第63話 チャチな一目惚れ

 


 アヴォンとの組み手を終えて個人修行を開始して数日が経過した。


 明日はいよいよレトレシア魔術大学の校舎で、教科書や制服ローブ、その他の学用品などが売り出される日だ。


 夢の魔法学生生活が始まるのだ。

 自分でもいまだに信じられない。


 俺が魔法使いの学校に行く日が来るなんて、以前の俺なら想像もしなかっただろう。


 この世界に転生して8年。


 かつては魔法がまったく使えないことに絶望したものだった。


 だが、今の俺なら魔法を使えるんだ。


 主に≪≫と≪喪神そうしん≫と≪魔撃まげき≫がッ!


 うん、あまりにも魔法のレパートリーが少なすぎて泣きそうだ。


 魔法の知識なら魔術大学の1年子犬生たちに負けることはないだろうが、魔法の豊富さという観点で見れば、ビリになる可能性だってある。


「3つだもんな……いや俺の全体除去トラップ、じゃなくて必殺除去魔法の≪激流葬げきりゅうそう≫を含めれば4つか……」


 まぁあの魔法はめったに使う機会なんてないだろうから、カウントするのはちょっとした詐欺かもしれないけど。


 決闘で使える魔法はもっと少なく約2個。


 ただ、実戦で使えるという意味では≪喪神そうしん≫も≪魔撃まげき≫はかなり強力な魔法になってはいる。


喪神そうしん≫の魔法は、実質的に俺の唯一の攻撃ということもあり、サティとの練習でかなり鍛えた。


 元から感覚で撃てて、連射力が高かった≪喪神そうしん≫は今では、そこいらの魔術師ではマネできないレベルの連射性能を備えた高速連射魔法へ進化を遂げている。


 まぁ≪喪神そうしん≫しか使ってないので上達するのは当たり前なのだけどね。


 ー


 翌日。


 朝食屋「ベリベリファスト」で朝食をとった俺がやってきたのは「オズワール・オザワ・オズレ工房」だ。


 店の前に来ると、なにやら店内が騒がしいことに気づく。


 すごい人の量だ。

 店内からも大人数の気配を感じる。


 よく見れば店の前も人が多いな。

 この大通りのいたるところにローブを着たちびっ子が親子と一緒にいる。


 お金持ちっぽい感じの嫌味な親子から、貧しそうだけどおっとり優しそうな親子まで実にさまざまだ。


 みんなレトレシア魔術大学の新入生だろう。


 オズワールの言っていた新入生の杖購入シーズンが始まったのだ。


 今日はレトレシアの入学式約2週間前。


 王都以外から魔術大学へ通うために移動してくる連中はこの時期が一番多いらしい。


 きっと近いうちにサティとゲンゼの顔も見れる事になるだろう。


 ー


 んぅ~……実に失敗した。


 入店して早速俺は後悔していた。


 店内に出来た長い列を見てしまったからだ。


 これ何分待ちなんだろうか?

 ファストパスってどこで売ってるんだ?


