第137話 王都アーケストレスへ

 

 冒険者ギルド第四本部。


「アーカム、心配はしていないが、くれぐれも気をつけるんだぞ。

 派手に暴れるのはアーケストレスのギルド本部の連中に、しっかり顔を覚えてもらってからにしろ。お前はよく街を壊すからな」

「僕はわざと街を壊してる訳じゃありませんよ。善良なる市民を理不尽な脅威から守ろうとーー」

「グレナー区、地下遺跡、決闘」


 灰髪を撫でつけ、嫌味な表情でアビゲイルは言葉を羅列してくる。


 俺はかつての梅髪少女との戦いを思いだし、ひとつため息をした。


「……すみませんでした! あの時は僕がどうかしてました」


 速攻でこうべを垂れて謝罪。

 いやはや、アビゲイルには頭が上がらないですね。

 困っちゃうな、もう。


「出発はまだ先だろう。俺はおせっかい焼きだから、アーケストレスのギルド本部に狩人(仮)が、学を修めに行くって通達しといてやろう。

 狩人稼業はまだそんなに意識しなくていい。向こうでそこらへんは手配はしてくれるはすだ。

 ただ、忘れるな。自分が一騎当万の武力だということをな」


 そう言い終えたアビゲイルは、よく剃られた顎をしごき、面倒くさそうに俺を部屋から退出させた。



 ー



 大きな白狼のお腹をモフみを整える。

 単にモフってると思われるかもしれないが、これは立派な労働だ。


 モフはモフ、仕事は仕事ということだ。


「ナイト様、というわけで僕の刑期を1年延長するのでアーケストレスへ留学に行かせてください」

「ダメだ、何度も言っているが、刑期を伸ばそうが縮ませようが、それを決めるのは貴様ではない。なにを勝手なことを言っている」


 立派な毛並みをモフつかせながら、美しき白人狼ナイト・シャンベルは愛らしい前足を俺の頭に乗せてきた。


 ありがたき幸せ。

 もっと踏んでください。


「貴様ごとき、非才のクズ、どこで勉強してもかわらんだろう」


 現代だったら、ただのパワハラ案件を平気でしてくるあたり、やっぱりワンちゃんだ。


 うーん、可愛いなこの。


 だけど、留学に行かせてもらえないのは困ったな。

 だれかナイトを説得してくれる人はいないものか……。


「ん、おはようございます、お嬢様!」

「ぶべぇ!?」


 ナイトの後ろ足キックが俺の顔面をおそう。


 壁に頭を打ちつけながら、首をもたげると、そこには艶々した藍色と銀の毛並みと、黄金の瞳をした人狼の姫、ソルティナ様がいた。


 凛々しい顔でおすわりをして、ちんまりドアの前で待ってるのが可愛い。すんすんしたい。


「わぉわぉ」

「ん、どうしたのですか、お嬢様?」


 ナイトは、てくてくと可愛い四足おみ足のまま歩き、ソルティナ様の隣におすわりすると、ピンとたった耳を彼女にちかづけた。


「ナイト様、ソルティナ様はなんと?」


 ナイトは俺の問いかけにピクリとヒゲを震わせ、オオカミ顔をこちらに向けてきた。


「毛並み発情悪漢アーカム・アルドレア、貴様の留学を許可しよう。

 海より慈悲深く、天より度量のおおきいお嬢様の心意気に、ゆかを3回はいずりまわってワンと鳴き、感謝するのだな」

「っ、ありがたき幸せ、感謝します、おポチ様!」

「わふわふ!」


 俺はソルティナ様に駆けより、その胸毛をわしわしと撫で乱した。


 当然ののうに、白人狼に殺されかけたけど、これで俺の出国する準備は整った。


 一番の難関だったが、案外なんとかなるもんだ。


 やはりソルティナ様にはポチの頃の残滓がある。

 これまで優しくしておいて正解だったな。



 ー



「それではアルドレア、これが秋学期最後の授業となるわけですので、少し助言をしておきましょうか」


 純魔力学のレポートを教卓に提出すると、カービィナ先生はそう言った。


「目的を持つことです。面接の時にも聞きましたが、偉大なる竜の学院への留学の機会をどう、

 自分の物にするのか、抽象的な目標と具体的な目的を持って日々を過ごしなさい」

「目標ですか。ただ、こんなのと言うのも何ですがイマイチ具体的な目標とか全然わからないです。レトレシアとドラゴンクランの違いって何ですが?」

「違いは多々ありますが、やはり一番の違いはかの大魔術学院には、神秘の智慧を持つドラゴンが住まうことです」


 え、ドラゴンいるの?


