クイーンに首ったけ~煩悩狩猟士に年上の嫁さんができる話~

嵐山之鬼子(KCA)

第1話.そうだ、擬人化嫁をもらおう

 数百年前に一度文明が崩壊したこの惑星は、現在地表の大半を気候に応じた自然のままの風景に覆われており、そこには多種多様な生き物たちが生息している。

 人類はしぶとく生き残ったものの、かつてのような繁栄とはほど遠く、各地に点在する村や集落に寄り添って細々と暮らしているというのが現状だ。


 人が万物の霊長の地位から転落した結果、この世界の「支配者」となったのは何か? 明確に断言することは難しいが、一番妥当な回答を探せば、それは“巨獣”であり、あるいは“怪獣”であると言えただろう。

 剣牙種や走竜種、水陸種や昆虫種といった、様々な種別、形態の巨大な生物──巨獣モンスターたちの頂点に立つともいえる“翼竜種”、およびそれすら上回る不可思議で出鱈目な存在“怪獣デーモン”。


 しかし、人間側とて一方的にそれらの下位に甘んじていたわけではない。

 人里離れた“狩り場”に趣き、さまざまな獲物を狩り、各種の素材を持ち帰ることを生業とする者。それを人は「狩猟士ハントマン」と呼んだ。

 狩猟士たちの狩りの対象には、人を遥かに越える巨体と戦闘力を誇る竜種の巨獣や、太古の時代より生き続け、獣と言うより神や精霊に近い存在とさえ言われる怪獣までもが含まれているのだ!

 彼らは、剣や槍、弓や弩といった原始的な武器を手に、文字通り身体を張って“人類に対する脅威”に立ち向かっていく、勇敢な戦士にして狩人であった。


 ──この話は、そんな狩猟士たちのひとりであり、ようやく上級者の域に足を踏み入れつつある、ひとりの若者の愛と冒険の日々を描く物語なのである……たぶん。


……

…………

………………


 周囲を覆う灰白色の煙を駆け抜けると、俺は見慣れた場所──この狩場の起点となるベースキャンプに来ていた。

 「クッ、また失敗か!」

 ガックリと肩を落しながらも、気を取り直してポーチから触媒玉とバクチダケを取り出す。このふたつを調合すれば、目くらましから麻痺・毒・睡眠の煙幕、さらには能力低下まで幅広くランダムな効果を発揮するアイテム、博打玉の出来上がりだ。

 専門の錬金術士じゃない、錬金術の初歩をかじった程度の俺でも、このくらいなら何とか作れる。

 「よし、成功だ」

 では、再びいざいかん、巨獣の巣へ!


 ──そして10数分後。

 いい按配に髪の毛の先がチリチリ焦げた俺が、再びベースキャンプで黙々と博打玉をこさえる光景が見られたとさ。とっぺんぱらりのぷぅ(昔話風)。


 * * * 


 俺が博打玉を、今日だけで10個近く調合しているのには、深い……いや、あんまり深くはないかもしれないが、とにかく一応ワケがある。


 一昨日の話だ。

 「ぃよう、景気はどーだ、マック?」

 元は狩猟士仲間だったが、片目を負傷して以来引退して情報屋の真似事(もっとも、最近は大分板についてきたみたいだが)をやってる友人カシムが、酒場で見るからに、「不機嫌です!」という顔している俺に声をかけてきやがったのだ。

 言い忘れていたが、俺の名はマック。新米ノービスはとっくに卒業して下級アプレンティスになって数年、上級マスターランクまであと少し──といった、中の上程度の腕前の狩猟士だ。


 「ん? ああ、まぁ、仕事の方はそこそこ順調だな」

 「にしては、エラく景気の悪い表情してるじゃねーか」

 隣りに腰かけてエールを注文しながら、不思議そうな顔をして奴が聞いてくる。

 「いや、仕事はいいんだ。“仕事は”、な」

 「ははぁん、なるほど。察するに……マック、おまえ、“また”フられたのか?」


 ──ピクッ!


