第97話 帰郷

 

 容赦ない直射日光。

 俺は木陰で本を片手に優雅に涼む。


 すぐ傍で肘掛けとなってくれているシヴァに遠慮なく頬杖を突き、双子が庭を飛び出してどっか行かないよう兄として見守るが俺の今のお役目。


 ここはローレシア辺境の田舎町クルクマ。

 時は流れ、俺は実家に帰ってきていた。


 策を張り巡らしたとある大作戦が失敗したあと、数日して学校がすぐに夏休みに突入したおかげだ。


 トチクルイ荘の動物たちの世話はマリに委託した。

 おてんば娘だが、意外にしっかりしてるし、クレアさんもいるのでワンコロネッコロたちの事は心配してはいない。


 ただ、ひとつだけ気になることはある。


 ポチのことだ。


 夏休みに入ってから1週間ほどトチクルイ荘にいた俺は日課として朝の鍛錬を欠かさずやっていたのだが、その時どいうわけかポチの姿が見えなかった。

 それまでは皆勤賞で通いつめていた乞食様だったのにも関わらず、パタリと来なくなってしまっていたのだ。


 一応マリにポチのことも頼んできたので大丈夫ではあると思う。

 けれどやはり少しだけ心配だ。


「わふわふ」


 本を閉じシヴァの腹の上に置く。

 俺はぐっとを背中を伸ばして伸びをした。


 いつまでもここにいたい気持ちもある。

 しかし、数日後にはまた王都に戻らなければならない。

 双子たちに「にぃにぃ!」と呼んで引き止められるのは辛いが、これはばっかりは仕方がない。


 俺は夏休みを振り返る。

 いやはや、この夏休みには色々な事があった。


 数あるイベントの中でも俺が飛び切り驚いた事もあった。

 それは剣を振る事が出来なくなったことだ。


 あの時の事は今でも鮮明に覚えている。


 朝の日課をこなすべく剣を素振りしていたところ、いきなり半ばからぶち折れてしまったのだ。


 タングストレングスで買った上質な鋼の剣、それがいきなり折れてしまったんだから、驚愕は避けられなかった。

 すぐ後に、残りのもう一本の長剣で素振りしてみても、やはり一発で折れてしまった。


 当時は唖然としたものだったが、原因はすぐにわかった。

 どうやら俺の筋力が強くなりすぎたせいらしい。


 とは言っても「あ、はい、そうですか」と納得するわけにはいかない。


 俺はこのアンビリーバブルな事態を解明するべく師匠にどういう事なのか聞きに行った。

 だが、これが厄介な事に、師匠はテニールハウスにはいなかった。

 久しぶりに会えると思ったのに、なんとあの人は出掛けたっきりまだ帰ってきていなかったのだ。


 アディも訝しんで定期的にテニールハウスを見に行っているらしいのだが、俺が王都へ発った2週間前から消息不明らしい。


 どこかで事故にでもあったのか、あるいは心臓発作でポックリ逝ってしまったのか。


 いや、単純に狩人の本部ってめっちゃ遠いいのかもしれない。


 まぁ結局、具体的な解決策を見つけられず俺は今でも剣を振る事が出来なくなったままだ。


 気をつけて振れば大丈夫だとは思うので、試しにダング・ポルタなどを振ってみたい所なのだが、

 せっかくの魔力武器が折れたら流石にショックなので振る勇気が出ずにいるのが現状である。


 はて、どうしたものか。


「にぃにぃ!」

「にぃにぃ! 遊ぼ!」

「いいぞ」


 シヴァを愛でながら思いふけっていると可愛い双子がやってきた。


「わふわふ!」

「よしよーし、いいこ! いいこ!」

「にぃにぃ高い高いして!」

「にぃにぃ! 俺も俺も!