 某夢の国に行ったときの記憶がよみがえる。

 こんなことならさっさと杖を取りに来るんだった。


「”時間かかかりそうだね″」


 修練場での修行をはじめてから、時間を忘れて毎日地下にこもっていたツケが回ってきた。


 新技の開発に夢中になって、注文していた杖を受け取りに来るのを忘れてしまっていたのだ。


 よって今日はすでに出来上がっているはずのポルタとシヴァの杖を取りに来たはずだったのだが……。


「”『和室』入れば?”」

「そうしようと思ってたよ」


 まぶたを閉じて意識を深く沈めていく。


 真っ暗な下降トンネルを抜ければ、そこはもう精神世界「和室」だ。


「″ようこそ、マイホームへ! 2人だけの世界へ!″」


 俺たちはいくつかの実験を重ねて精神世界を攻略しつつあった。


 実験の過程で開発したのがこの、起きながら「和室」に入る、という技だ。


 俺が「和室」にいる間もアーカム・アルドレアの体が眠ったりしないことは確認済みだ。


「和室」内に俺の意識がある場合はもちろん戦闘とか激しい動きなんて出来ないが、

 列に並んで、列が進んだらちょっと進む。という簡単な操作なら精神世界ここからでも行える。


「”ふふ! それじゃ遊ぼう!”」

「あぁいいぞ」


 長座の列にならぶ不毛な時間より、銀髪少女と戯れているほうが2000倍楽しいに決まっている。


 小さいからだ、羽毛のように軽い体重、さらさらのきめ細かい銀色の髪の毛。


 よく見れば顔だってかなり可愛い。

 エラのお姉ちゃんみたいだ。

 もうひとりの俺はかなりイイーー待てよ。


「″うん?どうしたの?アーカム?″」


 いかんいかん、まったく俺は何を言っているんだ。

 これじゃまるでロリコンじゃないか。

 やめよう、やめよう。


 俺はロリコンと熟女好きにだけは、絶対ならないって決めてるんだ。

 俺自身を可愛いとか言っちゃうなんてどうかしてるぜ。


「寝る。体動かしといて」

「″ふぇえ!? なんでッ!? イキナリ!?″」


 高い高いしてた銀髪少女を座布団の上におろし、俺は体を横たえた。


「″ねぇーえ、起きてよ!起きて!″」

「やめろ、可愛い、寝る」


 アーカムが肩を揺らして起こそうとしてくるが、俺は断固して起きない意思を示す。


 このまま触れ合っていたら俺はロリコンになってしまいそうで自分が恐いのだ。


 それにこのちびっこアーカムは俺の元の世界での記憶を共有している。


 つまり男の子のいろいろな日々の事情も把握しているに違いないのだ。


「″ねぇ! お兄ちゃん! 起きてー!″」

「やめろ、寝るったら寝る」


 見ろ、このあざとい上目遣いを。

 それに「お兄ちゃん」だと?


 どこでそんなロリコンを殺す言葉を覚えてきた。

 お兄ちゃんは、そんな卑猥な言い回し教えた覚えはありません。

 やはり俺の記憶から学習しているな?


「″お兄ちゃん! お兄ちゃん! いや、お兄様のほうがいい?″」」

「やっぱお前意識してるよなッ!?」

「″ふふ、てへぺろっ!″」


 やはりこの銀髪は現代知識を学習している。

 わかった上で俺を籠絡させようとあざといしぐさをして来ているのだ。


「″兄さん! 兄様! 兄上!″」


 銀髪アーカムは俺のツボを探そうといろいろ試して来ている。


 8歳児のなんの魅力のないフラットな子供の体も駆使しようとしているが、それはやめさせる。


 変なことを覚えて、この先育ってしまったら将来抵抗出来なくなってしまうからだ。


 そうしてスリスリして来たり、懐に入り込んで来たりする銀髪アーカムを無視し続けながら時間を潰した。


「″ぁ、アーカム! オズワール来たよ! 順番来た!″」


 座布団で一緒にお昼寝していた少女が、現実世界の報告をしてくれる。


「やっとか。そんじゃ体に戻る」


 少女をそのままに俺は立ち上がる。


 硬くなった体をほぐして現実世界へ帰還すべく、瞳を閉じよう。


 そして意識を再び沈みこませる様なイメージで、ここから遠く離れた場所へ移動するのだ。


「″じゃ、頑張って、ここから観てるよ!″」

「おう」


 短めに挨拶をし「和室」からオズワールの店内へ意識が転換された。


 意識が戻ってきた。

 まぶたを開ければ、カウンターは目と鼻の先だ。


 列の順番はあと1人会計を終えれば俺の番というところまで迫って来ていた。


「でしたら、やはりこちらランク4でよろしいですね? 詳細表をお作りしますか? 箱はどうしましょう?」

「そのままでいいわ。芯と筒だけ教えて」


 オズワールは手慣れた雰囲気でお客の相手をしている。


 どうやら目の前のお客はランク4の杖を購入するようだ。


 新入生にしてはあまりにも奮発した買い物になる。


 ランク4の杖なんて購入したらいくらになるんだろうか。


 きっと馬鹿みたいに値が張るのは間違いない。


「そーっと」


 一体どんなやつがそんなその杖を購入するのかと、目の前のお客へ目を向ける。


 前を向いていてわからないが、声の感じからして女の子だ。

 肌色は珍しく褐色で、その首筋は健康的な色気を放っている。

 身長はこちらと同じくらい、つまりかなり背が高く青いロープを着ている。


 髪色は特徴的だ。藍色の吸い込まれそうな暗い色に、毛先の方だけは銀色とも金色とも取れる煌めく綺麗な色をしている。


 自然とこんな色になるものだろうか。


 異世界に髪を染める文化があるのかは知らないが、とても調和のとれたグラデーションな色合いの髪だ。


 これはきっと生来の髪色なんだろう、とそう思えるくらいに自然に違和感なく暗い藍色の部分と光を反射する金銀色の髪が融合した短髪である。


 うっかり触りそうになってしまうが、慌てて手を引っ込める。

 いきなり人の髪の毛を、それも女性の髪の鷲掴みするなんてただの変態だ。


 たとえ俺がロリコンだったとしても、変態にまで堕ちる気はないからな。

 それにこの女の子が髪の毛だけのブサイクだったらどうするんだ。


 まったく危ないところだったぜ。

 自分の右手を抑えた左手へ賞賛を送る。


「はい、こちらが詳細でございます!」


 褐色少女は杖の詳細を確認すると、納得のいった様子で懐から金貨袋を取り出した。


「これで100枚ちょうどあるけど、足りる?」


 オズワールは革袋を開けて中身の金貨を数え始めた。


 金額は揃っていたらしく、オズワールは袋から取り出した金貨の半分ほど褐色少女へ返して杖を渡した。


「はい、たしかに受け取りました!」

「ふむ」


 杖をそのまま懐にしまい褐色少女は満足気な雰囲気で振り返る。

 目があった。


「……なに?」

「ぁ、いえ、すみません」


 訝し気な視線だ。

 まさか髪の毛触ろうとした事がバレたのか?


