第77話 カティヤさんと授業

 

 学校のチャイムが鳴ればレトレシア学生たちはこぞってオオカミ庭園や食堂へと殺到するのは、どんな学年だろうと変わらない、この学校の慣習だ。


 俺は弁当など持っていないので必然的に食堂勢に加わることとなる。

 今はサティとゲンゼ、マリたちと食堂の一角を占拠してお昼をとっているところだ。


「それでマリは『クリムゾンヴァンパイア』に入るのか」

「そう! オーディションで善戦したから認められたの! どうしても私の力が欲しいんだって!」


 マリの話によると昨日の決闘サークル勧誘会での、「クリムゾンヴァンパイア」のオーディションは俺が気絶した後も続いたらしい。

 オーディションにはマリとサティも参加したらしく、マリは最後には負けはしたものの上級生相手に喰い下がり、サティは先輩を倒してそれぞれ一躍有名人になったそうだ。


 マリは実力で「クリムゾンヴァンパイア」に期待の新人として迎え入れられたと言うわけだ。


「それで、アーカムには勧誘来なかったの?」


 マリが不思議そうに聞いてくる。

 俺はサティへ視線をずらす。


「来たわよ、ローズって先輩が保健室に直接ね」


 マリ疑問にサティは答えた。


「ジェファ・ローズ先輩か。来てたんだな、俺が寝てる間に」

「ヴァンパイアだの、ヴェアボルフだのポルタテイスになんとか愛好会、

 それと深淵の探求者? 追求者? みたいな名前の決闘サークルの人たちがこぞってアーカムに会いにきたわよ」

「え、めっちゃ来てるじゃん! マジで!? おぉ!」


 どうやら俺が寝ている間に、アルドレアドラフト会議が開かれていたらしい。


 名のある決闘サークルたちがこぞって寝ている俺の元へ来て、自分たちの決闘サークルに参加してほしいと頼んできたのか。

 超嬉しいだけど。

 どこでも選んでいいんだろ?

 さてさてどこに入ろうかな。


 やっぱ俺って半吸血鬼だし「クリムゾンヴァンパイア」かな?

 それとも裏を取って「シルバヴェアボルフ」か?


「なぁマリ! 俺もヴァンパイアに入ろうかと思ーー」

「安心しなさい、アーク。私が全部、断っておいたから、アークへ勧誘」

「……は?」

「ほら、サテリィやっぱアークが固まっちゃったよ」


 サティの言っていることがわからない。

 勧誘を全部断った?

 え? サティが?

 全部断ったら、どうなるんだ?

 あれ? あれ? あ!?


「なんでェエ!?」


 意味がわかると同時に混乱が襲いかかってきた。

 難関私立大学からの合格通知を全部親に捨てられた気分だ。近くの大学に行きなさいってか!?

 こんなの酷すぎる!


「ふふん、そりゃ決まってるでしょ」


 サティはニヤりと笑い、一拍おいてから続けた。


「アークには私が設立する決闘サークル『エルトレット魔術師団』に入ってもらわなくちゃいけないからよ」


 サティは薄い胸を張って「えっへん!」と言った具合に腕を組んでいる。


「せ、設立? サティが決闘サークルを?」

「そうよ」

「……なんで?」

「てっぺん取るためよ」

「てっぺん、すか」


 目をキラキラさせたサティは両手を広げる。


「どこの誰が設立したかもわからない有象無象の決闘サークルに入って、

 平凡な魔術師として埋もれるなんてダメよ! アークは私と一緒にレトレシア杯優勝を狙っていくのだから!」

「ぇ、サテリィ、僕は?」

「あ、あとゲンゼもね!」

「うぅその扱いは酷いよサテリィ……ッ」


 あまりの扱いにゲンゼの瞳は涙で潤んでいる。

 少年の肩にそっと手を置く。ドンマイケル。


「なるほどなぁ。うーん、まぁ……サティがやりたいって言うなら別にいいけど……」


 どうせなら親友の作った決闘サークルで頑張ってみてもいいとは思う。

 下克上を狙うみたいで夢があるしな。


 けどさ、勧誘全部断るのはちょっと……ねぇ。

 俺は少しくらい相談して欲しかったよサティ。


「流石アークね! 飲み込みが早いわ! それでは、我が決闘サークル『エルトレット魔術師団』へようこそ!」


 サティは白く華奢な手をずいっと出してくる。

 彼女の細い指を壊さないように慎重に握りながら握手を交わす。指ほっそ。


「よろしくな、サティ」

「う、うん! よろしくね! アーク!」


 サティの顔が赤い。

 水でも飲んだ方がいいんじゃないかな?


