第14話 日向流斗⇒神崎流斗
流斗は士道の部屋の前に立っていた。緊張による胸の動悸を抑えながら、意を決して扉を開く。そこには歳の割に活力の漲った顔をしている、遥の父、神崎士道がいた。士道は机を挟んで、流斗の対面にある椅子に腰をかけている。
「……来たか」
「はい。なんの用でしょうか?」
「分かりきっている質問をするな。お前のこれからについてだ」
その言葉で緊張は一気にピークへ達した。
「これからどうなるのでしょうか? 俺はあなたに認められたのでしょうか?」
「結論を焦るな」
「はい……」
士道が部屋の隅にある椅子を見ながら言う。
「立ち話もなんだ。そこに椅子がある。まずは腰をかけろ」
流斗はその椅子を士道の対面の位置まで移動させて座る。
「ここしばらくの間、俺はお前のことを見てきたが、お前は努力を惜しまず必死に頑張っていた。俺個人としてもお前のことは気に入っている。魔術の才に関しては今一つだが」
黙って士道の言葉を待った。そして士道はおもむろに口を開く。
「お前には、暗殺者特有の殺人衝動というものはないのか?」
「……殺人、衝動?」
質問の意味がよく分からず聞き返した。
「何人も人間を殺しているとそのうち感覚が麻痺してくる。殺人の恐ろしさとは、他人の命を奪うことに慣れることだ。人を殺して、殺して、殺しまくって、それでもなんの変化もない日常が続くと、人間は罪の意識を忘却していく。心が麻痺していくのさ」
士道の言葉は、自分自身に言い聞かせているような気がした。
「やがて人の命を奪うことに快楽を感じ、その衝動を抑えられなくなる者もいるということだ。お前はまだ――大丈夫か?」
その問いに思いを巡らせるが、今まで快楽のために人を殺したことなど一度もない。すべては自分が生き残るための行動。人殺しは趣味ではない、あくまで仕事だ。そう割り切って生きてきた。
「問題ありません。俺の中に殺人衝動なんてものは存在しませんから」
「そうか、ならいいんだ」
士道が何か考えるように手を組み、しばしの静寂が訪れる。
ついに結論が下されるのかと思うと、流斗は自然と身構えてしまう。
「最後に一つ聞く。お前は遥に『もう人殺しはするな』と言われているそうだな?」
「……はい」
遥はもう誰かを殺す必要はないと言った。
流斗はもう暗殺者ではなく、自分の――神崎遥の『弟』だからと。
遥は流斗のことは私が守ると言っていた。遥の中では『弟』を守るのは『姉』の務めらしい。だが、流斗は遥に守られるつもりはない。自分が遥を守るのだ。
遥に救われたとき、この人のためにもっと強くならなければと思った。
「ならばもし、遥の命が誰かの手によって危機に晒され、お前の実力ではそいつを生かしたまま取り抑えることができない場合……お前はどうする?」
流斗はこの質問で、自分の在り方が試されていると感じた。
(ここは、それでも殺さずに敵を捕らえようとすることが……正しい選択か? いや、実の父が娘の死を見逃せと言うのか? それとも……いや――)
多くの考えが頭に浮かんだが、結局、もし実際にそのような状態に陥ったとき、導き出される結論は一つだけだった。
「その行動に是非などない。俺は、俺が守りたいと思う人のために戦うだけだ」
口にした言葉は、純粋に遥のことを想う愛から生まれた。
「つまり、それは――」
「誰かが姉さんの命を脅かすのなら、俺はそいつを殺す。俺は姉さんを守るために生きているのだから。姉さんが助かるのなら、俺はその後にどんな裁きを受けても構わない」
守りたい大切な人がいるから、流斗は迷うことなく『悪』になれる。
「…………そうか」
流斗の正面に座った士道が立ち上がって、こちらに向かってくる。その顔は今までになく真剣な顔をしていた。つられて流斗も立ち上がる。
(――選択を誤ったか? もし認められなければ、俺は……)
士道に見限られたかもしれないと思い、激しい焦燥感に駆られる。
(やりあっても勝ち目はない。ここで取れる選択は――)
