第48話 トチクルイ荘

 


 無限に続くかと思われた雪原に突如異物が現れた。

 昨日と変わらず雲ひとつない晴天の日にその建物は空を貫かんばかりにそびえ立っていた。


「あれがローレシア、ですか?」

「いや、ありゃ王都の防衛要塞と南の関所の役割をあわせ持つローレシア軍兵士の駐屯地だな」

「また駐屯地……ですか」


 ローレシアは南側の防衛を固めているらしい。

 これが普通の事なのかそれとも特別なのか……。

 ローレシア魔法王国があるのは大陸の下の方、端もも端の方だ。南側と言えば地図を見た限り海しかなかったと思うが、何をそんなに警戒してるのだろうか。


「はーい、一旦止まってくださいねー」


 関所の兵士に馬車を止めるよう指示される。

 アディは兵士たちと手慣れた感じで挨拶し、荷台に積んである荷物のチェックを手早く済ませていった。


「規則なんでね、ちょっと調べさせてもらいますよ」

「いえいえ、なんの問題もないです」


 兵士は申し訳なさそうに武器の提示を求めてくる。

 この関所では通行する者の所持している武器を、一通りチェックする規則があるらしい。


 荷台に積まれた剣はもちろん、杖に至るまで全員分チェックだ。


 本来ならあの骨の武器もここで提示しなければいけないんだろうが、俺は兵士にタング・ポルタのことは言わなかった。


 だって言ったら意味ないじゃないか。

 隠し武器は隠してこそ意味があるのだ。


「これで全部ですねー。通って良いですよ」


 そうして地味に武器密入しながら俺たちは家族揃って関所を通過した。


 ー


 遠くに見えていた王都がいよいよ目の前まで迫って来た。


 遠目からでは城壁ばっかり気になってしまったが、近づいてみると城壁の手前にもそこそこの広さで町が広がっていることに気づいた。


 アディによれば近年の急速な発展に追いつけず、都市の拡張が城壁内に収まっていないとのこと。


 城壁の向こう側へ視線をやればはるか遠くに大きく立派なお城が見える。


「モノホンだ……まじで城なんだぜ、あれ。なぁシヴァ、あれ、ほら、あれ城なんだぜ?」

「わふわふっ!」


 遠くに見える大きな城に感動して、よくわからないテンションで愛犬に話を振ってしまう。


「アーク! 真ん中から右側に王城は別に城があるだろう? あの小さい方の城がレトレシア魔術大学だ! お前の通うのはあっちだからな!」


 アディは真ん中にそびえる大きな城ではなく、その横にある城の半分くらいの大きさ城を指差す。


 ここから見るとなんどか小さく見えてしまう。


「父さん、右はレトレシアなのはわかりましたけど、もしかして左のあれがもうひとつの方ですか?」


 街道から見て王城の左側にある、レトレシアよりも大きい城へ視線を向ける。


「そうだ! あれがボンボンの貴族や商人の子供達が集まる、醜悪の掃き溜め、ナケイかすトうんこ魔法学校だ!」

「わふわふ!」


 アディの多分に偏見と侮蔑を含んだ説明をされて、あの左側の城がローレシア二大魔法学校の片割れである「ナケイスト魔法学校」の校舎だと知る。


 この大陸では王都ローレシアは世界で唯一、1つの都市に2つの魔法学校がある事でとても有名だ。


 俺はエヴァの母校と言うこともあり、自動的に小さい方の城、レトレシアへの入学が決まった。


 ちょっとは選ばせてくれてもよかったとは思ったのだが、絶対にレトレシアの方が良いとエヴァが押してきたので半ば強制的な決定だったとも言える。


 でも、校舎は大きい方がカッコいいよなぁ。

 そう思うのは俺だけだろうか。


 ー


 王都ローレシア、それは俺たちアルドレア家の住むローレシア魔法王国の首都である。


 都市は伝統ある古来のみやこといった風勢をくずさずに保っており、ふらりと立ち寄った旅人たちは街を歩くだけで、そこに積み上げられた長い時間と人間の英知を感じ取ることが出来るだろう。


