第3話 ファンタジー異世界だと? 興味深い

 


 視界の四方を柵に囲まれた檻の中、俺は仰向けに横になる。


 マシュマロおっぱいとの邂逅かいこうからいくらか時間が経過した。


 これまでの時間、俺は天井とにらめっこしながら、眠気が襲ってくるまでの活動限界をひたすらに思考を費やしてきた。


 そんな日々を続けてどれだけだっただろう。

 全てが始まった日のことを思い出す。


 やれやれ、今になって思い返しても本当に意味わからない時間を過ごしたものだ。本当にやれやれだ。


 ただ、俺はわからないことをわからないままで終わらせる人間ではないのさ。

 俺は少しずつわかるものを増やしていった。


 して、今、長き思考の末に確信できる事が増えてきたので、ここいらで思考を一旦整理しようと思う。



 まずは……その、「なにが起こってるか」だ。


 俺は天井から視線を離して、自身の胴体を見下ろした。


 ふむ、やはり確定だ。

 どうやら、俺は生まれ変わったらしい。

 ちょっと信じられない事だし、あまりにも突拍子も無い話だが……これは間違いない、ような気がする。


 というのも、今俺は赤ちゃんらしいんだよ。

 頭がイカれていると断定するのは待ってくれ。

 俺だって最初は自分の正気を疑った。

 けれど寸胴のような胴体に、ちぎりパンみたいな腕、大根のかよって足のおかげで目が覚めたのさ。


 俺、実は赤ちゃんだったんだ……ってな。


 つまりこれは俺が幻覚でも見てない限りは間違いなく生まれ変わり。それも前世の記憶を保持したままの生まれ変わりということになる。

 何が起こっているかは、さっぱりわからない。


 だが、こういうのは深く考えても仕方ないので、そういうものなのだと割り切るしかない。


 人は生まれ変わるものなんだ。うん。多分。


 再び天井とにらめっこする。


 実は両親についても、少しわかったことがある。

 そう、俺の新しいお父さんとお母さん達のことだ。


 今回の……うん、俺の両親はちょこっと年の差ありの年若い夫婦だった。


 母親と思われる人物は、銀色の髪に薄水色の綺麗な瞳の色をしたロシア連邦とかにいそうなの白人。


 年齢は若い。

 俺と同世代か、ちょっと上。

 まだ20歳になっていないくらいだろうか?


 正直言って、えらく可愛いらしい顔立ちをしてる。

 うちの母親を見るたびに生まれて来てよかった、と細胞たちが騒ぎ出すのがわかるんだ。


 嘘だ、少し盛った、細胞の動きまではわからない。


 だが、そんくらい言っても過言じゃないくらい愛らしいのだ、うち母ちゃんは。


 一方で我が父は普段は落ち着いた雰囲気を放つ俺のこと大好きな男。


 俺を抱き上げるときは気取った表情を崩して、だらしない笑みを向けてくれる。多分、優しい人なんだろう。


 こちらは頑張れば日本人に見えないこともないが……それでもやはり日本じゃあまり見ない顔つきだ。

 髪色に映える薄紅の眼に丸メガネを標準装備するのがこの人の常、そして顔に渋みが混じっていて長髪なので一層大人に見える。

 母親と違って結構年いってそうだ。


 ベビーベッドから見渡す感じ家の中の人間は彼らだけっぽい。


 ぁ、いや、嘘ついてしまった。

 そうそう、そうだ、この家、犬がいたのだった。


 俺が寝返りもうてずに、「なんでこうなった?」「え、気づかないうち俺死んでね?」「ママンの雰囲気から言ったら、ここは異世界!」など、思考の海に身を預けてたら、奴はこっそり近づいてきたのだ。


 ーーチャカ、チャカ、チャカ、チャカ


 犬のツメがフローリングをかすめる独特の音。


 一見すると、赤毛の柴犬しばけん

 日本中どこにでといそうなあの茶白の奴だ。


「わふわふ」


 ただ、俺が赤ちゃんサイズということを差し引いても、ソイツは少々デカかった。


 いいや、少々では効かないくらいデカかった。


 初めて奴と出会った時、近づいて来たソイツーー3メートルはあろうかという巨大なバケモンーーは凶悪な柴犬スマイルを俺に向けていたのだったか。


 当時の記憶ーー4日前ーーはショックでよく覚えていない。


 ただ俺はひとつだけ覚えている。

 俺は本能的の打ち鳴らす危険信号に従って、


「やメェェロォォォォォォ!」


 と、叫んだ……んじゃなくて泣いたことを。

 本当に恐ろしい犬だった。

 赤ちゃんが大型犬を見て泣く理由がわかろうというものだ。


 その後は、両親が生まれたばかりの赤ん坊に怪獣を近づけないように配慮してくれたのか、かのバケモンが近づいてくることはなかった。


 まさかあんな獣を飼いならしているなんて。

 うちの両親は相当な猛獣使いだったらしい。

 まさかとは思うが、ここは治外法権地帯グンマなのだろうか。頼むから勘弁してほしい。

 