 足元で跳ね回る可愛い双子、エラとアレクをダブルで肩車。前より確実に体重がふえてずっしり重くなった2人に満足しつつ嬉々として持ち上げた。


「うりゅうりゅうりゅ!」

「きゃー!」

「わぁー!」


 柔らかい双子のほっぺにサラサラの髪の毛。

 まったく可愛すぎるぜ、うたの兄弟たち。


「アーク」


 庭で兄弟たちと戯れる幸せ空間に不浄なるアディの声が聞こえた。

 双子ばかり優遇して、同じ子供である俺には優しくない我が家の贔屓魔だ。


「うっ、そんなに睨むなよ。ちょっと来てくれるか?」

「はぁ、わかりました。今行きます」


 ひとつ頷いて双子を下ろす。

 もっと遊んでくれとせがんでくるが、ここはシヴァに任せてエスケープ。俺は家の中へと入った。


「どうしたんですか? 真面目な顔なんかして」

「いちいち一言多いやつだな。ほらこれだ」

「ん、エレアラント森林の記事ですね」


 アディが見せてきたのはクルクマの町の新聞記事だ。

 どうやらエレアラント森林の深い場所で、大規模な森林破壊があったらしい。


「どうやら破壊跡の感じから半年以上前に行われた森林破壊だそうだ」

「ほう」

「ほう……じゃないだろ。アーク、大規模な焼失跡だったんだ。燃えてたんだよ、森が」


 新聞を指で突きながら声が大きくなっていく。

 アディが肩に手を置いて顔を近づけてきた。


「アーク、お前、えらく立派な火傷してたよな」

「えぇと、まぁ、はい。火傷……ありますねぇ」

「だから、ありますねぇ、じゃないだろ! テニールさんは大規模攻撃を受けたって言ってたじゃないか。アーク、お前この記事に関わってるな?」

「ふっふふ、そうだと言ったら?」


 俺は黒幕感たっぷりに不適な笑みをしてみせた。

 もはや隠せる雰囲気ではない。


「あぁやっぱりか! だと思ったぜ、アーク」


 弾かれたように天を仰ぎ見る我が父。

 何か確信的なものを持っていたらしい。


「あのなこの事は絶対母さんには言うなよ。またヒステリック起こされたら今度は俺の身が危ない」

「うーん、わかりました。内緒にしましょう」


 怯えた顔でガチで命の心配をするアディの為に、ひいてはエヴァの師匠へのヘイトをこれ以上高めない為にもこの事は秘密にしよう。


「それとな、アーク」


 アディは手に持った新聞紙をゆっくりと傍の机に置くと、こめかみを掻きながら含みある表情になった。


「何ですか」」

「そのな。アーク……お前、狩人になるのか?」

「ぇ、な、なんで、それを知ってーー」

「だぁあー! やっぱりかぁー!」


 囁くように発せられたアディの言葉に動揺を隠せない。


 どうしてアディから狩人の話の話が出てくるんだ。

 なんでアディが俺が狩人を目指している事を知っているだよ。


「お前、だから侵食樹海までシヴァに乗って修行にしに行ってたんだな!」

「あ、いや、そうですけど、なんで、父さん知ってるんですか?」


 あまりの驚きに師匠と約束した、秘匿義務をも忘れてついつい直球で質問してしまう。


「かぁ〜どおりで鍛えまくってると思った。だからかぁ〜、いやぁこれはーー」

「いや、さっさと答えてください」


 机の上の新聞を丸めてアディを頭をぶっ叩く。

 アディがひとり納得しまくっている姿に腹が立ったからだ。


「はは、悪いな。未来の狩人様には逆らっちゃいけねぇよな!」

「いや、別にそう言うわけじゃないですけど……本当になんで知ってるんですか? 僕、口滑らしてないですよね?」

「ん、あぁ簡単だ。俺の友達に狩人の動向に詳しい奴がいてな。そいつに聞いたんだ」


 狩人に詳しいって事は、裏世界に精通している者に違いない。

 まさかアディにそんな悪い友達がいたとはな。


「名前は?」

「おいおい、まさかにいくのか?」


 アディは肩をすくめておどけながら、俺の手から奪った丸めた新聞を剣のように振り回す。


「行きませんよ。ただ何となく気になっただけですって」


 いちいち狩人に話を繋げようとしてくるな。

 アディの腕から新聞を奪い、もう一度頭をぶっ叩く。


「っ……アイリスって名前のギルドの職員だ。あ、いや、お前なら『ギルドエージェント』って言ったらわかるか?」

「うーん、ギルドエージェントですか」


 どこかで聞いた覚えがあるな。

 どこだったけ。

 記憶の片隅でくすぶる単語。

 だが、どこで聞いたのかを思い出す事が出来ない。


「いえ、知りませんけど」

「おぉ、まだギルドエージェントのことを知らされてない下っ端なのか」

「いちいち一言多いのは、父さんも変わりませんね」

「はは、言われてみれば」


 新聞を使って再度父親の頭をしばいておく。


「で、ギルドエージェントってなんですか?」

「うーん、まぁ言ってもいいか。どうせ狩人になるんだし。そうだな、ギルドエージェントってのは簡単に言うと一般社会と裏の世界を繋ぐ仲介人たちだ」


 アディは椅子を引いて腰をかけながら話し始めた。

 俺もまた同様にアディの隣に座った。


「ギルドエージェントのお仕事は多岐に渡ってな。それぞれいろんな専門家たちがいる。

 そうして彼らは一概にギルドエージェントたちの組織的な中枢ーー『上層ギルド』の恐い人たちと一緒に働いてるんだ」

「ほほう」


 なかなか興味深い。

 ゲーム終盤で登場しそうな上層機関が冒険者ギルドにも存在しているのか。


 呑気にそんな事を考えつつ魔法のティーポットから紅茶をカップに移して、2人分用意する。

 ポットは俺が王都で買ってきた帰郷の際の手土産だ。

