第196話 チェンジバースのお話 その1

 

 3人の魔術師が眠るちいさな部屋のなか、チェンジバースは語りはじめる。


「まず、不思議に思ったであろう、ドラゴンクランの前身たる『ゲイシャボック星騎士団』の修道院について話してやろう」


 待ってください、さっそく知らない単語が出てきましたよ、チェンジバースさん。


「おかしいとは思うであろう、なぜこの校舎は、わたしたちがこれほどに落下しても、まだ続いているのか。段層都市、ドラゴンクランの豆腐重箱建築。アーケストレスは、たしかにクセのある構造物が目につくが、山のなか全部を校舎にしていた時期があった、わけではない」


 チェンジバースは近くの小窓を開けて見せてくる。

 地下なはずなの小窓の外は、なに見えないのが当たり前。


 現に、″何も見えなかった″。

 あったのは、不気味に渦を巻く黒い雲というだけ。


 小窓の外を覆い尽くす、流動するなにかだ。


「ここは、″異空間″だ。ドラゴンクランの旧校舎は異空間に飲まれてしまったいる。無限にも思える古びた迷宮校舎が、だれかの記憶、あったかもしれない想像、いらぬ世界の干渉で増殖した結果がここだ」


 チェンジバースは小窓を閉めて、ふたたび腰をおろす。


道程どうていを忘れたら最後。帰り道をゆめゆめ覚えておくことだな」


 一区切りしたところで、俺は疑問を口にだす。


「あの、ゲイシャボック星騎士団って? あと、ここってやっぱり修道院だったんですね」

「そうだな、ここは修道院だった。とても大きく、混乱の時代に人々の結束を、信仰で待ってなそうとした。発想自体は褒めてしかるべき、チカラ持たぬ人間ならでは、と手をたたいてうなづいたものだったが……」

「それで、星騎士団、とは?」


 肝心なのはこっちだな。


「……ふーむ、修道院を建てた組織、ここで信仰のチカラをうたった者たち、とだけ言っておこう」


 信仰のチカラ、か。

 それ以上は秘密ってことですかい、チェンジバース。


「さっき、宣教師せんきょうしを見ました」

「……そうか」


 俺の言葉に特に驚く様子もなく、チェンジバースは応答する。彼にとっては、別段と不思議でもない、つまり″いるだろうな″と予想できることだったらしい。


「あの激闘の気配、なるほど、流石はゲートヘヴェンをくだした魔術師兼剣士というわけだな。よい、宣教師を追いはらう竜学生など、痛快、最高ではないか」

「ありがとうございます……どうして、彼らはここにいたんですか? それに、真っ先に殺そうとしてきました」

「宣教師の存在を知っているなら、知っているだろうが、彼らは『トニー教会』から派遣されている。極めて純度の高い狂信者しか、おらなんだ。あまり理解しようとするな。呑まれるぞ。それと、奴らがいた理由だが……あの者たちは、トニー教会の不都合を消すためにこの空間に足を踏みいれている」


「教会の不都合、やっぱり、何かしらの脅威が……」

「暗黒魔術教団、過激カルトとして闇の世界に名を馳せる……『暗黒の亡命者』という名を聞いたことはあるか、小さき者よ」

「ぁ……」


 聞き覚えのある単語に、つい固まる。


 俺の筋肉質な肩からスーッと出てくる悪魔。


「あるようだな。そういうことだ。というよりも、奴らが全ての元凶とわたしたちも考えている。空から降ってくる、眷属ども、ドラゴンクランを襲った『蒼花儀式そうかぎしき』……アーケストレスの混沌は、この空間に潜む『暗黒の亡命者』が発端なのだ。宣教師も、わたしたちも、このカルト教団を潰すという意味において利害は一致している。むこうには、別の狙いもありそうだがな」


 『蒼花儀式そうかぎしき』……あとで聞こう。


「そのために、オールド・ドラゴンさん達は、アーケストレスへ戻ってきたんですか。して、現在はゲートヘヴェンさんも含めた4匹、あ、すみません、4柱のオールド・ドラゴンが暗黒魔術教団を倒すために動いていると」

「そうだな。その認識でよい」

「そうですか……その、それで『蒼花儀式そうかぎしき』とは、一体なんですか?」

「それは……すまん、わたし

「……はい?」


 一体、え、どういう、脈絡が……。

 頭が混乱するなか、チェンジバースは青い瞳で真摯に見つめてきて、実に誠実に、俺に嘘をつきはじめた。

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