第3話 初めての依頼

「そういえばさ」


 指定の場所へ向かう途中、式は榊にある疑問について尋ねた。


「うちの高校って、部活を作るには最低十人は必要じゃなかったっけ? 同好会にしても五人必要だった気がするけど」

「その通りです。しかし今回は特例を認めてもらって三人いれば設立OKだと言われました」

「三人? じゃあ後一人は誰なの」

「春崎さんが入ってくれました」


 榊の話に出てきた春崎桃子は、かつて式たちと一緒に殺人事件を解決したことがあった。その縁もあってか、今回探偵会を設立するにあたって不足していたもう一人の枠に入ってくれたのだという。

 しかし、彼女は元々ボランティア部に所属しているため、掛け持ちということになっている。普段はボランティア部の活動を優先するが、たまには探偵会にも顔を出すという約束になっているようだ。


「今回彼女は来られませんので、私たち二人で解決しないとですね」

「春﨑さん、巻き込んじゃってごめん……」


 式はこの場にいない春﨑に詫びた。




 指定された場所についた式たちは、その外観に驚愕していた。

 日本に存在するとは思えない風貌の洋館で、その大きさから所有者は相当の富を保有していることがわかる。

 だが、洋館と言えば明治から戦前の昭和時代に建てられたものを想定するが、この洋館は比較的真新しく見える。


「すごいですね。こんな洋館の持ち主から依頼が来るとは」

「……」

「式くん?」


 先程から洋館を訝しげな目で見ている式に、榊は疑問を抱く。


「え、何?」

「……いえ、それでは中に入りましょうか」

「そうだね」


 榊は玄関のインターホンを押す。


「私、ご依頼を受けました明戸高校探偵会の者ですが……」

「お待ちしておりました」


 返答があった後、すぐに使用人らしき人物が姿を現した。


「お越しくださり、ありがとうございます。私はこちらの館に努めさせていただいております木戸と申します」


 木戸と名乗った女性は丁寧に挨拶を返した。

 若く見えるが、落ち着いた言動から相応の経験を積んでいることがわかる。


「式様と榊様でございますね」

「はい」

「ではこちらへどうぞ」


 木戸に招かれ、式たちは洋館の中へと入った。




 洋館の中は、外観とはまた違った雰囲気を醸し出していた。

 外観だけを見れば、まだ綺麗なこともあって立派な洋館に思えることもあったが、内装は見るからに高級そうな飾り付けや置物がいたるところにあり、まるで成金が金に物を言わせて高くて価値のあるものを取り揃えたように見える。玄関と廊下を見ただけで、館の主に美的センスが皆無であることが伝わってくるほどだ。

 それだけならまだよかった。時折使用人を見かけるが、男女共に服装が執事、メイド服を着用しているのだ。一部の人間には需要があるかもしれないが、外の洋館の雰囲気と合っているかといえば、答えはNOになる。


 式はちらりと榊を見た。外の洋館の雰囲気に魅了されていた榊も、内装を見てさすがに少し幻滅しているようだった。

 応接室に案内された式たちは、ソファに座って部屋を眺めながら依頼人を待つ。

 この部屋にも主人の趣味らしきものが多数飾られている。特に目立つのが熊の剥製だ。子供が見たら思わず泣き出してしまいそうなほど迫力がある。人によっては、この熊がいる部屋で応対されるのは居心地が悪く感じることだろう。


