第4話 手を打つユスティナ
「誰と」とは問うまい。
そうユスティナは決めていた。
他者が訊くことなど、敢えて聞く必要はない。
ただ確かめることにした。直接の「なぜ」を。
開け放たれた扉から、幼馴染の姿がのぞける。
追跡劇からわずか数分、既に息を切らすでもない。
床に座りでもしたのだろうか、上着は少し煤けている。
その格好からは、およそ健在に見える。かつて見た時と同様に。
「よう。ちと待たせちまったな」
「――全くだ。いつもいつも、驚かされてばかりだからな」
そう、この幼馴染はいつもそうだ。
追いついたかと思えば行き先を変える。ピアノから進路まで、何もかも。
卒業間際に学び舎を辞め、「連帯」に入った事もそうだ。
当てつけなどとは思わない。そんなことが出来るほど、幼馴染は器用ではないはずだった。
ポーランド全土、1000万人を優に集める組織。そんな連帯への加入など、珍しくもない事だった。昨年12月、戒厳令の発令までは。
「なぜ逃げた?」
簡潔に問う。
「旧友をすれ違いざまに咎めるほど、公私を混同はしていないつもりだ。その位、そちらも承知のはず。だが目の前で捕まえてくれとばかりに逃げられては、そうもいかない。マーシャ、何がそうさせた?」
「その尋問こそ、公私混同じゃねえのか」
「推測はついてる。これはだから、単なる答え合わせだ」
「言うねえ……なら言ってみろよ、気に入ったら返してやる」
わずかな思考。
後はただ、推測を述べるだけだ。
「表通りのだ。あの病院から、一人出てきただろう」
「行っちゃまずいってのか? 戒厳令からこの方、なおさら物資は足りねえ。かわいそうに、病院も商売上がったりだとさ。そこに通う、こいつは善行ってもんだろ」
「党の構成員としては、遺憾の意を言うべきなんだろうな。だが個人としては、それで助かった」
「……分からねえな、分かるように言えよ」
「その様子じゃ知らないな。去年の暮れから、大勢を見るには色々と足りなくなった。言葉を借りれば「商売上がったり」になったんだ。マーシャ、あそこが今扱ってるのは助産だけなんだ」
一拍の間。反論はない。
無言の肯定ととり、今度は事実を突きつける。
「おかしいとは思わなかったのか。腹に抱えて、私に追いつかれなかった事に。無論、部下を振り切らない為もあったが」
力の及ばぬ範囲での捕縛。
お世辞にも、良い状況とは言えない。
「……手加減されてたとはね。人の背、追いかけるだけかと思ってたぜ」
苦みを浮かべた笑いはしかし、投了を示してはいない。
――それでこそマーシャちゃんだ。
ユスティナもまた、心中で笑みを浮かべる。
「……答え合わせ、したいんだろ」
好意とは言いがたい。
明確に込められた、それは挑発の意。
「撃てよ」
「――何を言っている」
「撃ってみろ、て言ってるんだ。そうしたら、きっちり認めてやるさ。操り人形じゃ無え、自分の意志で今訊いてやがるってな。右腰に吊り下げてる金属、そいつはお飾りか?」
一切の仮借なく、幼馴染は続ける。
「ロシアの手下やってやがる、お前ん所の閣下様みたいにな」
存外、軽い響きだった。
遅れて目に入る、夕日とは少し違う色。
行為の結果と、遅れて察した。
「――マーシャちゃん!」
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