第82話 月間決闘大会

 


 3月20日。


 レトレシア魔術大学へ入学して3週間が経った。

 最近は朝が肌寒いだけで、日中はだいぶん過ごしやすい気温になってきている。


 顔を洗い長剣とカルイ刀を手に中庭へ降り立つ。


 朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、肺を新鮮な空気で満たす。


「ニャー」

「わんわん!」


「よしよし」


 最近少し増えた入居者たちに朝ごはんを差し上げて、頭を撫でさせてもらう。


「さてと」


 今日も元気に異世界生活を送って行こうか。



 朝の鍛錬を終えて、珍しく早起きをしていたマリと共に通りを歩いて登校する。

 時間に余裕があるときは流石に屋根上を通ったりはしない。


「どうしたんだよ、8時なんかに起きて。なんか変なもの食べたのか?」

「失礼だよ〜。んー私が思うに多分、アーカムに着替え覗かれてるから、本能が危機感を覚えたのかも!」

「だとしたらマリの本能はぶっ壊れてるな。俺はお子様には興味がないんだから」


 なぜかマリは胸元を自分で覗き込んでがっくしている。


「やっぱ大きい子がいいの? ドートリヒトさんとか?」

「ちょ、おま、カティヤさんをそんな視線で見てる訳ないだろ! あの人は女神なんだよ」

「うーん、すごく美人さんだけど、あの子のことそんな風に言う男子はアーカムくらいだよ? みんな乱暴だからって怖がってるし」

「……知ってるよ、そんなの」


 自然とテンションが下がってしまう。

 3週間も経てばだいたい同級生たちがどういう奴なのかわかるようになってくる。

 皆が打ち解けあってる中で、俺の片思い人、カティヤ・ローレ・ドートリヒトさんはとても乱暴な事で有名だ。


 最初の頃は彼女はその美貌で多くの男子の視線を集めたが、今となってはみんながみんな彼女の事を怖がってしまい近づくものは少ない。

 女子たちはまだしも、男子に対してはカティヤさんはとても厳しいのだ。


 ちょっと見惚れてただけ叩かれた、という被害報告も相次いであがっているくらいだ。


 ゆえに、もはやカティヤさんの好感度はマイナス値が高すぎて、その美貌なんてどうでも良くなるくらいに避けられていたりするのだ。


「でも、カティヤさん……1人でいるとすごく寂しそうなんだけどね」


 マリのフォロー。

 なんだか空気が白けてしまったな。


「んーマリ、そういえば今日の決闘大会楽しみだな!」


 暗くなる気持ちを取り繕って話題転換を図る。


「そりゃね、初めての月間決闘大会だもん。優勝目指したいな」

「はは、そっか。なら俺とは別のブロックに入った方がいいぞ。俺も優勝目指していくからさ」

「うーん、たしかにアーカムも強いけど、どちらかっていうと避けるべきはドートリヒトさんとサテリィだよ」

「はは、まぁ……そうだよな」


 キメ顔でカッコつけたつもりだったが、もっともな事を言われて再びテンションが下がる。


 月間決闘大会の子犬生の部は、生徒数の都合上2ブロックに分かれて行われる。

 つまり優勝者は2人いる。

 そのため優勝を目指すのなら、絶対勝てない相手は避けて、もう一方に入るのが無難なのだ。


「別にアーカムが弱いって言ってる訳じゃないよ? 私はただあの2人は別格に強くてーー」


 マリが慰めてくれようと言葉を掛けてくれる。


「もちろんアーカムもすっごく強い。私は本当にアーカム事がすごいと思ってーー」

「ん、カティヤさん」


 曲がり角を曲がった先にいたカティヤさんに気づき、俺は隣を歩くマリを壁に押し当てて進行を阻止する。


「きゃ!」


 別に隠れる必要はないのだが、なんとなくだ。


「ぁ、あわ、あ、アーカム、こ、こんなところで、だ、ダメだよ! 我慢できなくなっちゃたの? そ、しょの、か、帰って、から誰もいない、ごにょごにょ……」


 腕の中の少女が何かぶつぶつ、と言っているが今はそんな事気にしない。


「……寂しそうだ」

「え?」


 遠目からカティヤさんを眺めてなんとなしに呟いてしまう。


「アーカム……」


 カティヤさんが学校に入っていったのを確認して後からでを追うように登校する。


 毎日のようにカティヤさんがいたら目で追ってしまっているので、彼女がどこか孤独を感じているのを俺は知っている。

 きっと吸血鬼であることを隠して生きていくのが辛いんだろう。


 俺にはわかる気がするのだ、彼女の孤独が。

 異世界から来た存在であることを師匠に隠し続けて来たからわかるのだ。


 大きな隠し事は、それひとつあるだけで本当の意味での信頼や友人、仲間などの形成を著しく妨げる。

 いつ正体がバレるかもわからない状況の中カティヤさんは怯えているんだ。悲しんでるんだ。苦しんでいるのだ。

 うん、そうに違いない。


「って言ってもなぁ」

「どうしたの?」

「いーや、何でも」


 多分だけど俺に関してはカティヤさんはマジで嫌いなんだと思う。


 なんだろう、勘?

 本能かな?