「探偵会の皆さん、お待たせして申し訳ない」


 しばらくして現れたのは、還暦を迎えたばかりのような風貌の男性と、年若い女性の二人だった。


「はじめまして、お二人さん。私はこの館の主で、渋沢正と言います。そしてこちらが娘の莉奈です」

「渋沢莉奈です。よろしくお願いします」

「明戸高校探偵会の榊です。よろしくお願いします」

「同じく式です」


 一通り挨拶が終わった後、式は思い浮かんだ疑問を尋ねた。


「失礼ですが、娘さんとはお年が結構離れているようですが……」

「ああ、実は私はまだ四十五でしてね。このような老けた見た目をしているもんだから間違われることも多くて。娘も丁度二十歳だからまあ離れてるということはないんです」

「あ、そうだったんですか。失礼しました」

「いいんです。父は気にしてませんから」


 その後も談笑が続いたが、頃合いを見て正が話を切り出してきた。


「……さて、件の脅迫状についてですが」

「いったいどのようなものなのでしょうか。よろしければ、実物があれば見せていただきたいと思うのですが」

「ええ、こちらです」


 莉奈は一枚の紙を取り出し、式たちに見せた。

 そこには『渋沢家の隠された悪事を握っている。近いうちに公にさらされることになるだろう』と書かれていた。


「なるほど、こちらが脅迫状ですね」

「ええ。これが数日前の朝、自宅に届いていたんです」

「この『隠された悪事』というのに覚えはありませんか?」


 式は脅迫状で気になっていたこの一文について尋ねた。


「さあ、身に覚えはありませんな。会社をここまで成功させるのに多少は強引な手を使いもしましたから、もしかしたらそれを恨みに思っている人はいるかもしれませんがね。それが悪事という風に写ったんでしょう」

「……なるほど」


 いまいち納得は出来なかったが、式は話を進める。


「それで、僕たちに何をしてほしいんですか?」

「この脅迫状を出した人物を特定してほしいんです。もちろん見つけたら警察に突き出すつもりでいます」

「それならば、初めから警察に頼んでみた方がよかったのでは?」


 式がそう尋ねると、正は一瞬困ったような表情を浮かべ、


「いや、警察は信用ならんものでしてね。他に何か頼れるところはないかと探していたら、娘があなたたちのことを紹介してくれたもので」


 と答えた。


「ええ。私まだ学生の身ですから、あなたたちのことはよく耳に入ってたんです。高校生なのにいくつもの事件を解決してきた凄腕なのだとか」

「いや、そんなことは……」


 少し語弊が広がっているような気もするが。


「それでどうですか、引き受けてくださいますかね?」

「どうします、式くん」

「……」


 式は少し考えた後、


「わかりました。僕でよければお引き受けします」


 と答えた。


「これはありがたい!」

「よかったですね、お父様」


 渋沢親子は二人して笑顔を浮かべていた。


「それで、この後はどうされます?」

「渋沢さん、あなたたちはまずこれまでの仕事の中で恨みを持っていそうな人たちをリストアップしてください。渋沢さんは身に覚えがないと言っていましたが、このままでは何の情報もないまま捜査することになります。心当たりがあるという程度でいいので、まずは恨みを持っていそうな人たちを絞りたいんです」

「わかりました。近日中に揃えておきましょう」

「次に、この脅迫状を出したのが身内の人間である、ということも考えられます。渋沢さんの会社や子会社に努めている人たちも同じように調べ上げる必要があります。これに関しては、渋沢さんたちがやるよりも僕たちで行った方がいいと思います。榊さん、やってくれるかな」

「ええ、もちろんです」


 榊はIT関連の知識や技術に長けている。

 彼女なら、パソコンを使って会社に残されているデータなどを調べて何か残っていないかを見ることができるのだ。

 もちろん、榊には直接会社に出向いて聞き込みも行ってもらう予定だ。


「そして最後にこの家です」

「この家、ですか」

「はい。この家に住んでいる人や働いている人が脅迫状を出した可能性もあります。これについては僕が調べたいと思います」

「あ、でしたら」


 式の話を聞いて、莉奈が一つの提案をする。


「式さんここで働いてみませんか?」

「え?」


 突然の申し出に、式は困惑する。


「ここで働きながら調べれば、誰からも怪しまれずに捜査が出来ると思うんです。この脅迫状について知っているのは、今ここにいる人間だけです。もちろん働いた分の報酬は別でお支払するつもりです。どうでしょうか」

「いや、どうでしょうかと言われても……」


 式としては、渋沢親子たち二人も怪しい対象に入っていた。だからこそ式自身がこの館を調べて不審な点はないのかを確認したかったのだが、莉奈の申し出は一見良さそうに見えるものの、ある程度の自由が制限されることにはなりそうだ。


「いいじゃないですか、式くん。調べ物をしながらお小遣い稼ぎも出来ますよ」

「榊さん、そういう問題じゃないんだけど……」

「ダメでしょうか」

「……」


 榊と莉奈に推された式は、


「……わかりました。それでいきましょう」


 と観念して承諾した。

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