もう浮気しません……ていうか何であれが浮気なの?
部室に帰った僕の服装は……。
「な、何でこうなるの?」
緑を基調としたメイド服に変わっていた。変わったのは色だけじゃない。服の上下が切り離され、おへそがしっかり見えている。スカートもやたら短いやつだ。男の身でこれはとてつもない羞恥心をそそる。マジで顔から火が出てないか、と思った。
「浮気した罰」
「これが!?」
美里愛ちゃんが無言で頷く。その傍らで香帆ちゃんは軽く引いていた。
「ていうかあれ、浮気じゃないから!そもそも僕に彼女なんていないんだよ!」
自分でもワケのわからないことを喋っている気がしたが、とにかく誤解を解きたくて必死なのだ。
「J.K.C.K.への忠誠を投げ出して、寄りによって杏とイチャイチャしてる時点で浮気だから」
美里愛ちゃんは淡々と言葉で突き放す。僕は自分の言葉が人の心に届かない虚しさをひしひしと感じた。
「だから何であれが浮気になるんだよ……浮気の定義知ってますか?」
「広辞苑に書かれた定義なんてどうでもいいから。とにかくJ.K.C.K.的にアレはれっきとした浮気なの」
美里愛ちゃんはキッパリした態度を変えない。
「そのまま家まで帰ってもらうからね。この後、アンタの家でコスプレ合戦するから」
「ちょっと待ってくれ!男の尊厳も奪われて、部屋もしっかり乗っ取られるのかよ?」
「どうせ私と違ってアンタの親はしばらく帰ってこないんでしょ?」
美里愛ちゃんが冷徹に痛いところをついてくる。
「そうだけど、何で僕の部屋なのさ?」
「J.K.C.K.のアシスタントの一人暮らしの部屋、それほどコスプレの衣装部屋にふさわしいものはないから」
訥々と理由を語る美里愛ちゃんに、僕は戦慄を覚えた。
「さあ、帰り支度するぞ、清子」
「清太だよ」
「その格好をしている時点でアンタは清子よ」
「だから僕は最初からこういう趣味があるわけじゃないからね!」
僕は恥ずかしさのあまりに叫んだ。
「アンタの趣味なんて知らない。とにかく私たちの隙を見て制服に着替えてたら、その格好より凄まじい罰を与えるからね」
抜け目ない美里愛ちゃんの脅しに、僕は辟易した。
---
僕は露出度高めのメイド服のまま、帰宅ルートの途中にある大通りを歩くはめになった。あらわになった腹をバッグで隠し、とにかく家に着きたくて早足で進んだ。前から次々と迫ってくる通行人の視線が針のようにに突き刺さる。後ろを見ると、そんな人込みを巧みにかわしながら美里愛ちゃんと香帆ちゃんがついてくる。彼女たちはいまだに肌に密着したタンクトップとスパッツの組み合わせによるエクササイズウェアのままだ。
この異常事態の当事者になっていることが、羞恥の極みである。
「ついて来ないでくれる!?」
僕は周辺の人々に変態的趣味はないとアピールする意味合いでも、場所もはばからず二人にツッコんだ。
「何言ってるの?アンタ私のアシスタントでしょ?」
「アシスタントが何で今、大通りで矢面に立たされてるの!」
僕は嘆くように反論した。
「だってしょうがないでしょ。アンタ浮気したんだから」
たまたま近くで立ち聞きしてしまった女子高生二人がハッとする。彼女たちは僕たちの学校の制服を着ていた。また二人に知られたくない事実を知られてしまったわけだ。僕にはそれが余計に恥ずかしかった。
「ほらほら、こうやってモメている間にも、アンタの格好をどんどんいろんな人が見ちゃうわよ~」
「なんか、大変ですね」
香帆ちゃんは僕に同情する素振りを見せた。そのとき、美里愛ちゃんがいきなり近づいてきた。
「ほれ」
彼女は僕のお腹を追っていたカバンを弾く。一瞬をあらわになったおへそを見て、二人の知らない女子高生が顔を覆った。そして彼女たちは指の隙間から僕を見ると、気まずそうにスタスタと僕たちとは反対方向へ帰っていく。
「もうイヤだっ!」
僕は駄々っ子みたいに声を発すると、美里愛ちゃんたちから逃げるように早足で帰る道を進んだ。それでも美里愛ちゃんと香帆ちゃんはついてくる。
じれったい状況にもだえながら、僕はひたすら大通りを進んでいく。
「ちょっと!アンタの家はこっちじゃないの!?」
信号のもとで美里愛ちゃんが僕を呼び止めた。その信号はただいま赤である。こんな格好で信号待ちをする余裕なんてなかった。止まっている間に色んな人たちに見られるリスクを感じていたからだ。僕は遠回りしてでも、大通りを真っ直ぐ進み続けると決めた。
「清子、また罰ゲーム受けたいの!?」
美里愛ちゃんは憤りながら、香帆ちゃんとなおもついてきた。
当然ながらいつもの帰り道よりも時間はかかり、まぶしすぎる夕暮れを背に受けながら僕は自宅マンションの扉を開けた。
急ぐように靴を脱ぐと、僕は一直線に自分の部屋へ駆け込み、そこの扉を閉めた。クローゼットか自分の部屋着を取り出したところで、再び玄関の扉が開けられた。
「ヤベッ」
僕は慌ててメイド服の上を脱ぎ捨てた。扉の取っ手に腕を引っかけながらスカートも脱いだところで、扉が力強く引っぱられた。僕はすぐさ引き戻そうと抵抗した。当たり前だ。今の格好は女装姿よりも恥ずかしいんだから。
「コラッ、何すんだよ!」
「私たちをここに入れなさい」
美里愛が語気を強めて僕に迫る。
「イヤだ!今僕がどんな格好か知ってる!?」
「おへそ丸出しのメイドのコスプレでしょ?」
「それも脱いじゃったから!」
「何~!?」
美里愛ちゃんが怒りに身を任せて、僕ごと扉を引き寄せた。その瞬間僕はパンツ一枚のまま、床に崩れ落ちた。僕が二人を見上げる。そこにはエクササイズウェアの二人が立っていた。美里愛ちゃんは怒りで顔をムスッとさせており、香帆ちゃんは僕のあられもない姿を見て、後ろにターンして恥ずかしがった。
その瞬間、僕は、美里愛ちゃんの細めに引き締まったボディラインと、香帆ちゃんの豊満なバストを中心にうっとりさせるような体つきを下から見上げる形になった。
気がつくと、僕の鼻の奥から、まとも生温かいものが流れてきた。まさかと思い床を見ると、バラのように妖艶な色の滴がいくつも落ちていた。
「筋金入りのバカね」
静まり返った室内に、美里愛ちゃんの呆れるような一言がこぼれた。
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