「っ、あんた、もしかして……」

「ふぇ?」


 少女は目を見開いて何か言いかける。


「ふん」


 しかし、結局何も言わずに褐色の少女は鼻を一つ鳴らしてそそくさと店を出て行ってしまった。


 なんとなしに彼女の出て行った後を眺めてしまう。


 なんて、なんて美しーー、


「ははーん? どうしたんだいアーカム? 今の子が気になるのかい?」

「い、いや違います、よ?」


 オズワールの揶揄するような物言いを慌てて否定する。


「はは! そんな焦らなくてもいいのに! あの子可愛かったもんね!」

「しつこいな! ちげぇよ!」


 存外にお節介なオズワールだ。


 たしかにめちゃくちゃ可愛くて、綺麗な顔してて、吸い込まれそうな金色の瞳なんて芸術的ですらあったし、大人びていて凛々しかったけど、この俺がチャチな一目惚れなんてするわけがない。する訳がないだろ。


「はは! 僕はこれでもたくさん恋愛をしてるんだ。何か相談したいことがあっーー」

「仕事しろよ! この列を見ろ!」


 俺が注意するとオズワールは苦笑いをして、自分の額をペチンッとひと叩いた。


「そうだったね、お客はいっぱいだ。杖を取りに来たんだろ? もう出来上がっているよ」


 オズワールは肩をすくめながらカウンター横の棚から箱を取り出した。


「自信作だ」


 開けられた箱の中には一本の杖。


 箱自体が既に高級品にみえる重厚な包装で、これまた高そうな、きめ細かい生地の黒色の布の上にソレは

 収まっていた。


「おぉ」

「はは、凄いだろう?」


 箱の中から杖を取り出す。


 杖は新品にも関わらず、どこか年季の入ったような白色をしており、杖の先端から持ち手の部分までエングレーブがズラリと彫られている。


 全体的に艶は出ないように加工されているのか、テカリは全くない。


 ポルタの骨で杖身を作っているためだろうか。


 持ち手部分には軽くグリップが設けられており、握り込みやすい。


 また杖先とは反対側、杖の尻の部分には唯一艶のある茶色い木材が使われていて、これが素朴な杖にアクセントを与えて高級感が出ている。


 流石はオズワール・オザワ・オズレ。


 最高の逸品を作り上げてくれたのだと確信できる仕上がりだ。


「すごい」

「杖尺は予定通りの35センチ、芯と筒は知っての通り。彫刻は人狼と僕のサインを合わせたものだ。

 いろいろ工夫を凝らしてるから全部説明したいんだけど、今は時間がないからこれくらいで。

 それにその杖に使った素材が素材だ。あんまり人の多いところで話すべき話題ではないしね」


 オズワールは声を潜めて言った。

 世の中どんなことがあるかわからない。

 あまり人々の関心を引くような話をするべきではない、ということだろう。


「へへ、こんな最高のものをありがとうございます!」

「はは、いいんだよ! 僕も楽しかったし!」


 オズワールは快活に手を振って応じる。


「それじゃその杖の名前を命名してくれ。僕の方は、哀れなる呪恐猿、だ。アーカムは何にする?」


 この世界での杖をオーダーメイドで作成した後の習慣として、高位の杖には製作者と注文者がそれぞれ命名するというモノがある。


 例えばエヴァの杖「吸血鬼の花嫁クォータブラッド」などは、吸血鬼の花嫁がオズワールの命名で、クォータブラッドがエヴァの命名だ。


 そして今回は製作者オズワールは哀れなる呪恐猿を命名したわけだ。


「そうですね……シヴァ、いや、ReBorNで」


 俺が転生した事と、シヴァが一度死のような体験から蘇ったことを掛けての再誕ReBorNだ。


「うん、良いセンスだね!」


 オズワールは和やかに笑いながら、何かを複数の書類に書き込んだ。


「よし、それじゃあ命名しようか。アーカム、君の杖の名前は『哀れなる呪恐猿ReBorN』で決まりだ!」


 命名された俺の杖「哀れなる呪恐猿ReBorN」を不敵に笑いながら懐にしまい込む。


「よし、これでオーケーだ! 手続き完了!」


 オズワールは最後に勢いよく何かを書き上げて、書類をカウンター端に放り投げる。


「それじゃ、アーカム! くれぐれも以前僕の言ったことを忘れずにね!」

「はい! もちろんです!」


 オズワールの忠告を思い出し、敬礼をもって返答とする。


「それじゃ、よい学生生活を!」


「はい、ありがとうございました!」


 これから長く付き合っていくであろう新調した新しい杖「哀れなる呪恐猿ReBorN」を外套の上から撫で付け、オズワールの店を後にした。



 アーカムがお金を払わなかった事と杖のランクを聞き忘れた事に気づくのはまた後のことである。

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