バーチャルアイドルの受難

第32話 めーぷるちゃん

 本日の授業を終え、探偵会の部室へ向かう。

 式はここ最近このような生活を毎日過ごしていた。

 というのも、事件の依頼がないからである。

 探偵会を発足してから二つの事件を解決したが、あれ以来特に何かしらの事件を解決した実績はない。

 事件自体は日本中のそこかしこで起こるものだが、式の周りばかり起こるわけではないので、仕方のない問題だ。

 もっとも、事件など起きない方が良いに決まっているため、この平穏はむしろ喜ばしいことなのだが。

 そして本日も変わりない日常を過ごすだろうと式は思っている。

 特に期待もせず、部室のドアを開けた。


「おつかれー」


 気の無い挨拶で部屋に入る。

 だが返事はなかった。

 人がいないわけではない。何かに夢中でその返事に気付かなかっただけのようだ。

 式の目に映ったのは、部室のパソコンの画面を食いつくかのように見ている榊の姿だった。

 彼女はイヤホンをしているため、小さい物音や声では反応しなかったのだ。


「榊さん、そんなに夢中になって何を見てるの?」


 式が軽く肩を叩く。


「ひゃっ!」


 榊は普段では想像つかないほどの甲高い声をだし、跳びあがるような反応を見せた。


「お、驚きました。式くん来ていたのですね」

「あ、うん、驚かせてごめん。それで何を見ていたの?」


 式がちらりと画面を見ると、そこには3Dのキャラクターが何やら話している様子が映っていた。

 琥珀色の髪の毛に、紅葉の髪留めをしている。容姿は今どきのアニメキャラクターのようなデザインだった。


「これですか。これはめーぷるちゃんの動画です!」

「めーぷるちゃん?」

「ええ、最近流行りのバーチャルアイドルです。現在バーチャルアイドルは多数存在しますが、その中でもこのめーぷるちゃんは最近頭角を現してきたところなのです」


 榊は目を光らせながら語る。

 彼女にはこういったマニアックなところがあるのだ。


「彼女のことは活動初期から応援してきましたが、努力が報われてきつつある現状に感動しています。今ではめーぷるちゃんグッズも結構販売されているのですよ」


 榊は鞄からめーぷるちゃんグッズを取り出し、式に見せた。

 下敷きやボールペンなどの文房具からフィギュアやストラップなど、幅広く存在するようだ。


「へ、へえ。可愛らしいキャラクターだね」

「その通りです。式くんにもめーぷるちゃんの素晴らしさを教えてあげます。まず彼女は……」


 榊によるめーぷるちゃんの語りが一時間ほど続いた。


「どうです、式くんにもめーぷるちゃんの素晴らしさがわかりましたか?」

「うん、もう十分にわかったよ……」


 げんなりとした様子で答える式。


「では今日の夜七時からめーぷるちゃんの配信が行われますので、早速それを一緒に見ましょう」

「……どこで見るの?」

「ここですが」

「ここ!?」


 夜七時は完全下校時刻を過ぎている時間だ。榊はその時間まで学校に残るつもりのようだった。


「いやいや、そんな遅い時間まで残るの?」

「ええ。何か問題ありますか?」

「あるよ! そんな時間まで残ってたら学校側から注意されるでしょ」

「大丈夫ですよ。部活動に集中していたということにすれば」

「これ部活動じゃないじゃん……」


 式は呆れたような表情を浮かべた。


「では仕方ありませんね。私の家か式くんの家に行きましょうか」

「え?」

「ここで見ないのなら、それしか方法はないでしょう」

「そりゃそうだけど……」


 このままではどちらかの家に行かなくてはならない。

 式も榊も、お互いの家に行ったことはないため、どちらの家に行くにしてもこれが初めてとなる。

 式は一人暮らしのため、自分の家に榊を連れて行くと二人きりになってしまう。

 いくら友人とはいえ、思春期の男女が二人きりになるというのはどうなのだろうか。

 だが榊の家に行くのも考えものだ。

 何故なら彼女の両親からしたら、突然同い年の男子を家に連れてきたことになるからだ。

 当然二人の関係について聞かれるはずだ。

 本当のことを答えても、何かしらを勘ぐられることも十分考えられる。

 どうすればいいのか、と式は心の中で葛藤していた。


「でもさ、榊さんはいいの? 仮にどちらかの家に行くことになっても、いろいろと問題がある気が」

「問題? 何かあるのですか」

「え、えっと」


 何とも答えづらいことを尋ねるものだ。


「ほら、いくら友達とはいえ男子を家に連れて行ったり、逆に俺の家に行ったりするといろいろと誤解されちゃうんじゃないかな」

「誤解とは」

「そ、それは、……俺と榊さんが恋人同士だって思われちゃうってことだよ!」


 大声で言う式。

 それに対し榊は、


「では、本当になってみますか?」


 と返した。


「え?」


 予想外の返答に、式は固まる。

 これまでいくつもの事件に巻き込まれていながらも、冷静に思考を巡らせていた彼が、初めて思考停止した瞬間だった。


(え、どう返答すればいいんだ?)


 最適な答えが思いつかない。

 どう返答すればいいのか必死に頭を回している式に対し、榊は


「……そのような真剣な反応をされるとは思っていなかったのですが」


と目を細めながら言った。


「軽い冗談で言ったつもりですが、真剣に反応されると照れてしまいますね」


 軽く頬を赤らめる榊。


「と、とりあえずそういうことだからダメっ!」


 とにかく式は反対した。


「仕方ありませんね。ではお互いの家で見ながらボイスチャットをするということで手を打ちます」

「まあ、それなら」

「では急いで帰りましょう。家についたら連絡してください」


 普段通りの様子で話し、そのまま榊は部室を後にした。


「……まったく、調子狂うなあ」


 少しドキドキしながら、式も帰宅した。

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