 「ちっくしょおぉぉぉぉ、美形なんか、キライや~~~!!」

 「……まぁ、男にも女にもメンクイは多いからな」

 オガーーーンと男泣きしている俺を、「気の毒に」と「面倒な」の中間くらいの微妙な表情で見守りつつ、奴が慰めるように言う。いや、全然慰めになってないんですけど。


 「だいたい、オマエの方にも問題があるだろう。女の好みがちと細か過ぎるんじゃねーか?」

 恒例の騒ぎが一段落し、奴とふたりで杯を傾けていると、そんなことを言ってきた。

 「そうかぁ? でも、“美人でお淑やかで料理が上手い嫁”って言うくらいは、全男性共通の夢だろう?」

 「イヤ、まぁ、その点は否定せんが……叶わないからこそ、見果てぬ夢だと言う説もあるゾ?」

 遠い目で妙に悟ったことを言うへたれを尻目に、俺は自棄酒を煽る。


 「ケッ、自分の嫁がちょっと美人だからって!」

 何度か会ったこともあるが、生意気にもこいつの奥さんは、(ちょっとロリロリしいが)少なくとも第一条件は満たしているのだ。料理の腕前までは知らないが、こんな極楽とんぼの嫁さんやってるってだけで、忍耐強い、よくできた女性であろうことは想像に難くはない。


 「今日の午後だって、この村で、俺より年下の狩猟士が祝言挙げてるのを見ちまったんだ。俺だって焦るってぇの!」

 そう、今日の午後、赤鎧亀狩りのクエストから帰ってきたとき、偶然集会所前で人だかりが出来てるのを見かけたのだ。

 好奇心からちょっと覗いてみたら、このあいだまでヒヨッコだと侮ってた若手狩猟士のひとりが、年上っぽい美人と結婚式を挙げているところだった、と言うわけだ。


 いつも大仕事に挑戦しては返り討ちにあっている、ミソッカスと評判の坊やだったが、最近はそういう生意気なところが影を潜め、分相応な仕事を堅実にこなすようになってきていた。

 坊主も一皮剥けたな、と正直感心していたんだが……女かッ!? 女と結婚するために、コツコツ資金貯めとったんかーー!!


 いや、まぁ、冗談はさておき。

 少年が、いい方に変わったのは、多分にあの女性の影響が大きいのだろう。男が出来ると女は変わるとよく言うが、男だって惚れた女にはいい所を見せたいもんだし。

 そいつはわかる。よくわかるのだが……。

 「わかるわけにはいかんのだッ!」


──ゴクゴクゴク……ダンッ!!


 「イヤ、そんな理不尽なセリフを熱血口調で語られても……」

 テーブルに飲み干したジョッキを叩きつける俺をいくぶん気の毒そうに見やりながら、カシムがつぶやく。


 「うぅぅ、妬ましいったらありゃしねぇ……」

 「まぁ、そうクサるなクサるナ。

 そうそう、そう言えば、ソイツの嫁さんに関して興味深い噂があるゾ。何でも、元はクックルティモスらしいとか……」


 ……はぁ?


 「何の冗談だ、そりゃ」

 さっきのお返しに、バカにしきった目で奴をねめつけてやる。

 クックルティモスとは別名“大飛鴨”と呼ばれるクック系の大型獣だ。一般種のクックとグランクックは、「地鴨」の異称通りあまり飛ぶのが巧くないが、その上位種たるクックルティモスは、2メートル半を越える巨体の割にはかなり上手に飛行する。

 ひょうきんな見かけの割に気が荒く、一般人や駆け出し狩猟士にとっては脅威だが、一人前以上の腕前を持つ狩猟士にとっては、単身でも鼻歌混じりに倒せる文字通りの“カモ”と言えるだろう。要はその程度のありふれた存在ではある。


 それが人間、それも妙齢の美女になった? 詳細不明の“妖幻獣”カイメランとか、齢数千年とも言われる虹竜ラドゥガンとかならまだしも、あのクックルティモスが?


