第15話 突き落とされる人々
全身を快感が突き抜けた。
商店街を駆け抜けながら、熊田一郎は未知の高揚感に酔いしれた。
ケーキ屋の外で叫び暴れる子供を見た瞬間、説明出来ない衝動が身体の奥から一気に沸き上がり、抑えられない暴力的感情のまま気付けば全力で小さな身体を蹴り飛ばしていた。
(やったぜ!)
なぜそんな感情になったかは分からない。
物静かで大人しい男──そんな風に周囲から評されていた自分自身の中に他者に向けて暴走する黒い感情が潜んでいたことに一郎自身、信じられない気持ちだった。
『行けっ!』
線路沿いを疾走し、春に桜の名所となる公園への幅広の階段を駆け上がった瞬間、一郎の頭の中に野太く低い声が響いた。
『止まるな! 追手が来る! 走れ!』
追手?! 走れ?!──息切れで足が止まりそうになった瞬間、矢継ぎ早に何者かの指令が脳に突き刺さった。
何故か理性があらがえないその声に、いち早く身体が反応した。
階段を上がりきった所の広い噴水広場を突っ切り、一郎が反対側の階段の手前に来たその時──
『行けっ!落とせ! 突き落とせっ!』
「ひっ、ひぃあああああーっ」
強烈な指令に奇声を発し、制御不能な一郎の身体が暴走した。
「きゃあっ」
「うわっ」
「ああっ」
「ぎゃっ」
降りている者、上ってくる者──
一郎はそれら見知らぬ人々に次々と容赦なく体当たりをした。
転がり落ちる者、階段端や中央の手すりにかろうじて掴まり落下をまぬがれる者──場は騒然となった。
「やめろっ!」
「止まれ!!」
人間離れな猛スピードで失踪する一郎を追い、ようやく追いついた真了と可留が階段上から同時に叫んだ。
その瞬間──
「おおおおおーっ」
全力の咆哮をあげた一郎の身体が後ろ向きに宙を舞った。
まるでスローモーションのように落下する身体。
グシャッ
歩道に叩きつけられ、一郎の後頭部が破滅の音を立てた。
「きゃあああっ」
「うわあっ」
目の前で目撃した歩行者たちから悲鳴が上がった。
「消えた・・・・」
「えっ」
「もうあの男の中にいない──」
「本当かっ?」
「うん・・・・消えた」
「くそっ、どこに行った!」
可留の言葉に苦渋を滲ませた表情で真了が辺りを見回す。
誰かが通報したのだろう。
サイレンの音が近づいて来る。
野次馬の数も増えつつある。
「俺たち──」
「え?」
重々しい含みをもたせた真了の一言に、可留はその目を見つめた。
「とんでもないことになりそうだな・・・・」
絞り出すようにそう言い、真了は小さく溜め息を吐いた。
「ああ・・・・うん」
可留がうなずく。
黒惨鬼──長年の封印解かれ世に放たれた希代のバケモノ。
波瀾の乱世到来の黒い予感に、抑えきれない心のゆらぎを感じる2人だった。
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