第171話 メモの記述

 

「なるほど、つまり友人の勇猛果敢なる冒険を見届けるために、アーカムはともに学校の禁じた区域へ侵入をはかったわけなのだな」

「ええ、その通りです。それで概ねあってますとも、ええ」


 やや脚色したが、嘘はついてない。


「ふむ、納得、納得したぞ。それでこそ救世主となるにふさわしい、英雄は規則に囚われないということか。改心したジョン・ハンセンを勝手に街の外に出してしまったと聞いたときは、汝を疑ってしまったものだが……うむ、この誠実さはホンモノであるな」

「ジョンは猛省してたし、もう悪いことはしないし、しても意味がないと思うので、平気かなって……」


 ふう、予想通り。

 それなりの脚色はしたが、嘘はつかなかった。

 そして、ゲートヘヴェンはたぶん気付いてない。


 ひとつ判明したぞ。

 ゲートヘヴェンの超便利な嘘発見機は、俺自身が嘘だと思って事実歪曲しなければ反応しない。


 学院の転覆を狙ってるとか、別にやましいことがある訳じゃないので隠すことはないが……このオールド・ドラゴンの能力の上限を知っておくのは、今後の身の振り方を考えるうえで大切だ。


 なにせジョンとの同盟のことは、ゲートヘヴェンには言っていないしな。彼がどんなリアクションを取ってくるかわからないし。


「汝の事情はおおむねわかった、それを良しとするかは別としてな。して、このメモに関する記述であるが、ここで聞いておくか?」

「あ、もう読めたんですね。流石です」

「当然だ。懐かしい言葉遣いに久方のノスタルジーを感じざる終えなかったが、既知の言語であるゆえ」


 ゲートヘヴェンが自慢げに鼻を鳴らす。だが、それもすぐに顔を真面目なものに変えて、あたりを気にしながらコソコソと話しはじめた。


「アーカム、メモの記述について教えよう。ただ、その前に汝には助言……いや、忠告をしよう。この内容を知っている事を、ドラゴンクランには知られない方がいいという忠告だ。もしアーカム達が、自分たちの手で何かを成そうとするのなら、我個人としては止めはしない」

「ドラゴンクランに内緒ってことですか……もしやチューリの言っていたとおり、何かの陰謀ってことですか……? 俺たちは偶然にも機密文章を見つけてしまったとか……?」

「陰謀か。ある種、その言葉は言い得て妙というものであるな」


 ゲートヘヴェンは不敵に笑いながら、メモの記載について話しはじめる。


 メモに書かれていたことは、基本的には取るに足らない″今日のやることリスト″的なことだった。


 過ぎ去りし日の誰かの日常を解読。ゲートヘヴェンの話を聞くかぎり、これはイヴと呼ばれる女性にあてて書かれた書き置きだそう。内容は「ある物をどこどこへ運んでおいてくれ」だとか、「今日までにこなさなくてはいけない課題を必ずやるように」だとか眉をひそめるような内容は特にありはしなかった。そんな事まで書くのか、と思うほかないお節介なまでの仔細が書かれているだけだ。


「ところどころ、お祈りの時間がどうとか言ってますけど、何のことですかね? ドラゴンクランってトニー教的な学園だったんですか?」


 地元にキリスト教系の高校があったのを思いだす。


「いいや、そのような過去はなかった。うむ、されど、それに近い形態では、確かにあったか。むしろそちらが主体と言うべきであるか……」


 ゲートヘヴェンは目蓋を閉じて、遠い過去を思い返すように天井に視線を向けた。


「アーカムよ、ドラゴンクランは初めからドラゴンクランではなかった。この大魔術学院は、ある日突然この大峰に築かれた学府ではないのだと知っているだろうか」


 むむ、どこかで聞いたような。


「アーケストレス魔術王国のはじまりが、ドラゴンクランの始まりってやつですか? この国とドラゴンクランは同時に始まったっていう」

「ああ、まったく、その通りであるとも、アーカムよ。しかし、我が言っているのは、さらにその前だ。このドラゴンクランは魔術を探求する学院としてあったのではなく、その前身があったからこそ、今にいたり、ここに魔術の深淵があるのだ」

「その前身……? ドラゴンクラン、アーケストレス以前に、ここに何かがあったのですか?」


 俺の疑問にゲートヘヴェンはゆっくりと頷いた。


「このメモに書かれている、祈り、などという言葉、そしてなによりも言語の古さはアーカムが考えるより、ずっと古い時代を示しているという事だ。そして、信仰を旨とした学府がたしかにこの土地にはあったのだ」


 この土地にあった信仰を旨とする学府。

 それは、ドラゴンクラン以前にあった学び舎ということか。


 ドラゴンクラン大魔術学院のはじまりは、人類の魔術との出会いの始まりであり、そして、アーケストレス魔術王国のはじまりだ。


 このセントラ大陸における学府、学校、学院、大学、それらは例外なく魔術を学ぶ場所である。


 ともすれば、その信仰を旨とした学府は、


「アーカムよ、この先に踏み込むならば止めはせぬ。むしろ、歓迎するとも。今起こっている事件は我がいるかぎり必ず鎮静させてみせるゆえ、汝の手は借りぬが、迫る者を無下にするほど我は狭量ではない。ふふ、それに、我が導かずとも、きっと明日が汝を導くであろうからな」

「へ? 今起こってる事件……? あの、そこら辺もう少し詳しく教えてもらいたいような……」

「ふふん♪」


 話は終わりだ、疾くうせるがよいぞ♪ とでも言いたげにご機嫌に鼻を鳴らすゲートヘヴェン。


「大事にするのだ、慎重にするのだ。汝の探究が有意なものであることを願おう」


 厳かにそう告げて、尻尾をふりふり、威厳ある古代竜はお昼のチャイムに足を急く人混みに消えていった。

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