 カップの片方をアディの前に持って行きながら、話の続きを促す。


「ギルドって事は冒険者ギルドと関係あるわけですね」

「関係大有りだ。ギルドエージェントはみんな冒険者ギルドの職員だからな。

 と言っても冒険者ギルドの支部や本部にいつもいるわけじゃない。俺みたいにほとんど別の施設で働いてたりするんだ」

「ほうほう、父さんみたいにですか」

「……そう、俺、みたいに、な!」


 あれ、なんかアディがニヤニヤ気持ち悪い顔してるな。

 何かを聞いてくるのを待ち望んでいるかのような「さぁ、いいよ、こいよ!」という顔だ。

 この目の前のおっさんは一体なにを期待していると言うのだろうか。


「あの父さん。その感じだと父さんギルドエージェントになっちゃいますよ?」


 そんなキラキラした顔で期待されても、俺にはあんたの言い間違えを訂正する事しかできないぜ。

 まったくしっかりしてくれ。


「いや、間違えてねぇよ? 俺、ギルドエージェントなんだよ」

「そういうギャグですか」

「いや、ギャグじゃないから!?」


 アディは椅子に座りながらズッコケる。


「え、それ本当ですか?」


 あまりにもわざとらしいリアクションにつばでも吐きたいとこほだが、どうやら本気らしい。

 言い間違えではないと言うかい。


 だとするとあれだな。

 俺が言うのもあれだけどさ。

 アディ、あんた秘密多過ぎるぜ?

 実は吸血鬼だったり、ギルドエージェントだったり。

 なんなんだよ、マジでこのアディフランツ。


「はは、そんな顔するなって。俺がギルドエージェントとして魔術協会に忍び込んでるから、お前たちは今日もすくすく育つ事が出来てるんだぜ?」


 椅子を立て直しながら眉根をあげて、アディは鼻高々に見下ろしてきた。

 未だに直立されるとアディの方が背はずっと高い。


「なるほど。もしかして父さんの稼ぎが異様にいいのって工作員だからですか?」

「はは、そういうこった」

「はぁえ……」


 合点がいった。

 アディの稼ぎが家族6人余裕でまかなえる程あったのはただの、魔術協会員じゃなかったからか。

 てっきりグローバル企業だからみんな高給取りなのかと思ってたぜ。


「でも、魔法の杖買うくらいで根をあげるでしたら、案外大した仕事はしてないんじゃないですか?」

「ギクッ!」


 あ、今ギクッて言ったな。

 これは図星の予感。


「父さんってどんな仕事してるんです? ギルドエージェントとか大層な肩書きを名乗ってますけど」


 ギルドエージェントというだけで調子乗ってるアディが、実は大した事してない疑惑が浮上してきた。

 きっとこのアディの態度からするに虎の威を借る狐のごとく、工作員とか言いながら書類整理とかしかしてないに違いない。


「い、言えるわけないだろ! 俺、一応これでもスパイなんだぞ! エージェントなんだぞ!」

「はは、まさか将来狩人になる僕に逆らうわけじゃないですよね?」


 腕をコキコキ鳴らして暴力的手段を行使する脅しをかける。


「こ、コラ! お前実の父親になんてこと言ってるんだ! 俺は、ぁ、ちょ、ひぃぃ! まじで言えないからぁ!」


 壁際に追い詰めて浮気のバレた夫の如く縮こまるアディ。


「ふむ、わかりましたよ。仕方ありませんね」


 涙目になっているアディが可哀想なのでこの辺でやめておく。


「何でもいいですけど。それで、結局僕の正体突き止めたアイリスって何者なんですか?」

「アイリスは、情報管理のギルドエージェント、かな?」


 アディは顎に手を当てながら記憶を探るように言った。

 自分の事は頑なに合言わないくせに、他人の事だと素直に喋ってしまうあたりやはりただのアディだ。


「情報管理ですか。なんで僕の正体わかったんですかね」


 違和感なく流れに乗って話を聞き出す。


「なんか王都からの情報網にお前の名前が引っかかったらしいぞ?

 アルドレアって名前を聞きつけて俺に教えてくれたんだ。『お前の息子、多分、狩人の修行やってる最中だわ』ってな」

「王都から、ですか」


 腕を組み天を仰ぐ。

 そういえば王都の冒険者ギルド第四本部で冒険者登録した時があったな。


 あの元気なおっさんの名前。

 たしかアビゲイルだ。

 アビゲイル・コロンビアス。


 あの男は狩人協会の存在を知らされている程度には重要な役職とか言っていたっけ。

 アヴォンの事も知っているようだったし、あの男がギルドエージェントだったに違いない。

 それで俺がアヴォンの推薦している狩人候補者って情報を組織間で共有してるんだ。


「なるほど。合点がいきました」

「おう、そうか? なら良かった」


 アディは呑気にクッキーを食べニコリと笑った。


「はぁ〜それにしてもアークが狩人か〜。そうかそうか」


 感慨深げに中空を眺めてながらクッキーを頬張るアディ。


「はい、狩人ですよ。もう先生からは全人類の99.99パーセントよりも強いって言われました」

「おぉそりゃ凄いな。俺に圧が使えたらその強さを肌で感じる事が出来たのかもな〜」

「ぉ?」


 途端、アディはクッキーをくわえたまま動きを止めた。

 父親の何気ないつぶやきに静かになる居間。

 空気がピンと張り詰めていくのを肌で感じる。


 アディと視線が交差した。


「ちょっと森まで散歩しません?」

「はは、お洒落なお誘いだ。いいだろう」


 アディはくわえていたクッキーを噛み砕き、勢いよく立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る