 めちゃくちゃ嫌われてる自覚があるのだ。


 そのため、カティヤさんに対してどういうスタンスで接すればいいのか迷っている自分がいる。


 周りの男子たちがカティヤさんを怖がるのと同じように、俺も彼女に対する態度に疑問を持ち始めているのだ。


 言うなれば犯罪者的な思考に。


 片思いしたって見返りが無いのなら、意味はない。

 ゆえに俺は優しい態度でカティヤさんに接するべきじゃない、と。


 だってそうじゃないか。


 俺だけ頑張ってるのに、それを蔑ろにされたらすごく損した気分だ。


「よし」


 これからはもう彼女に犬みたいにしっぽを振るのはやめだ。

 これからは対等に接しよう。

 うん、そうだそうだ。

 なんか今までの俺の態度は媚を売ってるようで、自分でも性に合わないと思ったんだ。

 ふん、もうあんな小っ恥ずかしいことはしないぜ。


 決意新たにして、俺たちは勢いよく教室の扉を開けた。


 ー


「それでは、新暦3055年3月の月間決闘大会を開催致します! 皆さん、切磋琢磨してともに高め合っていきましょう!」


 ジョセフ・グリードマン先生の開催宣言を受けて、今学期初の月間決闘大会が始まった。


「それでは、まずは子犬の部から!ブロック分けを始めますよ!」


 レトレシア魔術大学の月間決闘大会は12月、2月を除いた、その他の月の20日に開催される。


 大学中庭、通称「オオカミ庭園」と決闘場の2会場を併用しての開催だ。

 毎回、平均して全体で900人もの参加者がいると言われる大きな校内イベントである。

 特に学期始めの3月20日の月間決闘大会は、決闘をやる事に興味津々という新入生がたくさん参加するため、最も規模が大きくなるらしい。


 ちなみに2回目以降の月間決闘大会には、自分が決闘向きじゃないと思い知らされる者が多くなり、

 めっきり参加者減るのがレトレシアの決闘大会の常であるとかないとか。


 ーーハグルッ


「うふぅへッ!」

「勝者アーカム・アルドレア!」

「悪りぃなパラダイム、手加減はできねぇ」

「う、うぅくそ、なんでいきなりアーカムとなんだ、よ」


 友達のパラダイム・ホットスワンを片付けてとりあえず1勝する。


 俺たち子犬生は犬生よりも人数が圧倒的に少ないため、午前中に一気に決闘が行われるように組まれる。


 今回の子犬の部の月間決闘大会の参加者は348人。


 子犬生4学年全体のおよそ8割の生徒数だ。

 その348人の子犬生をAブロックとBブロックに分けて、1ブロック174人で現在、月間決闘大会は行われている。


 試合形式は先生方が勝手に組んだトーナメント制である。


 そこに生徒の意志は反映されなく、複数の先生によって厳格な判断基準のもとトーナメント表は作成される、らしい。

 俺が参加しているのはBブロック。

 試合は決闘場で行われている。


 魔法陣から出て、先ほど吹き飛ばしたパラダイムの元へ向かう。


 一方で決闘場内には次の試合の決闘者に、速やかにリングに上がるよにアナウンスが響いていた。


「Bブロック、第7試合レージェ・ド・ラーバ、ガリレオ・グレゴリック。速やかにリングへ入陣して下さい」


 リングを脇目に倒れ伏すボンバーヘッドに喋りかける。


「おい、大丈夫か、パラダイム」

「あぁなんとかな。意識は飛ばずに済んだよ。手加減してくれたんだな」

「いや、別にそんな事ねぇ。普通に撃った」


 ふらふらのパラダイムを観客席に座らせつつ、決闘前に食堂で買っておいたホットドッグをパラダイムに手渡す。


「お、サンキュー。アーカム・アルドレアは気遣いも出来る男ってか」

「へへ、いやいや初戦でこの天下無双のアーカムと当たった白鳥くんが可哀想だからだよ」

「っ、さっさとエルトレットにボコされろ!」


 パラダイムは勢いよくホットドッグにがっつき悔しさに涙を流した。

 その姿に満足して、俺もホットドッグを頬張る。


「むん、美味いな!これなんて言うんだ?」

「ホットドッグ。2週間前に食堂のおばちゃんに助言して作成してもらったんだよ、はむ。むぅ〜うまい」

「はぇホットスワンがホットドッグを食すってか? はむ」


