第57話 斬島舞夜①

 ★ ★ ★ ★ ★ 


 御園高校の一階から階段を伝って降りた先に、幅広い格闘場の光景が広がる。

 御園高校のおおまかな造りは、去年まで通っていた御園中学と同じだが、その規模は三倍近くあり、地下格闘場も学年ごとに分かれている。つまり、この地下格闘場には、選択科目で『武術』を履修した、御園高校の一年生だけがいるということ。


 しかしその人数は、優に五十を超えていた。一学年でこれだ。

 さすがは『魔術科』の次に人気がある『武術科』である。


『魔術科』は言うに及ばず、将来輝かしい未来が約束されているエリート学科だ。

『武術科』からも警察官や軍人を毎年多く輩出している。


 警察官は安定した給料を見込めるし、軍人は階級にもよるが、戦果によってはかなりの報奨金をもらうこともある。国を守護する立派な職業だ。その分危険は多いのだが、軍人を目指す生徒はそれくらい承知の上だろう。


 そしてこの二つは、今の世界で大変重宝されている職業だ。


 喧騒に包まれた格闘場を歩いていくと、奥のほうでなにやら揉め事が起きていた。


「オイお前、今なんつった?」

「女だからってこの『武術科』にいる以上、容赦しねぇからな」

「編入組が! あんま舐めた口聞いてんじゃねぇぞ」

「あーもう、うるさいなー。私の邪魔しないでくれるー?」


 体格の良い三人の男子生徒が、木刀を持った女子生徒を囲んでいた。


「二回言わないと分からないなら、もう一度だけ言ってあげる。ザコは邪魔だからどいてくれない? 構っている時間が勿体ないわけよー。ザ~コザコ」


 木刀を持った少女が、男子生徒たちを挑発するように嘲る。

 その様子を、口に咥えた煙草をふかしながら、楽しそうに眺めている教師がいた。

 ――桐生茜だ。中学二年生のとき、御園中学で流斗の担任教師を務めていた女性。


 艶やかな唇の上で白い煙草を上下に揺らす。

 なぜ彼女が、この場にいるのだろうか。そういえば、今年から御園中学の陸上競技部には、若くて美人の新任教師が入ったという噂を聞いた。


 というか、喧嘩になりそうなこの状況を見て、どうして笑っているんだ?


(教師だったら早く止めろよ。あと生徒の前で堂々と煙草を吸うな)


 そう考えていた流斗と、茜の視線が交差した。

 茜が無言でこちらに来るように促してくる。

 仕方ないなと思い、流斗は少女の背後から声をかける。


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもあるか! こいつが俺たちを野良犬でも追い払うように、舐めた態度で接してきやがったんだ!」

「だってー、この人たちザコのくせにしつこいんだもーん。なーにが俺たちと一緒に練習しない? よ。あんたたちみたいなザコと戦っても、何も得るものないっつーの」


 苛立った様子で語る少女は、なるほど、確かに目を惹くほどの美少女だ。


 身長は流斗より五センチほど低く、赤みがかったロングヘアーをポニーテールにしている。その凛とした佇まいは侍のようだ。全身から練り上げられた闘気が漲っている。


 白い道着に黒の袴姿は様になっていて、彼女が醸し出す和の雰囲気を際立たせていた。


「なぁ、お前もなんかこの女に言ってや……ってお前、神崎流斗じゃねぇか!」

「なぁに? この人、ゆーめーじん?」

「あぁ、去年御園中学の『武術科』を首席で卒業した、格闘戦の達人だ」


 少女の疑問に対し、男子生徒が律儀に答えた。


「へぇ……あんた強いんだ。じゃあちょっと、私の相手をしてよッ!」


 少女がいきなり木刀を振りかざし、流斗の脳天目がけて躊躇いなく振り下ろしてくる。

 その行動に対し、流斗は頭上に振り下ろされた木刀をいとも容易く両手で受け止めた。


 白刃取り。からの――《三日月蹴り》。前蹴りと回し蹴りの中間にあたる蹴り技。

 右足を上げ、両手で挟んだ木刀に対し、親指の付け根の中足を当てて木刀をへし折る。


 真っ二つに折れた木刀の破片を、少女はしばらく茫然と眺めていた。

 やがてその顔に獰猛な笑みを浮かべる。


「やるねぇー。あんた、名前は?」

「さっき、そこの男子が言ってたろ。俺は神崎流斗だ」

「……そう、流斗。でも、私はあなたの口から直接聞きたかったの。私の名前は、斬島舞夜きりしままいやよ。ちょっと私と殺らない?」

「なぜ?」

「理由? 戦うのに理由なんているの? 強い人を見つけた。だからその人を倒したい。簡単なことでしょ?」


 無邪気な顔で舞夜は言う。


「いいじゃないか神崎、彼女の相手をしてやれば」


 格闘場の壁の隅に立っていた茜がおもむろに口を開いた。


「茜先生、あなたの専門科目は陸上競技じゃなかったか? どうしてここにいるんだ?」

「よく聞いてくれたね、神崎。ありえないだろう? この私が御園高校の『武術科』に転属だとさ。その類まれな《肉体強化》の魔術の才を生かして、将来の国を担う人材を鍛えてほしいだってよぉ~。ありえない、ありえないよ! 三十手前の私に対してこの処遇。断じて許せないな。まったくもって度し難い」


 そう言うと、茜は冷めた目で紫煙をくゆらせる。

 およそ一年ぶりに会話をした彼女は、また随分とやさぐれていた。

 すっかり口に煙草が似合う、渋い女になっている。


「聞くところによると、去年『武術科』を首席で卒業したのはキミなんだろう? なら、編入組である彼女にお灸を据えてやりな」

「そういうことなら。別に構いませんが、彼女……斬島さんは相当強いですよ」

「キミだって十分強いじゃないか。一年前とは大違いだ。一目見て気付いたよ。醸し出す雰囲気、特殊な筋肉の付き方、また成長したね」


 茜は側に立てかけてあった二本の木刀を、流斗と舞夜に投げ渡す。

 二人がそれを受け止めたとき、茜が低い声を上げた。


「神崎流斗と斬島舞夜の決闘を始める。他の生徒は今後の参考に二人の戦いをよく見ておけ」


 流斗は御園中学に編入したばかりの頃を思い出していた。

 昔、灰原弾と戦ったときとそっくりな雰囲気だ。

 視線を格闘場全体に這わせるが、彼の姿は確認できない。


(弾は『武術科』を専攻していないのか?)


 そんなことを考えていると、茜が決闘のルールを語り始めた。


「二人とも、ルールは簡単だ。相手を気絶させるか、負けを認めさせる。それがこの決闘の勝敗を決める。ちなみに魔術の使用は禁止だ。それが『武術科』のやりかただろ?」

「いいよー! いいよー! まさか編入早々、こんな強そうな人と戦えるとは思ってなかった。やっぱり、この御園高校に編入してきて正解だったよ! 上がってキター!」


 舞夜が嬉しそうに軽快なステップを踏む。


「……了解した。なるべく早く済ませよう。つまらないことはしたくない」

「つ、つまらない……だって!? 果たしてそうかなぁ? 脳天ぶち割ってやるよ!」


 承諾の言葉を受け、茜が右手を高く掲げる。


「では――試合開始!」






 ◇ ◇ ◇


 あとがき。復活祭!

 あと祝連載1周年突破!


 お待たせ。待った?

 近況ノートには書いたのですが、前のPCが完全にぶっ壊れたので、新しいパソコンを買いました。180K消えたよね。お金が……。

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