14.アルト・ヴェルトレイア(アルト視点)(3)




 目を開けてまず視界に飛び込んできたのは暗い天井だった。


 「……?」


 眉間にしわがよる。

 おかしい。さきほどまで目の前にはリディアのまぶしい笑顔があったのに。

 首をかしげたところで、気が付いた。そうか。あれは夢だったのだ。


 走馬灯のような長い夢だったから、あれが夢であることを忘れていた。

 空はまだ暗い。時計を見れば、3時だった。

 夜中に起きていたくせが抜けないようだ。すっかり目が覚めてしまった。昨日や一昨日はきちんと眠れたのに。

 そんなことを思っていた時だった。


 「あれ?アルト、もしかして起きてる?」


 鈴を転がすような声が聞こえた。

 その声を聞くだけで胸が高鳴る。


 「リディア、起きてるの?」


 むくりと起き上れば、そこには同じように起き上っているリディアがいた。

 寝るときは、僕、ソラ、リディアの順で寝ているため、ソラを挟む形で僕たちは向き合う。


 「もー最悪。最近ずっと夜中に起きてたから、くせがついちゃったみたい」


 リディアは恨めし気に僕を見る。

 そんな表情も愛おしい。


 「不眠症になったらどうしてくれんのよ」

 「安心しなよ。不眠症になってもならなくても、僕が責任をとって……」

 「あ。やっぱいいです。なんか怖いんで」


 言い終える前にリディアに断られてしまった。

 少しイラッとする。だがそんな彼女の態度にも、胸がくすぐられる。


 「あーあ。昨日、一昨日は、ちゃんと眠れてたのに。どうしてかなぁ」

 「なら久しぶりにあの場所に行く?僕の愚痴、聞いてくれない?」

 

 自分から取引をしてきたくせに、愚痴と聞けば、いつもリディアは嫌そうに顔を顰める。

 今日は愚痴を聞いてもらう日ではないけれど、リディアを困らせたくて少しいじわるを言ってみた。

 彼女はどんなかわいい反応をするのだろうか、わくわくしていると


 「あー。いいよ、別に」

 「え?いいの?」

 

 彼女は意外にも、あっさりと了承した。


 「なんてったって、私、アルトの友達だもんね~」


 彼女は胸を張ってそう言うなり、僕の腕を引っ張り部屋を出る。


 友達。


 彼女は僕の友達であることに、こだわる。

 他の誰よりも、ソラよりも、彼女は僕と友達になろうと、どうやったらなれるのかと頭を悩ませていた。僕だけが、特別な友達だ。


 うれしい。

 でも、うれしくない。


 友達という枠の中にいるから、彼女は僕に触れ、笑いかける。

 だが友達という枠にいる限り、僕はリディアに友達としてでしか見られない。


 僕はそのことに気づいてしまった。

 友達以上の想いを僕が彼女に向けても、きっと鈍感なリディアのことだ。それを友情と捉えて、受け止めてしまうだろう。


 どうやったら彼女は僕を異性として見てくれる。

 恋愛の対象だと、見てくれる。

 いっそ彼女を閉じ込めてしまえば、彼女の世界の住人が僕だけとなれば…彼女は僕を恋愛対象と見て、恋愛の意味で好いてくれるのだろうか?


 「…アルト。あんた、急に色気出してどうしたの?」

 「え?」


 気が付けば僕は森の中にいて、リディアに怪訝な目で見られていた。いつのまにかいつもの場所に到着していた。


 「気づいてないかもしれないけど、あんた今フェロモンむんむんよ?ほらあんたのせいで小動物たちが、ひっくりかえって震えてるじゃん」

 

 言われて辺りを見回せば、たしかに小動物たちが頬を桃色に染めて震えていた。


 君たちに効いたって意味ないんだけど。別に自分の意思でフェロモンを出せるわけではないが、どうせならフェロモンを浴びせる対象を選びたい。

 リディアも僕にメロメロになってくれたらいいのに。


 じっとリディアを見つめていたら、彼女の頬が少しだけ桃色に染まった気がした。が、おそらく気のせいだろう。


 「ちょっとこっち見ないでよ。エロいんだってば。それで?愚痴ってなに?」

 「あぁ…そうだったね」


 そういえばリディアを困らせたくて、愚痴があると嘘をついたのだった。


 「……愚痴じゃないけど、質問してもいい?」

 「ん?いいけど」


 そう。愚痴はない。けれどずっと胸の奥でくすぶっていた疑問はあった。

 

 「完璧ではない僕と一緒にいて、君になんのメリットがあるの?」


 彼女は驚いたように目を瞬いた。


 ずっと疑問に思っていた。

 完璧ではない僕には、価値がないから。存在している意味がないから。そんな僕を嫌いにはならないと言った彼女が、なにを思っているのか、知りたかった。


 ソラが僕を完璧でなくてもいいといったのは、僕とソラが似た者通しだからだ。助け合って生きてきたから。多少、完璧でなくても、妥協できたのだろう。

 そんな僕の考えを聞けば、リディアもソラも否定するということはわかっている。ただ、今の僕には、どうしてもこんな考えしか浮かばない。否定されても受け入れられないだろう。


 リディアはどうして完璧ではない僕と一緒にいてくれる?