 「ま、あくまで噂の領域は出ない話なんだがネ」

 「そりゃあ、昔からそのテのヨタ話にはこと欠かないけどよぅ」

 傷ついていたフォーベロムス(草食性のおとなしい大型板歯獣、要はでっかいネズミだ)を、可哀想に思った狩猟士が介抱してやると、その晩、お礼に人間の女性になって会いに来た……といった類いの御伽話は、狩猟士ならずとも一度は聞いたことがあるだろう。

 もちろん、そんなメルヘン溢れる民話が成立するほど、狩猟士稼業は甘いもんじゃない。さすがの女好きの俺もただの妄想だと切って捨てていた。


 「うん? イヤ、普通の獣はともかく、巨獣が人間の姿になるって事例自体は、珍しいけどないわけじゃねーゼ」

 ──訂正。こんな奴が情報屋としてやっていけるなんて、意外と世間は甘っちょろいものらしい。


 「あ、疑ってるな、オマエ? じゃあ、身近な実例を挙げようか。そうさなぁ……去年、砦の鉄塔竜撃退戦のときに会った、蒼い鎧着た太刀カタナ使いは覚えてるか?」


 巨獣以上に厄介な“怪獣”と呼ばれる化物の中には、ときに単独で小さな村くらいあっさり踏み潰せるほどの力を持つ者も存在する。ちょっとした城ほどもある巨体と、鋼鉄並みに頑丈な鱗を持つ鉄塔竜フェロトリマスなどは、その代表格だ。

 その中でもとくに巨大な個体に対しては、狩猟士の徒党パーティが複数集まって、総力を結集して当たり、できれば討伐、それが無理でもせめてその進路を変えさせて人里から撃退するのが常となっている──まぁ、成功率はおおよそ半々くらいだが。


 「おう、凄腕だったよなぁ。あの人なら、単独でもフェロトリマス倒せるんじゃねぇか?」

 しかし、昨年その迎撃任務に出たときに共闘した男性ハントマンの力量は、圧倒的だった。

 一応、俺も狩猟士として真ん中よりは上の腕前を持っているつもりだが、その太刀使いの強さは、およそ次元が違っていたと言ってよいだろう。それこそ、複数がかりでの撃退さえ難儀な巨大怪獣を、ひとりで倒しかねないほどに。


 「実際倒したこともあるらしいゾ。で、その時、そばに大八車引いた立猫ケトシーと、小柄な女の子がいたのは?」

 「ああ、あの幼女、てっきりあの人の娘か何かかと思ったら「ワシはこやつの妻じゃ!」と言われてドン引きした記憶があるからな」

 おまえ、どんだけロリペドなんだと小一時間問い詰めたい気分になったが、まぁ、恋愛は人それぞれだし、将来極めて有望そうな可愛い娘だったのも事実だしな。どんなに水増ししても、せいぜい11、2歳にしか見えなかったけど。

 ──そうか、古代文明で言う“ヒカリゲンシ”か? 令嬢教育マイフェアレディなのか!? よし、俺もそちらを目指せばっ!


 「あー、ヘンな方面に暴走し始めてるところで悪いが、あの娘、元は鋼塔竜だから、あれでも俺たちの何十倍も歳いってると思うゾ?」

 ろ、ロリババァ!?

 ちなみに、鋼塔竜とはフェロトリマスの亜種で、さらに狩るのが困難な怪獣のことな。


 「あと、1月ほどまえ、おまえ、依頼でロッテ村に出かけただろう? そこで、美人ふたりを両天秤にかけてる、許せんモテモテ男がいるとか言ってなかったか?」

 ああ、ボーイッシュで気の強そうな美人と関西弁の陽気な美女に囲まれて、ラブコメしてやがったゼ。心情的には極死に値するっ!

 「クッ、ああいうモテ富豪がいるから、俺達のようなモテ貧民が生まれるのだ!」

 「モテ貧民って……まぁ、ニュアンスはわかるが。ちなみに、そのふたりは元・翠水竜と元・白蝋竜らしい」

 ……ナンデスッテーー?