「人を殺す覚悟と殺さない覚悟。その二つを持ち合わせてこそ、真の『武人』だ」
士道が流斗の正面に立ち、鋭利な瞳を合わせる。
「遥のことを頼んだ」
士道は流斗の両肩に、重みのある大きな手を置いた。
「えっ?」
予想とは違う言葉に、流斗は間抜けな声を上げる。
「あいつはな、今までずっと一人ぼっちだったんだ。俺が寂しい思いをさせてしまった。でも、お前ならあいつの支えになってくれそうだ。俺にはあまり父親らしいことができなかったからな。いい義弟になってやってくれ」
その言葉に、流斗は顔を伏せる。
「まだ……今からでも、遅くないですよ。姉さんだって士道さんのことが嫌いなわけじゃない。ただ、二人とも少しだけ、ほんのちょっとすれ違っているだけなんだ」
士道に認められたことは素直に嬉しかったが、それ以上に、遥と士道の仲もなんとかしたいと思っていた。
「そうだと、いいんだけどな……」
それだけ言うと、士道は扉の方に向かってしまった。
「待ってください! 話はまだ終わっていな――」
「そうそう。大事なことを忘れるところだったよ」
部屋から出る直前に士道がこちらを振り返り、流斗の言葉を遮った。
「流斗、明日から学校に通え」
「……はい?」
話の内容が急転したこともあって、頭がついていかなかった。
「学校だよ、学校。お前は中学校に編入だな。家に住むのなら、修行ばっかりしていないで、学校に行って勉強もしてこい。それがお前にとっても、良い刺激になるだろう」
「学校って……でも、俺は」
「お前のことは、軍の上層部である俺が誤魔化している。書類上、お前はすでに死んだことになっているがな。だから、正式にお前を神崎家の家族と証明することはできない。だが、それでもお前は今日からウチの家族だ。これからは『神崎流斗』と名乗れ」
流斗の心は素直に感謝の気持ちでいっぱいになった。
学校なんて、小学校を卒業して以来ほとんど行ったことないが、今は素直に嬉しかった。遥も学校に通っているのだ。なら、自分もちゃんと学校に行かなければと思う。
「あ、ありがとうございます!」
腰を深く曲げて礼をする。
「もう敬語を使う必要はない。お前はウチの家族だからな。詳細は香織に話してある。あいつから聞け」
そう言うと、今度こそ士道は部屋から出ていった。どうやら朝の遥と香織の様子を踏まえると、彼女たちは事前に士道の考えを聞かされていたようだ。
結局自分が言おうとしていた遥と士道の関係については、唐突な話の転換による戸惑いによって、士道に上手いことはぐらかされたことに気付く。
「まったく、二人とも頑固だからなぁ……」
でもこれからチャンスはいくらでもある。ここで世話になる以上、それなりの恩返しをしなければならない。流斗は一人残された部屋でこれからのことを想像すると、自然と笑みが浮かんだことに、自分が少しずつ変わってきていることを実感した。
その後、香織に自分が明日から通う予定の学校について詳しく聞いた。
学校の校舎自体は少し離れているが、中高一貫教育校だそうだ。士道の知り合いが経営しているようで、流斗の素性についても見過ごしてくれるらしい。
その名を『私立御園学園』といい、流斗が通うのはその学園の中の一つである、御園中学校だ。ちなみに、遥が通っている高校は御園高校である。
明日からは途中まで遥と一緒に登校できるのだ。
香織から教科書等の勉強道具や学校で必要なものを一式渡された。最後に御園中学の制服を受け取る。御園学園には中高共に数種類の制服があり、各自好きなものを着ることができるらしい。流斗が渡されたのは簡素な黒い学ランだった。今はまだ夏服の期間なので、明日は学ランのズボンと、上にはワイシャツを着ていくことになるだろう。
自分のためにこんなものまで用意してもらい、流斗は士道に感謝してもしきれなかった。
この日、流斗は明日のために勇み立つ気持ちを抑え、早々に眠りについた。
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