「水もらってくるけど、ゲンゼとマリもーー」

「シャー!」

「うわっ! なんだよいきなり、サティ!?」


 握手して逃げられない距離から、焦げ茶ポニーが急に爪を立てて引っ掻いてきた。意味不明だ。


「アーク! マリはもう敵なのよ! これからは距離を考えて接しなきゃダメなんだからね!」

「え、いや敵ってーー」

「ふふ、サテリィったら嫉妬してるのかなー?」


 マリはいたずらな笑みでサティを挑発する。


「べ、別に何に嫉妬するってのよ!」

「だってぇ朝、私がアークに抱っこ、うんん、してもらってるところ見て、すごい顔してたもん」

「しし、してないわよ!」


 ポニーテールさんは顔から火を吹きそうなほど怒り絶頂だ。なんでそんな怒ってるんだよ。


「ほらほらサティ、抑えて抑えて」

「もう、アーク! これからは朝からあんな、あ、あん、あんな、は、破廉恥なことしちゃダメよ!」

「破廉恥って……ただの抱っこだろ」


 真っ赤になって怒りながら睨みつけてくるサティ。


 俺としてはただ子供を抱っこしただけの感覚なのだが、あれを破廉恥と言われるとはな。

 情緒がまだまだ子供であるな、サティは。


 ーーキーンコーンッカーンコーンッ


 レトレシア全体にお昼休み終了のチャイムが響く。


「それじゃ、俺はもういく。じゃな」

「アーク次授業あるの?」


 食器を片付けながらゲンゼが聞いてくる。


「純魔力学の講義がな」

「うわぁ、それって……なんか難しそうだね」

「どうだろ、副校長先生の授業だからなんとなく取ったけど難しいんかな?」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、可哀想なものを見る目を向けてくるゲンゼ少年。

 なんだよ、その顔は。


「へぇ、アークって偉いね。純魔力学って学術者向けの授業だから、すっごく難しくてつまらない事でめちゃくちゃ有名なんだよ」


 マリからやる気の削がれる情報を受け取ってしまった。聞かなきゃよかったよ。

 そんなマイナスな事で有名なるなんて、一体どれだけ難しくてつまらないっていうんだ。


「……まぁ、うん、その、行ってくる」

「頑張ってね。私は応援してる」

「アーク、終わったら部室に来なさいよ」

「じゃあね、また後で」


 友人たちに見送られながら、俺はひとり不人気で有名な授業へと乗り出すことにした。


 ー


「ーー現人類が扱う魔法形態は純粋魔力を属性へ変換したものなのです。つまるところ純粋魔力の扱いは属性に変換した魔力よりも遥かに難易度が高く、

 また純粋魔力をちょくせつ魔術式に組み込んだ場合の『現象』が想像しにくいため、思わぬ効果を発生させてしまい、事故につながる可能性があるのです。

 つまり神秘属性式魔術は、えぇ、去年までの魔力属性式魔術ですね。えぇこの分野の魔法がその他の4大属性式魔術と比較して研究が遅れている理由として、

 魔力をそのままの形で扱える者が少ないという原因が考えられています。ここでいうそのままの形の魔力とは極めて小さな粒子状の魔素、およびそれらから生成された魔力系物質の気体、液体、固体のことを指し示しーー」

「……」

「……」


 レトレシア魔術大学副校長カービィナ・ローレンス先生による純魔力学の講義はなかなか面白い。


 魔力とはそもそもなにか?

 なぜ人は魔力を属性に分けて使っているのか?