 くだらない事をほざいているパラダイムを無視して俺は決闘を観戦する。


「≪風打ふうだ≫!」

「ふん!」


 レージェの魔法を無詠唱のレジストでガリレオが凌いだ。


「≪風刃ふうじん≫!」


 ーーヒィリンヒィリン


「≪風爆ふうばく≫!」


 ーーばばおっ


 今度はガリレオの≪風刃ふうじん≫がレージェにレジストされる。


「もちゅもちゅ、なぁアーカムどっちが勝つと思う?」

「どう見てもガリレオだろうな。レージェじゃあいつは厳しいだろ」

「だよな〜、もちゅもちゅ」


 パラダイムは俺の返答に興味をなくしたのか、再びホットドックに夢中になった。


 決闘者たちの勝敗予想は毎回当たり前のように行われる。

 決闘の勝ち予想にお金を賭けてる奴らも少なくない。

 今の会話でも、きっと俺とパラダイムの予想が食い違ったら、その時点でパラダイムは銅貨を1枚賭けてきた事だろう。

 この勝負は明らかにガリレオの方が強いので賭けるに値する試合ではなかったまでのこと。


「勝者、ガリレオ・グレゴリック!」

「ほらな?」

「俺も見えてたよ、この結果」


 ホットドッグを食べ終えて、遠目に設置されているトーナメント表へ視線を向ける。


「にしても、あれはおかしいよなぁ」

「なにが?」


 指を舐めながら爆発頭がとぼけた面でこちらを見てくる。


「ほら、あれトーナメント表だよ。なんで俺だけ勝ち抜きバトルみたいになってんだよ」

「あーあれな。はは、俺さ、あれ見た時マジで笑い死ぬかと思ったぜ」


 嫌らしい笑みで腹を抱えるパラダイム。


「他の奴らが決勝まで3〜4戦なのに、アーカムだけ10戦勝ち抜きバトルだもんな。いやぁ、先生方はお前のことよく見てるよ」


 この月間決闘大会はトーナメント制ではある。

 だが、先生たちの判断でそれぞれの生徒の試合数には大きな差が生じている。


 全部で2戦しか試合のない者もいれば、5戦させられてる生徒もいる。

 そして中には俺みたいに極端な10戦勝ち抜きバトルをやらされる生徒も出てくる。

 逆に1戦しかやらなくてシードみたいな立ち位置の奴もいる。

 本当にバラバラだ。


「まぁ、それだけ実力が見込まれてるってことだろ?」

「別にBブロックにはサティもカティヤさんもいないから別にいいけどさ」

「え、あの2人いないのか?」

「いねぇよ。両方ともAブロックいった」

「うっわ! アーカム、さてはお前逃げやがったな!?」


「違う、断じて逃げたんじゃない。気づいたら2人とも向こうだったんだよ」

「こいつぅ〜ついにやりやがったなぁ。エルトレットとドートリヒトがAブロック入ったの確認してからBブロック来たんだろ?」

「だから! ちげぇ!」


 パラダイムがやけにしつこく疑ってくる。

 今回のブロック分けは本当に偶然なのに。


 というか、そもそも自分たちでどちらのブロックに入ったかを言わない限り、目標の人物を避けてブロック選ぶ事なんて出来ない。


 ブロックの選択は選挙みたいな感じで、生徒がどちらのブロックに投票したかわからないように行われるからだ。

 最終的には人数を調整するために、少しだけ生徒を入れ替えるらしいが。


「なぁ逃げたんだろ? なぁ?」


 ただ、まぁ、本当の本当にランダム制を重視するならブロック分けの時点で先生たちが選べばいい。


 そうじゃないって事は、この月間決闘大会には生徒たちがある程度、ブロックに参加している生徒名を考慮してブロックを選ぶ余地があるという事になる。

 なんらかの方法ーー例えば魔法とかでの隠密調査とかな。


 ともするならば、俺が疑われるのも仕方のない事だ。


 なんせうち学年の子犬生の間じゃ、俺とサティとカティヤさんの誰が優勝するかという話題が持ち上がっていたくらい、俺たちは突出して強いのだ。


「なぁ? 逃げたんだろ? なーー」


 ーーボコッ


「痛ぇ!」


 俺とサティとカティヤさんを3強と考えている、決闘観る専の方たちからすれば、Bブロックで孤立した俺は優勝確定ルートを選んだ臆病者扱いだろう。


 ちょうど今殴ったパラダイムのような奴が、この決闘場にはわらわら、といる。


「はぁ〜まったく嫌になっちゃうよ。人気者は辛いねぇ」

「痛ぇぇ……っ」

