本屋さんとお花屋さん

  📕本屋さん


 あらまあ可愛らしいお嬢さんだこと。こんなに素敵なお相手がいたなんて、うそくんも隅に置けないわね。

 あら違うの? やあねえ、あたしったら一人ではしゃいじゃって。ごめんなさいね。


 それで何だったかしら。

 ああそうね。うそくん。


 お嬢さんちょっぴり遅かったわ。うそくんなら所長さんがご予約くださってた本を受け取って、つい今しがた店を出たところよ。

 そうね。五分くらい前かしら。


 まあちょっとお待ちなさいよ。うそくん次はお花屋さんに行くって言ってたわ。あそこのおばあちゃんは話しだしたら止まらないから、少しくらいここで油を売ったって大丈夫な筈よ。


 ねえ本当に彼女じゃないの? 隠しっこなしよ? 

 そう。そうなのね。いいえ、あたしの方こそごめんなさい。本当は知っていたの。


 うそくんはとってもいい子なのよ。

 我が儘なくせに自分では何も出来ない――内緒よ?――所長さんが本業であれほど輝いていられるのは、うそくんが陰に日向に支えているからだもの。こうやってお使いに来るのもそうだし、その知識もね。


 ねえあなた知ってる? うそくんはものすごく記憶力がいいの。うちから買ってくれた本も殆ど覚えているんじゃないかしら。

 所長さんが「ほらあれだようそくん」って言うだけで、さらさらっと欲しい答えを暗唱出来るのよ。覚えているのもすごいけど、「あれ」で通じるなんて驚きよね。うそくんは本当によく所長さんのことを分かってるわ。

 もしもうそくんが居なくなったら所長さんどうするつもりかしら。もっと大事にしないと。ねえ?


 え? ああそうね。急いでいるのよね。

 引き留めてごめんなさいね。


 うそくんは面と向かって褒めると立て板に水の勢いで否定するものだから、代わりにあなたに聞いて欲しかったのよ。

 そうなの。息継ぎもせずに滔々と、自分がどんなに平凡でそれに比べて所長さんがどんなに素晴らしいかを語るのよ。その可愛らしいことと言ったら! だからついつい揶揄っちゃうんだけど。あたしがうそくんのことを凄いなあって思ってるのは本当のことなのよ。お世辞なんかじゃあないのよ?

 うふふ。あらごめんなさい。あたしったら思い出し笑い。うそくんはとっても所長さんが好きなんだなあって思ってね。幸せ者よねえ、所長さん。


 ああそうね。もう行かなきゃね。

 お役に立てなくてごめんなさいね。お花屋さんの場所は分かる? そう。それなら安心ね。

 会えるといいわね。気をつけていってらっしゃい。




  🌹お花屋さん



 おや忘れ物かい?


 ああ御免よ。知っている子に似ていたものだから。よく見たら可愛いお嬢ちゃんじゃないか。私の知っている子は男の子でね。間違えるなんてどうかしてるよ。私も歳かねえ。


 さてお嬢ちゃん、どのお花にする?

 可愛らしいピンクのガーベラなんてどうかね? 耳に飾ったらきっとお嬢ちゃんによく似合うよ。

 ほら見てごらん。思った通りだ。なんて可愛いんだろう。

 おやどうしたんだい。困った顔して?


 そうかい。お買い物に来たのじゃなかったのかい。それはとんだ年寄りの早とちりだったねえ。許しておくれ。

 ああ。お花はそのまま挿しておいで。とてもよく似合ってるよ。本当に可愛らしい。


 それで、お買い物じゃなかったら何の御用だい?

 うそくん? これは驚いた。お嬢ちゃん、うそくんのお友達なのかい。さっき言ってたお嬢ちゃんにそっくりな男の子っていうのがうそくんなんだよ。

 そう。うそくんもお嬢ちゃんみたいに可愛らしくてね。お花がとっても似合うし、お婆の長くて退屈な話にもにこにこ付き合ってくれるのさ。優しくていい子だよ。

 今日も湿布を届けてくれてね。前に腰が痛いとぼやいてたのをちゃんと憶えてくれていたんだねえ。

 お礼って言っても何も受け取ろうとしないから困るんだがね。今日はお嬢ちゃんが来てくれてよかったよ。そのお花は私のお礼の気持ちだと思って代わりに受け取っておいておくれ。


 うそくんならケーキ屋さんに行ったよ。

 え? リストに載ってない?

 さあ。私には分からないが、所長さんから電話があってね。お使い先が一つ増えたみたいだね。


 いつものことだけど、所長さんは人使いが荒いねえ。いや。うそくん使いか。他の人にはそんな無茶は言わない人だからね。

 うそくんが優しいからってちょっと甘えすぎじゃないかねえ。


 ああ。行ってみるかい?

 そうだね。急いだ方がいいよ。きっと待っているからね。

 気をつけてお行き。



 


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