3話 拒絶!好きなんかじゃない!

1:それは私と魚が言う

「おい、どうして断ったんだよ」


 準備室から出た私たちはそのまま玄関へと向かった。

聞いたところによるとガリとは途中まで通学路が一緒だという。

ガリの家は金持ちだと聞いていたが、別にリムジンで送り迎えしてもらっているわけではなく、私と同じ徒歩だ。

なぜガリが公立中学に通っているのかわからないし、未だに金持ちの片鱗すら見たことがないから、噂は噂だったのかもしれない。


「君は怪しいと思わなかったのか」

「そりゃ思った」


 怪しさ爆発してた。

私の名前を聞いた時の反応といい、嘘の臭いもしてたし。


「嘘の臭い?」


 怪訝そうなガリに私は勘のようなものだと答えた。

百発百中とは言わないが、結構精度のある鼻だと自負している。


「嘘を吐くと発汗量が増えるから、それで臭いが濃くなるということか」

「理屈は知らん。でも事件を知らないというのも、私を知らないのも嘘だ」


 そう言うと、ガリは握りしめた拳を軽く唇に当てて、考え込む。

あたりは夕日でオレンジ色に染まり、昼とは違い、生ぬるい風が道路を通り抜けていく。


「信用できない相手を身内に入れるのは怖い」


 ぽつりと零した言葉に、私が気になったことは一つ。

もしかして私、ガリに身内判定されてる?

やだー!やだやだやだー!

間違いであってほしい、という視線をガリに向けると、視線に気付いたガリが首を傾げ、それからはっとしたように目を見開き、その後顔を背けた。

赤面を隠したいんだろうが、わかりやすく耳が真っ赤に染まってる。

まさか、まじで私身内認定されてる…嘘でしょ…。


「違うっ!」


 それ、私の台詞。

私が否定する前に、ガリが否定してしまったため、何も言えなくなった。


「いや違くもないんだが、ちが、ちがうぞっ!ただ、同士ではあるじゃないか!そうだ!この事件を追う同士ではある!つまりそういうことだ!」

「わかんねえよ。どういうことだよ」

「とにかくっ!とにかくだ!」


 鼻息荒く、必死のガリにひいてしまう。


「龍野先生とは距離を置いて、引き続き、僕たち二人だけで調査を続けよう。

虎のためにも僕たち二人が力を合わせるんだ」


 未だ仄かに赤い顔で、ガリは私を見つめた。

嘘ではない。

でも、ガリが重きを置いているのは、虎のためじゃない。

私はガリからゆっくりと伸びてきた影法師を見下ろした。

引き際を見極めないと、こいつにくくりつけられる。

私はガリと仲良しこよしをするつもりはない。


「明日も図書室で待ち合わせしよう。それから僕の家に来ないか?実は先ほど龍野先生の話を聞いて思い出したことがあるんだ。それを君に見せて、意見を聞きたい」

「学校に持ってこれないのかよ」

「親のものだからね」


 多少のリスクは負うか。

私がわかったと言うと、わかりやすくガリは満面の笑みを浮かべた。


「そうだ!それなら昼休みも」

「言っておくがな、ガリ」

「鷹史だ」

「私たちはこの事件だけの繋がりだ。

私はお前とお友達になるわけじゃない。

仲良しごっこなら他を当たれ」


 私だってこんなこと言いたいわけじゃない。

嫌われるより好かれた方がいいが、好かれるにも限度ってのがある。

特にガリはのめり込みやすいタイプだ。

ガリの嫌われる原因はいくつかあるが、その一つが重すぎることだ。

女子か、ってくらい友達になるとひっつく。

休み時間、授業中、何かにつけて付きまとい、トイレも下校も何もかも一緒だ。

そんなんだから、毛嫌いされて、虎しか相手にされなくなった。

ちなみに虎は人望が厚いため、ガリが近付こうとすると、周囲の虎の友人たちから邪見にされ、追い返されていた。

その虎がいなくなって、友達が一人もいなくなった。

それで、同じく孤立している私に声をかけたんだろう。

消去法の友達なんて私は御免だし、付きまとわれるのもうんざりする。

だから、きつく言う。


「わ、わかっている。君が僕を嫌いなのは」

「泣くなよ…」


 鼻をすすりながら、泣き出すガリに、私はうんざりした声を出す。

その声に余計傷付いたのだろうガリの泣き方がひどくなった。

でもここで優しくしたら、絶対ガリはつけあがる。

面倒くさい。

少し遠回りになるがガリとは別の道を行くか。

ちょうど十字路に差し掛かったから、私はまっすぐ進もうとするガリを見て、


「私の家こっちだから」


 そう言って、左の道路に体を向けた。

すると、顔面をぐしゃぐしゃにして、しゃくりあげながら、ガリが私に駆け寄ってきた。

反射的に後ろに引いた体が、コンクリートの塀に張り付く。


「な、んだよ」


 深い茶色。

濡れた瞳の色がわかるくらい顔を近付けてきたガリは、感情をそぎ落としたような無表情で、私の体を塀の間に閉じ込めるように両手をつく。


「何をしたって皆僕が嫌いなんだ」


 するからだろ。


「かごめって呼んでいいかな」

「唐突に何だよ、勝手に呼べばいいだろ」

「よかった」


 表情筋をぴくりともさせず、私をじっと見つめて、それからゆっくり更に距離を縮めて、


「なに、やってんだっ!!!」

 

 唇が触れそうになった瞬間、私は思いっきり、ガリの体を突き飛ばした。

気持ち悪い!

私の意志を無視することも、私を好きでもないくせに口づけようとするところも、本当こいつ生理的に無理!!

思ったよりも体は離れなかったけど、腕の囲いの中からはすり抜けられた。

私はガリを置いて、走って逃げた。

ガリから逃げるなんてそれすらも腹立つ!!


「明日、図書室で待ってる!かごめ!」


 うるせえ死ね!!!!!





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