「次、アーカム・アルドレア! ギオス!」

「もう2回戦回って来やがったな」


 さっき決闘したばかりだと言うのに、とんでもないペースである。


「痛てて、アーカム、ギオスの奴もさっさと倒して戻ってこいよ」

「おう」


 ローブについたパンくずを払いながら席から立ち上がる。

 またしても友達をワンパンすべくリングへと向かう。


「うっわぁ〜もう! マジでなんなん。なんでアーカムとやらなあかんねん」

「文句ならグリードマンに言うんだな。たぶんアイツが仕組みまくってる」

「グリードマァァン!」


 ーーハグルッ


 ー


 ーーカチッ


 時刻は11時25分。

 長かった月間決闘大会もいよいよ大詰めだ。


 次で勝ち抜きバトル9戦目。

 ここを勝てば、次がBブロック決勝戦。


 トーナメント表をみるにまず間違いなくウェンティ・プロブレムと当たる。


 うん、勝てるな。

 優勝はもらった。


「準決勝! アーカム・アルドレア! ゲンゼディーフ!」


「よっしゃ! ついにゲンゼがボコされる番が来たな! 行ってこい2人とも!」

「アーカムお前、俺より手こずったら、ホンマしばき倒すで。友情接待プレイはなしや」

「親友だからって接待プレイすんなよい!」

「僕たちの仇を討ってくれたまえ、ゲンゼディーフ」

「アーカムをぶち殺せっての!」

「お前なら出来るよな! 行ってこいよなゲンゼ!」


「……行くかゲンゼ」

「うん、お手柔らかにね、アーク」


 パラダイム、ギオス、オキツグ、ポール、シンデロ、レージェ、とこれまでの決闘での敗者たちがこぞってたむろしていた観客席の一角からゲンゼと共に腰をあげる。


「手加減はしないぞ」

「うん、僕も全力で行くよ」


 ゲンゼと別れてお互いにリングの反対側から入陣だ。


「中央へ、はい握手!」

「よろしくね、アーク!」

「あぁよろしくな、ゲンゼ」


 踵を返し、線まで下がる。

 審判は視線で決闘者の準備完了を確認。


「3つ数える! スリー! トゥー! ワン!」


 ≪喪神そうしん


 ーーハグルッ


「ぐほぉ!」


 ゲンゼにはトリガーさえ言わせずに≪喪神そうしん≫をぶち込む。


 先ほど手加減しないっと言ったのは礼儀だ。

 これまでいくらか決闘して来た中で学んだ事なのだが「手加減をする」という行為は相手にかなり失礼らしいからな。


「勝者、アーカム・アルドレア!」

「うぇ〜い!」


 万歳しておちゃらけてみせる。

 勝者にはこれくらいの余裕があってもいいだろう。


「臆病者ー!」

「ザコ狩りして楽しいかぁー!」

「エルトレットにボコされろー!」

「ドートリヒトに殴られろー!」

「アーカムしねぇー!」

「ドートリヒトに殴られて喜ぶマゾヒストぉお!」


 圧倒的な後悔。

 変なことやるんじゃなかった。


 決闘場の観客席に座っている同学年の生徒たちから野次のスコールが心にぶっ刺さってくる。


「おぉ! また一撃だぞ!」

「あの新入生まじで強いな」

「というか今年の1年レベル高すぎないか? 先輩の面目丸つぶれだろ」

「奇跡の世代」


 上の子犬3学年の先輩たちは拍手して賞賛の言葉を投げかけてきてくれている。


 彼らはまだ俺たちの学年の筆頭決闘者が把握できていないんだろう。

 だから、素直に俺のことも褒めてくれるんだ。


「アルドレアはそのまま待て」

「はい」


 審判にリング上で待機するように言われる。

 そのまま決勝戦を行うのか。


 決勝戦なんだから再入陣してもいいと思うのだが。

 思ったより淡白だ。

 大会をやってるってよりは、ただ黙々と作業をしている気分になる。


 といっても、この大会も毎月のように開催されてるんだから、それぞれの会を効率化して作業間が出てしまうのは仕方ないのかもしれないが。


「次はBブロック決勝戦です! 皆様決闘場中央へご注目ください!」


 審判が急に興行みたいなことを始めた。

 決勝戦の告知くらいはしてくれるのか。


「ここまで2回戦以外全てを抜き撃ちだけで仕留めて来た超新星!

 子犬1年柴犬1回生アーカム・アルドレア!vs華麗な風さばきで上級生たちを楽々撃破!