 その後、元・暴風竜ルドラスと連れ添った大剣使いだの、目つきと口の悪い元・銀鯨バルエナな彼氏とデキてる女狩猟士だの、こと細かに実例を挙げて説明されては、さすがに俺も零信全疑から三信七疑くらいの気分にはなってくる。


 「しかし……そういう元モンスターや元デーモンの連れ合いを娶ったヤツらって、そのまま狩猟士を続けていけるものなんかね?」

 「んー、人それぞれみたいだけど、引退するヤツも結構いるな。ほれ、ミコット村にいた例のベテラン大剣使い。アイツは黒蛇鰻アングィールだった娘と結婚したあと、観光ガイドやってるらしい。それと……紅晶槌を使うアイツ、オマエ、覚えてるか?」

 「ああ、あのバカか。2、3度、臨時徒党組んだことあるから、一応な」

 俺が言うのもなんだが、妙にお調子者でノリのいい男だった。まぁ、狩猟士としての腕の方はそれなりに確かではあったが。


 「ヤッコさんもミコット村に里帰りして、元・奔蜥蜴の色っぽい未亡人と結婚したみたいだな。もっとも、嫁さんを巨獣から庇って再起不能になったらしく、狩猟士廃業して今は畑耕してるみたいだけど」

 なかなかハードな話だが……愛する人を庇っての名誉の負傷なら、むしろ漢として本望! 奴だって後悔はしてないに違いない。


「まぁ、人の姿になったからって、必ずしも恋が芽生えるわけでもないらしいがな。相手が美女になったはいいものの、男狩猟士が逆レイプされたって話もあるし」

 あ~、元が巨獣怪獣だもんな。人間形態になっても元の怪力が健在なら、そりゃ屈強な狩猟士でも押し倒されるワ。もっとも、俺だったら、むしろバッチコイな気がするが……。


「で、まぁ、こっからはさらに眉唾物の話なんだが、そういう巨獣の類いが人間になったケースって、どうやらバクチダケないし博打玉が関係している例が少なからずあるらしい」


 ──ピクッ。


 「ほほぅ……そこのところを詳しく教えれ!」

 俺の目の色が変わったことに気づいたのか、奴はニヤリと笑った。

 「ま、それほど難しく考えるこっちゃない。博打玉を投げつけた時のランダム効果で、何百回に1回くらいの確率で標的ターゲットが別の生物に変化することがあるらしいが、その時に変化対象が人間になったケースってことさネ」


 え? そんな簡単なコトで?

 いや、待て。何百回に1回のなかでも、さらに何百分の一の確率を引かなきゃいけないんだから、お世辞にも“簡単”とは言えんわな。

 「それとは別に、怪獣とかごく一部の知性ある巨獣とかだと、“自分を倒した強者に嫁ぐ”って考え方もあるみたいなんだがな。オマエにゃ、まだ無理くさいし」


 それは嫌味かよ。どーせ、俺は、単独での怪獣討伐はまだ若いルドラスを一度撃退したことしかねーよ! 

 って言うか、俺、実行する事確定かよ?


「ン? だったら、なんで詳細を聞きたがるんだ?」

 ──おっしゃるとおりでございます、ハイ。


 * * * 


 ヤツとそんな馬鹿話やりとりはしたものの。

 その時は俺も冗談半分で聞いてたつもりだったんだ。


 しかし、昨日、俺と同期の中堅狩猟士が、紫の服を着た、どことなく影の薄い美少女(どうみてもただものではないふいんき)を村に連れて来て、村長に「結婚します」と宣言したのを見て、俺もついにキレた。


 自宅の倉庫からありったけのバクチダケと触媒玉をかき集めると、今朝一番でハントマンギルドに顔を出し、とりあえず緑火竜オルギウス退治の依頼を引き受け、このジャングルにやって来たわけだ。


 オルギウスをターゲットにしたのに、それほど大した理由はない。

 マグニキャンサル(巨大蟹)とかギガマーント(巨大蟷螂)だと、人化してもあんまり美人じゃなさそうな気がしたし、クックルティモスだと例の坊やとカブりそうで、何となくはばかられたからだ。

 ギガントバフ(巨大野牛)とかギガントボア(巨大猪豚)は微妙にザコっぽい気がしたし、ギルピステス(大王鮫)やアングィールは水から引っ張り出すのが面倒くさい。


 それに、万一、人間化に成功しても、オス──男だったら目も当てられない。

 その点、オルギウスならそういう間違いは起こるまい。何せ異名が“緑の"女王”──つまり雌だからな。ちなみに、それと対になる牡が赤火竜ブリトラスだ。

 情報屋の奴の話では、子持ちの元・緑火竜を嫁にした人もいるって噂もあるみたいだし、決して無理な話ではないだろう、うん。


 そういった思惑で、狩りそっちのけで緑火竜に調合した博打玉を投げつける“実験”をしてみたんだが……これがことごとく失敗。

 博打玉って小さくて軽い上にやや不定形で、投げつけるのには少々不向きな形してるしなぁ。本来は至近距離にまで迫ってきた獲物に投げて、なにがしかの状態異常を狙う、まさにイチかバチかの緊急避難的用途の代物だし。