 あぁそうだ。

 もう一つあった。

 生まれ変わりに際してもう1つわかったことが。


 もしかしたら、俺、記憶喪失を起こしているかもしれない。


 輪廻転生しておいて記憶喪失というのもおかしな話だとは思うが、記憶喪失は記憶喪失だ。

 これは死んだ記憶もないのに転生をしてしまったことにもよるが、なによりも単純に記憶に対する違和感によるところが大きい。


 俺の思い出せる直前の記憶は高校の卒業式ーー。


 体育館から戻った教室で企画された打ち上げ。

 さりげなく期待して陰の仲間と教室端にいたのに、焼肉屋での打ち上げへの声がかからなかったあの日の記憶。


 内容だけ聞いても今でも震えが止まらない。


 正直、あの時は悲しさで胸がはち切れん思いだった。

 しかし、そんなぼっち……ではなくソロで青春の幕引きをしたからといって、それが鮮明に記憶に残るほどのショックな出来事であったかと聞かれれば、俺はNoと答える自信はある。


 それは間違いなくNoと答えることだろう。


 問題なのは、陰仲間とのデュオ打ち上げ自宅遊戯王大会が盛大に催されたところにはない。


 違和感の正体は自身の年齢。

 高校の卒業式ということは俺の歳は18歳ということになるわけだが……うむ、やはり何か変だ。


 何かがおかしい気がする。


 18歳というと人間が一番輝いていそうな時期。

 だが……その、何というのだろうか。

 俺はそんな若くなかった気がする。

 もっとこう、ナイスミドルな感じだったような。


 疑問は尽きないが現状がファンタスティックすぎるゆえに、このことは些細な違和感として俺の心に沈殿することになった。


 この数週間考える像になる事に徹した事で、生まれ変わったこの国、あるいは地域の言語についても少しだけわかったことがあった。


 まず両親の喋っている言葉。


 俺には全く理解できなかった。


 両親の会話しているのを何度も観察する機会はあった。


 ゆえに断言できる。あれは絶対に日本語ではない。

 英語でもないだろう。中国語とも違う気がする。


 俺の知らない言語ーーと、言っても世界には5000~7000の言語が存在してる言われているくらいだから、日本に引き篭もってた俺が知らない言語の5000や7000くらい、あったって別に不思議でも何でもない。そのため別に驚く事ではない。