 子犬1年柴犬1回生、高飛車のウェンティ・プロブレム!」

「ちょ、ちょっと! 誰が高飛車ですか!」

「はは、高飛車とか」


 魔法陣に上がって来たと思った瞬間、審判にいいように言われているウェンティは流石だ。


「なにを笑ってるんですか! アーカム!」

「ううん、なんでも『高飛車』のウェンティ」

「なぁー!?」


 素敵な二つ名を長身金髪少女に贈る。


 このウェンティ・プロブレムという少女はこの上なくからかい甲斐がある、天性の素質があるのだ。


 かつては女子寮での事件のせいで避けていた彼女だったが、彼女は俺が考えている以上に鈍感な女子だったので、

 今となっては時折からかってやる対象くらいに接することが出来ている。なかなか肝が座っているだろう。


「わたくし怒りましたのよ。そんな二つ名つけられてたまるもんですか! 広まっちゃったら責任取ってくださいね!」

「はは」

「ぐぬぬ! 爽やかに笑っても許しませんから!」


 ウェンティは顔真っ赤にして地団駄を踏み始める。

 なんて扱いやすいんだろうか。可愛い奴め。


「中央へ、握手!」

「ふん!」

「ふむ」


 踵を返し、魔法陣の中央から外側へ。


「アーク! 負けるんじゃないわよ!」

「ん?」


 声のした方を見るとサティがいた。


 おや、もうAブロックの試合は全て終わったのか。


 流石にサティとカティヤさんがいる分、驚異的な試合消化スピードだったことだろう。

 サティへ軽く手を振っておく。

 ニコニコした顔でサティも手を振ら返してくれた。


 俺は決闘開始の位置に着くまでの短い時間に、もう1人、いや人というより女神の存在を探す。


「いない、かぁ」


 見た感じカティヤさんの姿が見えないことに落胆する。


 まぁ仕方ないさ。

 嫌われてるんだ。


 嫌いな奴の決闘なんて見にこないよな。


「3つ数えます、準備はいいな?」

「いつでも」

「よろしいですわ」


 線の上に立ち、審判の最終確認に頷く。


「スリー!」


 黒赤ローブをひるがえして、腰の杖の持ち手に人差し指だけ掛ける。


「トゥー!」


 緊張が高まるのを意思の力で抑え込み「いつも通り」を心がけて、眼前の高飛車貴族を視線を鋭くみすえる。


「ッ!」


 ウェンティと目があう。

 彼女がピクリと震えた。


「ワンーー」


喪神そうしん


 ーーハグルッ


 腰から手首のひねりを効かせた、最速の抜き撃ち。

 もちろん魔法は≪喪神そうしん≫である。


「っ!」


 ーーぼんっ


 柔らかい空気の爆発が発生した。

 ウェンティに無詠唱≪風爆ふうばく≫で直前レジストを合わせられたのか。


 以前はレジスト間に合ってなかったのにな。

 もう俺の魔法見えちゃってるわけか。

 なるほど、面白い。


「はっ!」


 ーーグオォォォンッ


 ≪魔撃まげき


 ーーほわっ


 すかさず撃ち返してきま風の爆弾をこちらも直前レジストする。


「おぉー! あれ≪魔撃まげき≫じゃねぇか!」

「すげぇ! かっけぇ!」

「ふふ、うちのアークは凄いのよ!」


 ーーハグルッハグルッ