 仕方ないから、左手に装備した小型盾バックラーで緑火竜の突撃をガードして止め、至近距離から投げつけるという骨折覚悟のリスキーな作戦に出たんだが……。

 どうして俺のすぐ手前で停止して、目の前でブレスを吐くんだよ!? おかげで危うく死に掛けたじゃねーか。


 ──ま、竜側むこうとしても、これだけ繰り返せば、俺が何か投げつけて当てようとしてるのは明白だから、当然それを警戒するわな。


 「ふぅ……手持ちの博打玉は、あとひとつ、か」

 触媒玉はまだあるし、近くの洞窟で採取すればバクチダケのひとつやふたつはまた採れるかもしれんが……もう面倒くさくなってきたな。

 どうせヨタ話、あるいはそうでなくても宝くじみたいな奇跡的幸運に恵まれないと無理な話だろうし。

 よし、あと1回チャレンジして、無理だったら、すっぱりあきらめよう。 


 しかし、そうやって肩の力を抜いたことがよかったのか。

 洞窟エリアで絶好のチャンスが巡ってくる。

 持って来てたのに使うのをすっかり忘れていた麻痺罠を地面に設置してみたところ、うまい具合に突っ込んで来た緑火竜がそれにハマったのだ!


 いやいや、クールになれ俺、焦るな俺。

 この隙に竜の顎下に潜り込んで、博打玉の煙を存分に吸わせてやれ!

 ドキドキしながら動きを止めた緑火竜の間近へ走り込み、震える手で博打玉を取り出し、念の為、緑火竜の顔に叩きつけようと、渾身の力を込めて博打玉を投げる。

 ヘロヘロした軌道ながら、さすがにこれだけの至近距離だと届きそうだ。


 (グッバイ、雌トカゲ。あーんど、ヘロー、マイワイフ)


 俺がまだ見ぬバラ色の新婚生活に想いを馳せた瞬間。


──ブゥーーーーーンンッッ♪


 空気を読めない大鬼蜂クソはむしが、突っ込んで来て俺の投げた博打玉にブチ当たりやがりました。


 * * * 


 「と言うワケで、俺の緑火竜マイラバー化作戦は失敗したわけだが」

 あの直後、もうもうとたちこめる博打玉の煙に紛れて緑火竜のもとから逃げ出し、本日11回目のキャンプ帰還を果たした俺だったが……。

 「……なんで、俺の腕の中に、ムチムチボンテージ姿のおねーさまがいらっしゃるのでせう?」


 俺の両腕に俗称お姫様抱っこ状態のまま抱きかかえられているのは、気絶した若い女性だった。

 歳はおおよそ20代半ばといったところか。英雄詩サーガでメインヒロインをはるにはちょっとトウがたった年ごろだが、かなりの美人さんだ。

 皮とは異なる光沢のある素材でできた黒いビスチェとハイレグなボトムス、さらに膝上まであるブーツと指なしの長手袋と言う、えらく露出度の高い衣装を身に着けてらっしゃる。


 一瞬、マイラバー作戦が成功したのかと考えるが、女性のコスチュームと髪の色がそれを否定する。

 蜂蜜色と黒褐色の縞模様になった珍しい色の髪を背中まで無造作に伸ばした彼女は、明らかにある特定の生物を連想させた。


 「う、うーん……こ、ここは?」

 お約束な呻き声をあげて、”彼女”が意識をとり戻す。

 俺の腕に抱かれた状態のまま、自分の体に目をやり、一瞬驚いたあと、すぐに得心したかのような表情になる。

 「そうか。わらわは、あの煙を吸い込んだのじゃな」


 「あ~、念のため聞いておきたいんだが、アンタはもしかして……」

 「うむ。そなたら人の言葉では”大鬼蜂メガヴェスパー”と呼ばれる種族じゃ」

 「なんてこった……」


 よりによって、蜂か? 俺達狩猟士にとって、ある意味最凶最悪の敵とも呼ばれている、チクチクたかって来るあのウゼェ羽虫の親玉を、俺は人間にしてしまったのか?


