第10話 洗脳
『お前は凄い』
「俺は凄い」
『お前は強い』
「俺は強い」
『お前は世の中を変える』
「俺は世の中を──」
『変える!』
「変える!」
充血した眼球が落ち着きなく不規則に動き、端から見ればいかにも危ない怪人物──本山孝太は今やそんな異様なモンスターと化していた。
田所松江を殺ってから、脳裏に来る《鬼の指示》の通りに動かされている自覚もなく本山は、言葉返しを声に出しながらペダルを漕いでいた。
『あれ、盗れよ』
現場から逃走の途中にあったコンビニの駐車場に無造作に停めてある自転車。
それを盗めと言われ、本山は何の躊躇もなく近づき手をかけた。
すぐ戻るから、と、鍵を掛けずに置いたのであろうそれはいわゆるママチャリだったが、構わず乗り込むと後ろも振り返らず漕ぎ出した。
表通りから路地に入り、力任せに漕ぎながらスピードを上げる本山は、口元に薄笑いを浮かべ、自身が無敵の絶対強者になったような高揚感を覚えていた。
『おい、あれを倒せ!』
「あ?」
前方右側におぼつかない足取りで老人が歩いている。
「爺さんか、楽勝だぜ」
吐き捨てるようにそう言うと本山はさらにスピードを上げ、あっという間に背後に近づき、右足でその背中を思い切り蹴った。
「ぎゃっ」
ふいを突かれ、老人は転がるように前のめりに倒れ呻き声を上げた。
さらにその背中に足を乗せ、踏みつけようとした瞬間──
「お前! 何やってる!!」
頭上から怒号が響いた。
目をやると向かい側の家の2階から男が怒りの形相で見下ろしている。
「警察呼ぶぞ!」
「ちっ」
ひとつ舌打ちをすると、本山は憎々しげな表情で再び自転車を漕ぎ出した。
『とんだ邪魔だな』
「ああ」
『ま、雑魚はいい。お前はもっとでかいことをやれる!』
「やれる!」
『お前は英雄だ!』
「俺は英雄だ!」
まるで取り憑かれたように、という言葉があるが、本山は既に憑依の餌食と化し、理性や自制心が崩壊した狂気の化け物へと変貌しようとしていた。
子供の頃からひねくれ者で可愛げのないガキ呼ばわりされてきた本山の本質の負の要素は、人間界に災厄をもらたす殺業鬼にとっては憑きやすく、自在に操れる《でく人形》として非常に好都合だった。
風を切るほどのスピードで路地を走り抜ける本山は、そんな殺業鬼の思惑など露知らず、身体の奥から沸き上がってくるゾクゾクとする力の感覚に酔いしれていた。
「やってやる──やってやるぜ!」
しかし本山はこの時点では知るよしもなかった。
殺業鬼に取り憑かれ操られし者がたどる修羅道、そしてその末路の破滅を──
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