第173話 決めこむ様子見


 半身をくねらせ、残っている膝までの片腕を利用して上手く立ちあがろうとする巨人。


 迎えるはドッケピ凍極団の大杖をたずさえた女性魔術師セレーナとエッズだ。


 魔力の爽流に瞳を輝かせる2人ーー爛々の紫と桃の双眸、それぞれ構える大杖のさきに紅の属性魔力が集積されていき、編まれた術式に従って「現象」となって形をなしていく。


 ああ、撃たれる。


 俺の凡百な魔感覚の緊張にしたがい、そう確信したと同時、魔法は放たれた。


「「≪混沌こんとんにして、静粛せいしゅくなる溶岩弾ようがんだん≫!」」


 息ぴったりに被らせながら、唱えられたトリガーが引き絞られた鉉をはじいた。


 意外な混沌魔法に目を見張るのは一瞬。


 乙女の破壊砲は、巨人の膝にそれぞれ着弾し、爆炎とかして威力をしめした。


 羅刹らせつやら螺旋らせんやらの詠唱がなかったので、かつてレトレシア魔術大学で校長室を凄惨にしたような溶岩が回転するような事はない。


 だが、これは混沌だ。

 こと威力において優れた属性系統だ。


「ぐ、ご、ご、ご、ぉ……」


 魔法の直撃に巨人は首を歪に傾げ、炎熱の痛みに耐えきれず、膝をおって背後へと倒れこむ。


「おお! やったぞ!」

「さすがはポルタ級冒険者だ!」

「あれほどの魔力を一撃に込めるとは……」

「残酷なまでに、容赦ない魔法攻撃だ!」


 歓声とともに、追い討ちをかけるように建物は倒壊し、巨体を瓦礫のしたへと押しつぶす。


 派手に散りゆく瓦礫に、エッズはにこりと笑いセレーナの腕をひく。


「やったねっ! 華麗に完璧にやっつけたー! この前のドラゴン相手は厳しくても、これくらいのポルタ級エネミーは余裕で涼しく倒せるんだから!」

「こら、エッズ、油断はしてはいけないですよ。たしかに手応えありましたけど……なぜか、まだ倒せた気がしません」


 怪訝な声で頭ふたつ小さいエッズの首根っこをひっぱり、セレーナが有頂天の妹分を後退させる。


 確かに、まだわからない。

 魔法の直撃はだいぶ派手だったが……インパクトの瞬間、なにか変だったような気がする……。


「ご、ご、が、ご」


「!」

「ああ、やっぱり」


 隆起する瓦礫の山。


「ほら、起き上がりますよ。エッズがフラグびんびんに喜んだせいかもしれません」

「うぅ……! ごめんね、セレーナちゃん」

「だから、セレーナちゃんはやめるように」

 

 立ちあがる巨人から目を離さず、聞こえてくる声をひろう。


 仲良くするのはいいが、はやく次弾撃ったほうがいいだろうよ。俺だったらそうする。


 あの巨人は嫌な予感がする。


「む、なぜか今ダメだしを受けたような気がしますが……エッズ! さっさと次弾撃ち込んであの魔物を仕留めましょう!」

「まっかせてー!」


 瓦礫をはらい、盛大な土埃をあげる巨影へ、再度2人の混沌魔法が叩きこまれる。


 空中を描ける炎の軌跡。


 煙壁は円形にうがたれ、晴れた埃の向こう側で、ただれるドロっとした溶岩に、分厚い金属板が赤く照らされる。


 しかし、どうにも巨人からのリアクションが薄い。

 建物の壁に泥団子を叩きつけて、建物を破壊しようとしてるような……この魔法攻撃そのものが無謀な気さえしてくる、不思議で不気味な感覚だ。


「む、効いていないと言うのですか? いや、混沌魔法は着弾よりも二次的・継続的被害が恐ろしい魔術、いくら分厚い魔力の鎧でも、あれだけ熱せられて耐えられるはずがありません!」

「でもでも、セレーナちゃん、なんだか全く動じてないよ? というか上体狙ったのに倒れてすらくれてないよ……?」


 動かなぬ巨人に感じたのは恐怖か、さらさらの前髪に瞳を隠しながら、エッズがちょこちょこと後ずさる。


 釣られて怖気づきそうになるセレーナは、首をふって自身を律し、小さな相棒の首根っこをつかみ離さない。


「まだまだぁあ!」


 果敢にもさらなる一撃、二撃ーーつづく数連の灼熱の砲撃でもって、自分と周りの皆へのガッツを示すセレーナ。と付き合わされる涙目のエッズ。


「これで、はぁ、はぁ、どうだッ!」

「ふへえ、へぇ、わたし……へとへと、つか、れた……」


 肩で息をするセレーナ。

 死にそうに膝またかエッズ。


 ヤケクソ気味な女魔術師たちの掃射に、隣の建物たちはきれい塵と消えて、あたり一帯が更地とかしてしまっている。


 混沌魔術ではない、爆破力に富んだ火属性式魔術の暴風がすぎされば、そこには何も残らないーーただし、と付け加えなくてはいけないが。


「″おんやぁ〜、あれはまた随分と耐久性に優れた個体のようですなぁー。凡百な貧人の魔術でも、あれだけみっともなく連発すれば、それなりの被害であるはずぅう〜。我輩らのように第三世界法則に従ってるわけでもないでしょうに〜″」

「″ふっふふ、これはどうやらこのアーカム・アルドレア様の出番という事なんじゃないかな?″」


 彼女たちの猛撃むなしくも、舞い散る瓦礫と土煙のなかに立ち尽くす巨影。いつでも呑気な霊体たちとは打って変わって、見守っていた冒険者やら市民たちは息をのんでいる。


 これは耐久力の問題なのだろうか。

 土煙の向こう側にたたずむ影は、初動以降まったく動く気配がない。まるでこちらの様子をうかがっているように感じる。無防備に攻撃を受けつづけることになんの意味がある?


 わからない。

 だが、わかることはある。


 銀髪アーカムたちに従うわけじゃないが、そろそろ傍観してるだけでは済まなくなってきたということだ。


 肩から上体を生えさせるふたりの霊体を、精神世界に押し戻し、俺は剣気圧を解放した。


 右腕をギュッと引き絞り、手刀をつくる。

 狙うは巨人の頭部、はなつのは鎧圧の不可視の刃。


「喰らえば、頭とおさらばだ」


 レザー流拳術ーー「空剣からけん

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