 若い女性の柔らかい身体の感触は少々惜しかったが、とりあえず下ろして話を続けようとした俺だったが……なぜだか彼女は放してはくれず、逆に俺の首に腕を回してきた。


 「風の噂に竜や獣が人間になることがあると聞いてはいたが、まさか我が身にも起こるとはのぅ。この始末、どうつけて下さるお積もりかな、我が君♪」


 な、なんでいきなり“我が君”呼ばわり?

 て言うか、顔近いから。近過ぎるから。いや、俺、あんまり美人に耐性ないから!

 頭では、「こいつは元蜂! ただの虫ケラだから!」とわかっていても、身体の方はそんなことを無視して柔らかな女体に反応する。


 「つれないのぅ。この世に生まれて早20と数年。長年我が一族を導き育ててきた妾を、そなたは人にして一族より引き離したのじゃぞ。右も左もわからぬ人の身で、明日からどうやって生きていけばよいのか……」


 ──クッ、そういう風に言われると、微妙に罪悪感が。


 「責任は取って戴かなくては。のう?」

 悪戯っぽい目つきで俺を見つめていた彼女の瞳が、ふと陰る。

 「それとも、こんな虫女はイヤかえ?」


 あぁっ、ちょっ、その哀しそうな目は反則っ!

 やや吊り目気味でツンデレと言うかあからさまに気の強そうな顔つきの美女に、そういう気弱げなところを見せられるのは、正直ヤバい。


 (畜生。俺の好みは、清楚でお淑やかな美少女なんだけどなぁ……)

 そんなラチもないことを考えつつ、雰囲気に飲まれた俺は目の前の元メガヴェスパー美人の唇を奪った。奪ってしまった。

 一瞬目を見開いたものの、向こうもより情熱的にキスを返してくる。

 その唇、そして抱きついてくる身体の柔らかい感触に溺れて、俺の方もますます情熱的に抱擁なんて返しちまって……。


 そー言えば、あの時、突っ込んで来たメガヴェスパー、どう考えても普通の3倍くらい大きかったし、さっきの発言からして、たぶん女王種とかなんだろうなぁ──なんて脳裏では全然別のことを考えつつも、欲望に駆られた身体は正直で、自然に相手の胸の膨らみに両掌を這わしたりしちまっている。


 ディープキスの息つぎの合間に、彼女が耳元で熱い吐息を漏らしつつ囁いた。

 「それでは、末長く可愛がってくだされ、我が君」


(ハハッ、なんてこった。

 緑の女王を捕まえる(性的な意味で)つもりが、虫の女王に捕まる(同上)なんてな)

 片頬に苦笑が浮かぶが、ここで止める気にはならない。返事を態度で示すべく、俺は無言のまま、ベースキャンプの粗末なベッドの上に彼女を押し倒したのだった。



【HMFワールド豆知識(1)】


◇緑火竜オルギウス

 地球で言うところのプテラノドンに近い形状の翼竜種の巨獣。ただし、翼開長はおおよそ5~6メートル程度でプテラノドンよりひと回り小さく、頭部の形状も異なる(クチバシではなくワニに近い歯の生えた丈夫な顎を持ち、後頭部に2本の角状突起がある)。

 体色はその名の通りくすんだ緑葉色リーフグリーンで、その巨体の割に森の木々に紛れやすい。翼状の前肢に比べると後肢は退化してかなり小さいが、同種の牡である赤火竜と違って、ハト程度の地上歩行能力は有している。

 また“火”竜と呼ばれているが、実際に口から出るのは揮発性の高い油脂で、敵に吐きかける際に前歯の噛み合わせを火打石代わりに点火している(灯油を口から噴き出し火を点ける大道芸を想像していただきたい)。

 大多数の爬虫類同様肉食だが、獰猛な見かけの割には気性は荒くない方(おとなしいとは言っていない)で、とくに満腹の際は近くを獲物となる動物が通っても見逃すことが多い。反面、産卵期にはうってかわって神経質になり、巣穴のある地域に近づいただけで執拗に攻撃されることも。

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