 ーーぼんっぼんっ


 決闘場の上級生たちがざわめき立つ。


「ふっ、はぁ、やぁ!」


 ーーヒィリリンッ


 今度は風の刃か。

 微妙にフォーク気味だな。変化をつけてやがる。


「よっと!」

「なっ!?」


 飛んでくる軌道変化した風の刃を横方向への空中側転で避ける。

 そして、そこからの空中側転射撃だ。


喪神そうしん


 ーーハグルッ


「ッ、≪ふうーーぐへぇッ!」


 高飛車貴族が吹き飛んでリングをコロコロと転がっていく。


「う、うぅ痛ぃ〜」


 ウェンティは魔法陣の端っこで可愛らしくうめき始めた。


 やはり、空中側転と同時に放った≪喪神そうしん≫は奇抜すぎて反応が遅れてしまったらしい。


「勝者アーカム・アルドレア! よってBブロック優勝者は子犬1年柴犬1回生アーカム・アルドレア!」

『おぉー!』


「あの1年やばすぎるな」

「今くるくる回りながら魔法使ってたな」

「俺、あの1年生恐ぇよ」

「そりゃビビるわ」


 リング上から観客席、ひいては決闘場全体を見回すと、いつのまにかとんでもない人数の生徒たちが集まっていた。


 Aブロックがおわってみんな決闘場に流れ込んできたということか。


「よし、それじゃアルドレア、そこの貴族っ子を連れてリングからはけてくれ。犬の部に向けて準備がある」


 審判を務めていた犬生の先輩が声を張り上げずに言ってきた。

 指示に従い、俺はお腹を押さえて呻いているウェンティを小脇に抱えてリングを降りる。


「ぅ、うぅお姫様、だ、っこぅぅ」


 うめきながらも要望を通そうとするデカ女に嘆息する。


「ん」

「ぁ、ぅ、どぅも」


 黙って小脇抱えからお姫様抱っこへ移行。


 観客席へ移動して人を探すと目標の人物はすぐ見つかった。

 とても目立つからだ。


「ほら、ダイヤリーダ、ウェンティ預かってくれ」

「わ、わかってるわよ! このアルドレア!」


 柴犬同級生のダイヤリーダのとなりにウェンティを寝かせる。


 この2人はいっつも一緒にいるので、ダウンしたウェンティを預けるならここが最適だと判断した。


「そんじゃな」

「う、うん、早くどっか、行きなさい、よぉ……」


 語尾がだんだんと弱々しくなりながら、小さくなっていく。

 いつもこれだ。

 金髪碧眼の美少女ダイヤリーダさんは俺にすこぶる厳しい。


 いや、厳しいというか恐がられている、という方が正しいかもしれない。

 ダイヤリーダに恐い思いをさせるような事はした覚えがないのだがな。

 まるで小さい頃のトラウマみたいに扱われるのだ。


 ダイヤリーダとウェンティに背を向けて、先ほどの男連中がたむろしている場所へ向かう。


「ん、そういえばサティとカティヤさんの戦い、どっちが勝ったんだろな」


 なんとなしに呟きながら決闘場を歩く。



 この日を境に、アーカムたちレトレシア創立600年記念の年の子犬一回生たちは「傑物の世代」と呼ばれ学校中で優秀な者が纏まっているとして有名になったのだった。

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