかそんな、不吹君に限って未成年とっ……あ、でも最近は
23歳ともなれば、一般的には「適齢期」である。綾奈自身はもちろんのこと、彼女の恋敵であるゾーニャ・ガリアードも、最近は結婚を意識してか
加えて、綾奈の専属
「葵様、来年こそ……!」
「えぇ、綾奈さん! 来年こそ……!」
愛する人と築き上げる新たな家族。そんな幸せな将来を望む2人の令嬢は、或汰の寝顔に焚き付けられたかのように燃え上がっていた。
「うふふっ……」
そして。そんな友人達のいじらしい姿に微笑を浮かべ、感慨深げに青空を仰ぐベラトは――こんな日々を過ごせる未来など、想像も付かなかった頃を、ふと思い出していた。
「……大丈夫、残っていますよ。ねぇ、アルタ……」
かつて自分を愛し、最期まで戦い続けた騎士の名を継ぐ、愛息の頬を撫で。置き去りにしていた「過去」を取り戻し、笑みを浮かべる彼女は。
「今」の自分にとっての最愛の人である、強く逞しい男の姿を思い出し、熱く頬を染めていた。自分という女を塗り潰し、己の色に染め上げてくれた、地球人の勇姿を。
◇
一方その頃、地球では――
「……うぅん、さすがにこれはちょっと攻め過ぎ、かしら……?」
「でも、これくらい攻めないと……あの
艶やかな純白の雪と、煌々と輝くイルミネーションに彩られた東京にて――綾奈と全く同じ悩みを抱えるゾーニャ・ガリアードと
ロガ星にいる最大の恋敵には、知る由も無いことであった――。
◇
――そして、同時刻。年末休暇を利用して、久々に地球へと帰還していた
「再建、って……本当なのか」
「あぁ。少しずつだが、寄付金も集まって来てる。ロガ星軍との戦争が終わったとは言っても、まだまだ平和とは言い切れない世の中だ。……激変する世界に取り残された人々を救おうって声も、一つや二つじゃないんだよ」
かつて、ジャイガリン
純白に彩られた雪景色の中、
戟にとっては、「故郷」であり。竜史郎にとっては、「罪」でもある。そんな跡地の前には、工事中と示す看板が立てられていた。
過去の戦闘で破壊され、多くの幼い命が失われたこの地に、再び子供達のための居場所が創られようとしているのだ。
この混沌とした世界の
「……こんなことで償いになるだなんて、思ってないよ。だけど、これで救われる誰かがいるなら、意味はあるんだってオレは信じたい」
「信じるさ、竜史郎。……誰が信じなくたって、俺だけは信じてる」
「あぁ。……ありがとう、戟」
4年前。竜史郎の砲撃に巻き込まれた子供達が命を落とし、戟が彼を殴った日から、2人の因縁は始まった。
その後は、グロスロウ帝国との戦いで背中を預け合い。いつしか彼らは、共に死線を潜り抜けた「戦友」となっていた。
当時の2人には――互いに微笑を向け合う自分達の姿など、想像もつかなかっただろう。この星を巡る戦乱は男達を引き裂き、より強く結びつけていたのだ。
かつては憎しみだけの眼差しで竜史郎を射抜いていた戟は、屈託のない笑顔で一回り背の高い「先輩」を見上げている。その姿こそが竜史郎にとって、何よりの「救済」となっていた。
「……
「あぁ。……子供の需要に理解ありそうな知り合いなんて、お前と威流先生ぐらいだからさ。頼むぜ、戦友」
「ははっ、王子様へのプレゼントってことかぁ。責任重大だなー」
やがて。誰もが振り返る美男子達は、艶やかな黒髪を揺らし、名残惜しげに何度も振り返りながら。
孤児院の跡地を離れ、クリスマスを待ち侘びる夜景に彩られた、大都会へと消えて行く。
――来年には、再来年には、いつかは。この世界に、本当の平和が訪れますようにと。
人知れず、それでいて強く、共に願いながら――。
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