 城壁は全部で3層に分かれている。

 一番外側の王都の周りに作られた地区を第4区と呼び、王城や貴族の住宅が集まる王都中央部分にたちならぶ高級住宅街が第1区だ。


 さらにその区画を東西南北に分けることで、みやこ全体は全12区から構成されており、それぞれの区に俗称が付いているらしい。


 今回俺たち家族が向かうのはレトレシア区、文字通りレトレシア魔術大学がある区画だ。


 これからはこのレトレシア区にある学生が多く住むアパートのひとつに泊まることになっている。


 本来なら大学の学生寮があるらしいのだが……なんでも生徒のイタズラのせいで、半年前に全焼してしまっため今は建て替えられている最中だそうだ。


 この世界には消防車とかなさそうだし火の取り扱いには注意が必要だろう。


 風景を楽しんで揺られることしばらく。

 俺たちはアパート「トチクルイ荘」に到着した。


「ほう、ここが……例のトチクルイ荘か」

「名前からして絶対に住んではいけないアパートですね」


 外見は別段とち狂っていない。

 だがまだ油断はできない。

 どんな狂人が大家をしているのかわからないのだから。


「仕方ないでしょ、急な入学だったんだからここしか残ってなかったのよ」


 レトレシア魔術大学まで徒歩15分というなかなかの立地で、少し歩けばカフェや露店に、オシャレなレストラン「アンパンファミリ」もある。


 なのに人が集まらない理由。

 きっと何かあるはずだ。


「……まぁ行くしかない、か」


 とりあえず住む場所がないのので文句は言えまい。


 アディと共に荷台からトランクやらバッグを取り出してトチクルイ荘へ突入する。


 シヴァもちゃっかりバッグを1つ持って後ろを付いて来てくれている。


「ありがとな」

「ばふはふっ」


 玄関を入ってすぐのところにある事務所。

 俺は押しベルらしきものを見つけ上から適当に叩いた。


 ーーチン


 しばらく待つと奥から慌てたような足音が聞こえて来る。


「はい、はい、はーい! こんばんわ! こちらトチクルイ荘の事務所です!」


 奥から出て来たのは中学生くらいの女の子だった。

 この子がこのアパートの大家さんなのだろうか?


「へへ、ほらアーク、お前が住むんだからお前が話をするんだ」

「あぁはい、そうですね」


 アディはニヤニヤした顔で俺の背中を押してくる。


「えぇと……君がこのアパートの大家さんですか?」

「あ、はい、いえ、違います! おばあちゃんは、いえ、大家さんは出掛けてます!」

「なるほど」


 どうやらこの女の子の祖母が大家さんらしい。


「あなた方は新しく入居される、ですか?」

「えぇそうです。アルドレアって言うんですけど......手続きって、今できますか?」

「できますよ! ちょっと待っててください!」


 女の子は慣れた動作で、机からいくつかの書類を取り出して手早く何かを書き込んでいく。

 喋り方も接客慣れしているようだった。


 女の子が段取りをつけてくれた通りに書類を完成させて、部屋やこのアパートの規則を教えてもらう。


 俺の部屋は2階の端っこに位置する、トチクルイ荘で一番日当たりの良い部屋だった。


 ナイスな部屋を引き当てることが出来たぜ。


 ひと通り俺が説明を受けている間にアディとシヴァがせっせと荷物を部屋に運び込んでくれた。

 流石に力仕事は得意なだけあって、1人と1匹に掛かれば荷運びなど一瞬で終わってしまったようだった。


「最後に1つだけ。トチクルイ荘はペット飼ってはいけませんので、その大きなワンちゃんは飼っちゃダメです!」

「あぁ……やっぱりそうですよね」

「くぅーん」

「仕方ないよ、規則だし。それにもしペット飼って良かったとしてもお前はデカ過ぎる」

「わふぅ……」


 シヴァは耳と尻尾を垂らし寂し添えに頭をこすりつけて来た。柴犬歴8年の俺から見ても、これは相当ガッカリしてるのがわかる。


 規則なら仕方がない。

 やはりシヴァには、当初の予定通りアルドレア邸へ帰宅してもらうことになりそうだ。


「と、言うわけで、以上で説明を終わります。何かご質問はありますか?」

「うーん、いえ特にはーー」

「んっんー!」

「……? どうしたんですか、父さん」


 説明を終えようというタイミングでアディからのテクニカル「待った」がかかった。


「いやぁな? これからお世話になるんだから、自己紹介くらいしておいた方がいいんじゃないのかなってな?」

「ほほう」


 なるほどアディ、思いつかなかったぜ。

 このタイミングで自然と距離を詰めておくんだな?

 いやはや、勉強になりますな、父上。


「あぁ! たしかにそうですね! んっんー! ではまずは自分から。僕はアーカム、アーカム・アルドレアです。しばらくの間こちらに住まわせて頂きます。なにか困った事があったらお互いに助け合っていきましょう」


 最後に歯を光らせニコッと笑いかけておく。


「私はこのアパートの大家クレア・トチクルイの孫のマリ・トチクルイです! よろしくお願いします! アルドレアさん!」

「トチ……あぁ、そういう」


 そうか君の名前はマリなんだね、とかクレアおばさんじゃねぇか、とかよりも苗字がトチクルイと言うことに全てを持ってかれてしまった。


 この世界ではトチクルイなんていう、とち狂ったような苗字も存在しているのか。


 ん、てことは別にこのアパートがやばい訳ではなかったのかな?

 ただ完全に建物の命名はミスってるだろう。


「あぁよろしく、トチクルイ、さん」

「はい!」


 トチクルイさんことマリは、可愛らしい笑顔で自己紹介を締めくくってくれた。


 

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