「学校に住んでるんですか……?」

「どうなのでしょうね。私もひさしく、かの地には訪れていないので仔細はわかりません。

 ただ、ドラゴンクランのカリキュラムにて、竜の智慧を学ぶ機会が設けられているのは、とても有名な話ですよ」


 ほむほむ。

 まさかドラゴンから魔法を教われる授業があるなんて。

 流石は魔法魔術の総本山だ。

 これは興味が爆上がりマックスって感じになってきたぞ。


「ドラゴンの魔法は神秘属性の周辺知識、肉体的経験の鍛錬が必要なようです。

 神秘属性の魔法に適性のあるアルドレアならば、きっとその智識を修める事が出来るでしょう」

「ならほど……あの、これって偶然ですかね。神秘属性の適性を持ってる僕が留学生に選ばれたのって」


 俺の言葉にカービィナ先生は、少し考えるそぶりを見せる。


「ドラゴンクランがその智慧を公にした近年、他国の生徒が竜の学院で、特別な魔法を修めることには大きな意味があります。

 まぁアルドレアは己の為に魔術の研鑽に励んでくれれば、それで良いのですよ」


 カービィナ先生はいたずらっぽく笑った。


 魔法界、学校間、あるいは国と国の間のキナ臭さを感じざる負えないが……まぁここはカービィナ先生を信じてみよう。


「わかりました。ドラゴンの魔法を、僕、覚えてきますよ。それを目標に頑張ります」

「その意気ですよ、アルドレア。是非とも立派にドラゴンの魔法を修めて来てください」


 俺はカービィナ先生の期待を背負い、隣国の最高学府ドラゴンクラン大魔術学院へと旅立つことになった。



 ー



 新暦3056年、3月10日。


 アディの御者する馬車に乗り、俺はぼーっと窓の外を眺めていた。


 緩い起伏の草原と幾つもの森を抜けた先に、ようやく大きな渓谷が見えくる。


 ようやく変わりばえしない光景が変わったことに感動し、俺は馬車の小窓から頭を出した。


「父さん、あの渓谷は?」

「あの渓谷が国境らしいな。大橋を渡らないと向こうに渡れないそうだぞ」

「うーん、たしかに結界的なサムシングが張られてますね。もしかして国境全部をアレで覆ってるんですかね」

「もしそうなら相当に大規模な魔法だな。流石にそれはないだろ」


 天上に消えていく結界の境界線にだんだんと近づいて来た。

 魔術王国だけあって国境を魔法でわかつとなんて、すごいコストをここに割いてるものだ。



 大橋付近で渋滞する馬車の列に並び、1時間近く待たされながら国境を抜ける。


 ここまでの道のりで、すでに俺たちの馬車は街を経由して、山と森を2日ほど走り抜けている。


 それはそれは実に退屈な旅路だった。


 せっかくアディが馬車を出してくれると言ったので、親父の顔を立てるべく、

 えっちらおっちらここまでのんびり来たわけだが……俺はいま、猛烈に後悔している。


 荷物をバックパックに詰めて背負って、シヴァを使って来るんだった、とね。


 そうすればきっと半日と掛からずこれただろうな、とも思ってる。


「父さん、まだ着かないんですか……」

「もうすぐだぞ、アーク」


 何度やり取りしたかわからない会話。

 もうすぐだぞ乱用し過ぎ事件にうんざりして、俺は馬車の扉を開けて車の上辺に移動した。


 現在は走っているのは深い森。

 少しでも街道から横にそれたらすぐ魔物が襲って来そうな暗く深い森だ。


 本当にこんな森の中に、国一番の都アーケストレスがあるのだろうか。


「……………ん、あ! 父さん、見えました! 多分アレですよ!」


 馬車の屋根で頬杖ついてあぐらをかいて座っていると、森の先に都市が見えて来たことに気がついた。


 信じられない、あったぞ。


 深い木々に囲まれたその都市は、山の斜面に沿って建設されており、何段にも分かれた断層的な都市構造をしているのが遠目からよく見える。


 話に聞いていたのと見た感じ一緒だ。


「あれが王都アーケストレス、魔法の聖地ですね!」


 自然と溢れる笑み。

 馬車は胸を高鳴らせる俺を乗せて、魔術の王都へとちゃくちゃくと近づいていた。



 ー



「アーク、お前は何しに来たんだ。留学するってのにこんなたくさん武器持って来て」

「狩人なんだから仕方ないでしょう」

「アークは、確かカルイ刀は振れなかったよな? 持ってても仕方ないだろ。それ俺にくれないか?」

「嫌です。最近になって魔力武器は耐久性に優れてるって気がついたんで、その手には乗りませんよ」


 アディに騙されそうになりながら、馬車から荷を降ろしていく。


 忘れ物がない事を確認して、俺とアディはこれから1年間お世話になるホームステイ先の屋敷にやってきた。


 屋敷の景観から判断した感じ、たぶん中流家庭。


 クルクマのアルドレア邸とおんなじくらいの大きさの家だ。


 屋敷の大きな扉をノックする。


 すこしして、重たそうな扉が奥から開かれた。


「おはようございます。レトレシアからの留学生の方ですね」


 中から出てきたのは金髪、碧眼の少女。


 切り揃えられた短い髪と、意思の強そうな瞳から堅物のイメージを受ける。


「はぐぁっ!?」


 だが、言及すべきは彼女の端整な容姿ではない。

 その圧倒的な既視感だろう。


 俺はその女性を知っていた。


「はい、クラークさん、うちのアークをこれからよろしくお願いします」


 アディはちんまりしたお辞儀をする。


「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。アルドレアさん」


 それに答えた少女は、今度は俺の方へ鷹のようにするどい視線を向けてくる。


「よ、よろしく、お願い、します……」

「はい、1年間よろしくお願いしますね……アーカム・アルドレア、さん」


 睨みつけてくる少女。

 生きた心地がしないとはこの事か。


 3ヶ月前。

 レトレシア杯で煽り煽られた末に敗北した怨敵、コートニー・クラークの笑ってない笑顔に連れられて、俺とアディは屋敷に迎え入れられた。

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