 4大属性式魔術がポピュラーで、魔力属性、今年からは神秘属性と呼ばれる属性の魔法がどうして少数派なのか? など理論的に学ぶことが出来る。


 うん、本当に面白い。

 面白いのだが、なぜか人が恐ろしく少ない。

 マリの言っていた純魔力学の不人気っぷりの噂は本当だったらしい。

 新入生でさえこの授業は皆避けている程の知名度だとは思わなかったぜ。俺が田舎者だから知らなかったのかだけなのかな。


「えーではここからは純粋魔力を魔術式に組み込めた成功例を元に話をしていきましょう。教科書のページ21をーー」


 だがしかし、そんな圧倒的不人気を誇る純魔力学の授業を受ける物好きは実は俺だけではない。


 現在、この教室には3人の人間がいる。


 1人目は純魔力学の講義を持っているカービィナ・ローレンス副校長先生。高齢のおばあちゃん先生。


 2人目は隠された都会クルクマからやってきた物好きと世間知らずの能力を待つ半吸血鬼、わたくしアーカム・アルドレア。


 そして最後の1人はーー。


「ねぇさっきから何見てんのよ」

「あ、ごめん」

「……ふん


 ただいま視線を送りすぎて、注意せれてしまいました。

 俺がつい見惚れてしまっている人物。

 それがカティヤ・ローレ・ドートリヒトさんだ。


「だから、さっきからなに見てんのよ!」

「あぁ! ちょ! ごめんって!」

「またですか。ドートリヒトさん、騒がずに。席にお着きなさい」

「うっ、は、はい、すみません」


 振り上げた拳を収め、渋々席に戻るカティヤさん。


 あぁ怒ってる1つの動作をとっても可憐だなぁ。


 艶のある藍色の髪の毛は毛先だけ金銀色に染まっており、両色とも自然な色合いで神秘的な調和をショートヘアの中に生み出している。


 艶めかしい褐色肌は10歳とは思えない色気を放ち、芸術品のように輝く金色の瞳が鋭く美しい。


 常に凛々しく気高い佇まいをしていて、自分の正義を持っている意志の強そうな雰囲気だ。


 それに何かほんのりいい匂いがしてくるし。


 同じ教室で授業を受けているだけでも幸せだというのに、受講生徒が2人しかいないから席は強制的に隣になれる。

 エデンはここにあったんだな。

 僕はたどり着きましたよ、楽園に。


 ローレンス先生の話に耳を傾けて聞きながら、隣の美少女をチラ見していると、なにやら眠たそうにしていることに気がついた。


 おやおや、まったくいけない人だ。

 昨晩は夜更かしをしたに違いない。


「……ぅ……くぅ」


 この教室、俺たちしかいないんだから居眠りなんて秒でバレるだろうに。

 ははーん、つついて起こしてやろう。


 目を瞑って女神のような寝顔をしている褐色少女のほっぺに指を伸ばす。


「カーティーヤーさーんーー」


 指があと数センチで触れる。


「ッ!」


 が、後もう少しというところでカティヤさんは急に目を覚ました。


 あ、クソ!