 ただ判明した厳然たる事実として、日本語スキルは役に立ちそうにないことだけは理解した。


 というわけでまずは言葉を覚えるところから俺の第二の人生は始まりそうだ。

 それに何が起こっているのかも早急に調査せねばなるまい。


 目標が定まるとやる気が出てくる。

 やる気が出ると人は時間を有意義に使う事ができるようになる。


 はてさて、18年前の俺よ。

 お前はどうやって母国語を習得したのだろうか。


 そんでもって今の俺よ。

 お前はこんなところで何してるんだい。


 ー


 転生から4ヶ月が経過した。


 過ぎゆく日々の中で少しずつ変化が現れ始めた。

 主に俺自身に。

 この頃は、両親が何を話してるのかが、少しずつ聞き取れるようになってきたのだ。


 赤ちゃんってのは、すごい学習能力を持っている。


 意識的に会話を聞いてるだけで言語をしっかりと習得出来るのだ。

 この調子なら、この言語を習得して日本語と合わせての、バイリンガルの肩書きを手に入れる日も近いだろう。


「この頃、うちのアーカム不機嫌そうな顔することが多くなったんじゃないか?」

「そう? 生まれた時からずっとこのかわいい顔だけど?」

「うーん……たまにむすっとしてるような……」


 父親の怪訝な眼差しに嫌な汗が背中を伝う。


 ふむふむ、不満げな顔か。

 自由に動けないとくれば不満も溜まるというものだし、もしかしたら意外と愛想のない顔をしてるのかもしれない。


 ただね、そんな俺でも確実にむすっとしてない時がある。


「ふふ、見てアディ。この子こんな可愛い顔でお乳を吸ってるわよっ」

「まぁ可愛いけどさ……俺にはただのエロガキの表情に見えるよ。昔の俺そっくりの」


 美女のおっぱいを堪能する通称:絶対時間パイ・タイムだ。


 嬉々として母親の豊かな双丘にめいいっぱい抱きつきまくる事が合法的に許される究極の時間。

 そこにこの俺、伊介天成の持つダイソンにも勝る吸引力で乳首を吸い尽くせば、もはやこの一時は天上の至福しふくだ。


 俺に歯嚙みした父親が睨みを効かせてくる。


 なんて恐い顔してるんだ。

 まったく、父親の嫉妬は醜いぜ。


「クッ! 俺以外の男がエヴァの乳首に吸い付くなんて! 吸引力がいつまでも変わらないとでも!?」

「ふふ、もうバカ。幼い息子に何言ってんのよ」


 悪いな親父殿、存分に吸わせてもらうぜ。

 こうしないと生きられないんだから、仕方ないのだし責められる言われは無いね。


 ー


 転生から8ヶ月が経過した。


 近頃は、壁を伝いながら歩けるようになってきた。

 以前なら、体を動かせることをこれほど感激することはなかっただろう。


 大切なものは失って初めて気づくってやつだ。

 今はとても快適なベビーライフを楽しめている。


 はいはいや壁伝い歩きを駆使して家の中をあっちこっち移動し、窓から外の景色を眺めたりした。


 時間をかけた地道な調査によってこの家の構造を大まかに把握することが出来た。結構、頑張った。


 家はかなり大きく2階建で、地下室もあり。

 前世の俺の家の倍くらいありそうだ。

 

 実家が金持ちというパッピーな気持ちになりながらも、俺は外の風景についても調査を怠らなかった。


 2階の書斎らしき部屋の机によじ登ることで家の前の通りを眺める事が出来たので、そこから外の様子を確認してみたのだ。

 といってもこの家があるのは巨大な木々のある、森のような場所らしく、通行人は多くはなかった。

 だが、いろいろなものを見ることはできた。



 馬や、巨大なトカゲの手綱を引いて歩いている者。


 当たり前の様に帯剣し、鎧を着込でいる者。


 いかにも魔術師です、という大きな曲げ木の杖を片手に、分厚いローブに身を包む者。


 明らかに人間じゃねぇやつ。


 遠くに見える中世風の街並みなど……etc。



 これだけの要素が揃えば俺の様な陰のラノベソムリエじゃなくても、ある一つの答えを導き出すことができるのではないだろうか?


 そう! 世は異世界ぁ〜い!

 未知なる味を求めて探求するせかぁ~い!


 っというわけで、どうやらここマジで異世界っぽい。実に興味深い事態だ。


 いや、なんとなくそんな予感はしてたんだ。


 両親の服装もどこか現代とかけ離れた気配を漂わせてはいたということがあったし、なによりも自分の母ちゃんが可愛いなんてことは現世界ではありえない。


  さらに巨大な柴犬、庭で炎を操る母親、ローブを着込んで毎朝出かけていく父親。


 さらにさらに、家の中の明かりはろうそくかオイルランプのような時代を感じさせるものだけだし、父親の書斎的にはネクロなんちゃらみたいな魔術の教科書てき厨二チックなものまで置かれていた。


 流石に全く気づかないという方が無理がある。


 また両親の会話にもたくさんファンタジックな言葉が出て来たりもしていたのも俺の違和感を促した。


「今朝、アイリスから聞いたんだが吸血鬼が近くに出没してるって。『宣教師せんきょうし』がトライマストに来てるらしいんだ」

「なんで『宣教師』が? あいつらには気をつけないと……」


 会話の意味はよくわからないが、単語を拾って覚えていく。


 ほう、吸血鬼とな。

 それになんだ宣教師? 

 ザビエルも転生したのかな?


「アディ、大丈夫なの……?」

「はっは大丈夫だよ。ほら、こっちおいで」

「ふふ、もう」

「大丈夫、ママはなにも心配しなくてもいいんだ。全部うまくいくから、俺のことは俺でなんとかするから」


 耳元の甘いささやき。ゆっくりと伸びる父親の手はするりとママンのスカートの中へ潜り込んでいく。


「あ、ちょっと、すぐ、もうっ! 」

「ぐへへ、うちのママがかわいいのがいけないんだぞ〜。ほら、いけないところナデナデしちゃうぞ〜」

「んぅ……っ!」


 ちっ、この親父は見てられねぇな。

 またいちゃつき始めやがった。

 なにか? 俺の父さんは母さんのケツ触ってないと死ぬ呪いでもかかってんのか。


「さーて、今夜は2人目作っちゃうか!」

「もう本当バカなんだから」


 両親はイチャイチャしながら2階へ消えて行く。


 しんと静まる室内。

 規則的なぎしぎしという音。


「あぁ……アディ、待ってっ!」

「なんだ? もうギブアップ? まだまだこれからーー」


 やかましいな。

 頼むから静かにしてくれ。


「はぁ、やれやれだぜ」


 聞こえてくるは語尾にハートマークがつきそうな喘ぎ声。

 なんとも仲睦なかむつまじい夫婦だ。

 我が両親ながら微笑ましい。



 かくして俺は異世界の新婚家庭で、意図せずセカンドライフを始めることになった。

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