 ほんとうにわからない。

 友達だから?じゃあどうして僕と友達になりたいと思ったの?僕と友達であることに、何のメリットがある?


 リディアが顔だけで人を判断する人間でないことは知っている。

 自分の性格がいいとはお世辞にも言えないため、性格が好きだから一緒にいるという線も、なしだ。


 「あんた7歳のくせに、価値とかメリットとかよく知ってるわね~」


 反応するのそこ?

 僕の眉間にはしわが寄る。


 感心したようにリディアは言うが、それなら彼女だって同じだ。

 6歳のくせに、どうして言葉の意味を知っている?普段がアホだからみんな気が付かないが、リディアは意外と知識があるし頭が回る。


 「それで?結局、僕と一緒にいて何のメリットがあるの?」

 「え~」


 リディアはうーんとうなりはじめた。

 そんな彼女を見て、僕は唇を噛む。


 やっぱり、か。

 うっすらとわかっていた。

 いくら友達だと彼女が言ってくれたとしても、僕がリディアにしてきた態度は変えたくても変えられない。


 メリットなんて、言えなくて当たり前だ。

 僕と一緒にいても、彼女は……


 「うん。メリットはないな」


 やっぱり。


 「ていうかメリットって友達に使う言葉じゃないと思うんだよね~」

 「え。待って。ちょっと話ずれてない?」


 僕が聞いたのは僕と一緒にいてメリットがあるかどうかであって、メリットという言葉を友人に使うことの議論ではない。

 だが彼女はとぼけた顔で、首を傾げるのだ。


 「ずれてないけど?」

 「はあ?」


 ときおり、いや常に僕は彼女のことが分からない。

 そんな彼女の一面も好きなのだが、不安にもなる。

 彼女はなにかわけのわからないことを言って、いつか、僕を置いていってしまうのではないか…と。


 「ようするにさ、あんたは私にどうして自分と一緒にいてくれるの?って聞きたいんでしょ」

 「え。…うん」


 すると彼女は目頭をきゅっと下げて、破顔した。

 ぎゅっと心臓が締め付けられる。


 「もー。メリットとか価値とか、難しい言葉を使うからややこしくなるのよ。まあ使いたい年頃だってのはわかるけどさ~」

 「別に僕、そういうのじゃないんだけど」


 ほんとうに使いたい年頃とかじゃないのに、彼女は「はいはい」と僕をいなす。腑に落ちない。


 「なによぉ、その顔。まあいいわ、私の回答をお伝えしますねー」

 「は?ちょっと、いきなりなんだけど」


 心の準備もする間もなく、彼女は言った。


 「私がアルトと一緒にいるのは、楽しいからだよ」

 「え?」

 

 驚くと、彼女は不満気に頬を膨らませる。


 「なに?もしかして、聞いてなかったの?だぁかぁらぁ、あんたはやばいところもあるけど、一緒にいて楽しいの。だから私はあんたと友達やってんの」

 

 そうして彼女はひまわりのような笑顔で僕を見るのだ。

 心臓が、ドクンと脈打つ。


 ああ。この人が好きだ。


 「どう?満足?」

 

 上から目線のところも。笑いかけてくれるところも。困ったように視線を逸らすところも。怒って目を吊り上げるところも。今のその顔も、すべてが好きだ。

 でも、


 「ダメ」

 「へ?」


 足りない。


 「あと100個は、理由がないとダメ」

 「ひゃ、100個!?」


 目を丸くするその顔も、とても愛おしい。

 だけど足りないんだ。

 もっと、もっともっと、もっともっともっと。


 「僕は知りたいんだ」


 君が僕のことをどう思っているのか。

 どんなところが好きなのか。

 周りの人間のことをどう思っているのか。

 君は何が好きなのか。


 知らないこと、すべて、知りたい。

 君のことなら、なんだって知りたい。すべて僕のものにしたい。


 「フ、フェロモンっ~」


 泣きそうな顔で真っ赤になって叫ぶ。初めて見た君の顔。

 そんな君も、好き。











 おまけ

 

 余談なのですが、アルトはクモが苦手なので効果抜群のクモ除けのピアスをいつもつけています。ですがこのピアス、熱に弱いんですよね。特に身体から発せられる熱に(笑)

 だからアルトがクモと遭遇してしまったのは…まあお察しください。

 

 いつも読んでいただいて、とってもうれしいです。

 次はソラ視点です。


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