第12話 奪われたバット
「おい、それよこせ!」
部活帰りの中学生、三井純也の前にいきなり現れ、
肩に担いでいるバットに無造作に手を伸ばし奪おうとする中年男──
「あ? 何すんだよ!」
中学2年にして身長170センチ近く、肩幅も広くガタイがいい純也はとっさに身を引き、男を睨み付けた。
「いいから! 貸せっ!」
「やめろ! 離せ!」
「うるさい!!」
「あっ!!」
強引に取り上げようとする男としばらく揉み合いになったが、やみくもに馬鹿力で引っ張る勢いに負け、バットは純也の手を離れた。
「返せっ! 返せよっ!!」
「くらえ!!」
「うわっ──」
男が振り下ろしたバットが純也の左肩を打った。
とっさに肩を押さえた隙をつき、男は走り、少し先に停めてあった自転車に乗り込んだ。
自宅への道の途中、運が悪いことにちょうど左右が雑木林で民間がなく、夕方は特に人通りも少ない。
そんな目撃者もない場所で身に降りかかった災難になすすべなし──かと思われたが、そこで純也の特技が発動した。
走り去ろうとする自転車に駆け寄る純也──
「こいつっ!」
「ぐっ──」
サドルを跨いだまま足蹴りする男。
それをあえて身に受けながら純也の目が一瞬、《ある物》を捉えた。
(あった!)
「どけっ!!」
右手に持ったバットを再び振り下ろそうとする男のそれをかわすと純也はあっさりと引き返した。
「ケッ!」
憎々しげに吐き捨て走り去る男をそのままに、純也は揉み合いで道に放り出されたスポーツバッグに近寄り中からスマホを取り出した。
使用制限があるジュニアスマホだが今の生活には十分で気に入っている。
110番──躊躇なく、純也は画面をタッチした。
「あ、すみません、実は今──」
たった今受けた被害のことを伝え始める純也の説明は驚くほど正確だった。
男の顔、おおよその身長と体型、見た目の年齢、揉み合いの様子と言われた言葉、自転車の特徴、大きさ、そして──
「防犯登録番号は──」
逃げようとする男に走り寄り、蹴りを入れられながら純也の目が捉えたもの──それは自転車に貼られた黄色い小さなシールだった。
自転車防犯登録をしている証のそのシールには番号が印字されており管轄の警察署名も入っている。
純也の特技──それは2.0近い視力である上に、意識的に見たものを画像を写すかのように一瞬にして完璧に脳裏に焼き付けることが出来、その記憶は文字であれ数字であれ必要性がなくなるまで決して忘れないというもので、自分自身それについての自信と自負があった。
スマホカメラのように要操作、そして手ぶれによるピンボケ失敗もなく、今回のような緊急時には特に役に立つ。
「絶対許さないからな!」
電話を終えた純也は左の肩をさすりながら男が逃げた先を睨み付けた。
そして、自宅のものと交換するため持ち帰るところだったあの大事なバットが悪事に使われないよう、祈る気持ちも純也の中に同時に沸き上がっていた。
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