 指がぷにぷにのほっぺに届きそうなところまで行ったのにーー、


 ーーボギィイッ


 突如響いた不可解な音。

 まるで骨でも砕けかのようなーー。


「っ、うぎぁあ!」


 俺の腕は変な方向へ曲がっていた。


 起き上がったカティヤさんが流れるような動作で俺の腕を掴んだせいだ。

 そう、ただ掴まれただけだ。

 それだけで俺の前腕はへし折られてしまった。


「あ、ごめ……」

「こら、なにを騒いで、って、あ、ちょっと! ドートリヒトさん、何をしているのですか!?」


 黒板に板書を書き込んでいたローレンス先生が、こちらを振り返り驚愕に目を見開いている。


「ドートリヒトさん! あなた、なんてことを!」

「い、や、わざとじゃないんです、あ、あたし、は、ただ、その……」


 ローレンス先生は俺の折れた前腕部分に手を添えカティヤさんへ向かって、厳しい表情をする。


「アルドレア君、今すぐ保健室へ行きますよ」

「いや、大丈夫ですよ。どうって事ない、です、はは」


 折れた前腕部分に血式魔術での自然回復能力を集中させておく。

 骨折程度ならしばらくすれば治る筈だ。


「大丈夫なわけないでしょう! 馬鹿なことを言っていないで早く保健室へ行ってきなさい」

「あぁ、えぇと」


 本当に大丈夫なんだけどな。


 骨折の痛みという意味では、俺はあらゆる箇所を粉砕骨折させた経験のある、言うなれば骨折のプロなのでこれくらい別に我慢出来ないことはない。


 傷に関しても、正直保健室で体を見られる方が半吸血鬼と身元を知られるというリスクを負うため、俺は保健室には行きたくない。


 ローレンス先生の気遣いはありがたいが、このまま自然回復を待つのが最善の手なんだ。

 ん? いや、気遣いというか授業中に骨折者が出たら当たり前の対応か。


「ドートリヒトさん、我々はあなたの家族と違って、貴女を甘やかす気はありませんからね? 一生徒として平等に扱います。ただ、あなたには退学という選択肢がない以上、

 今回の件には厳格な処罰を下す必要がありそうですね。授業が終わったらーー」

「あー! ローレンス先生! 僕のことは本当に大丈夫ですから! 僕、痛みには慣れてるんですよ!」


 俺がちょっかい掛けようとしたせいで、他人が処分を受けるなんて罪悪感しか残らない。

 それに相手はカティヤさんだ。

 ここはカッコつけておきたいじゃないか。


「あなたそれでいいのですか? アルドレア君」


 ローレンス先生は険しい顔で尋ねてきた。

 もちろん俺が普通の人間だったら許すわけもないけど、まぁ言うて吸血鬼だからね。


「はい、僕の家は高級なポーションが揃ってるんでこれくらいの骨折は大丈夫なんです!」

「ふむ、そうですか」


 ローレンス先生は心底俺のことが理解できないと言った顔をしている。わかります、その気持ち。

 俺も俺のことがわからないもん。


「そこまで言うのならわかりました、では授業を続けてもよろしいですね?」

「はい、問題ありませんとも」


 ローレンス先生は最後に確認を取ると、教壇に戻り授業を再開した。


 カティヤさんをこっそり見やる。


 彼女は後悔の念を抱いたような「やっちまった!」の顔をしていた。ひどく落ち込んでいるようだ。

 これは、間違いない。


 今の俺は怪力でわかってしまった。

 カティヤはきっと吸血鬼なんだ。


 それも俺より血が濃い吸血鬼だ。

 そうでなければ油断して鎧圧がなかったとは言え、あんな軽く腕を折られた説明がつかない。


 ともすれば、多分カティヤさんは吸血鬼であることを隠して、レトレシア魔術大学に入学したんだろう。

 それなのに俺のせいで危うく正体がバレるところだった、という事になる。

 俺も半吸血鬼の端くれ。

 他人の人生の邪魔は出来るだけしたくない。


 それにカティヤさんが吸血鬼だって言うなら、俺も彼女が身元を隠すのが必要な時手伝ってあげよう。

 吸血鬼同士、困っ時は助け合いだ。


「ふふ」

「ッ! なに笑ってんのよ! このキモスっ!」


 ーーバゴォッ


「痛ッ!?」


 浅く微笑んだだけなのに、カティヤさんから鉄拳制裁を食らった。


 なんて破壊力だ。信じられない。

 これは「鎧圧」全開で受けなければ殺されてるレベルだ。


 てか、なんで? 今、俺助けてあげたじゃん!

 俺、今骨折したばっかだよ!?

 君、今骨折させたばっかだよね!?


「ちょっとドートリヒトさん! なにをしてーー」

「またやっちゃった! もう! あの、す、すみません! あたしーー」

「ローレンス先生! 僕は大丈夫です、大丈夫、大丈夫ですから!」


 先ほどと同じようなやり取りしながら、再びカティヤさんの暴力案件を静める。


 はぁ、あんな攻撃、俺だから助かってるけど剣気圧が使えない人が受けたら即死する威力だよ。

 カティヤさん、吸血鬼ならもっと気をつけないと。


 やれやれにしても片思いは辛いな。

 これから俺耐えられるんだろうか……。

 精神的な意味でも、物理的な意味でも。

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