9羽 天使は生きるために前を向く

 眠気があるのに眠れない。

 ふらふらの状態で朝を迎えた私のところへ、カレルドが爽やかな顔でやってきた。なんだか少し腹が立った。

「おはよう。よく眠れたかい?」

「おかげさまで」

 眠れて無いから、不機嫌なんです。半分は貴方のせい。

「なに? 何か俺悪い事した?」

 不機嫌そうな私の声を察して、カレルドが警戒する。

「いえ、なんでもないです」

「そう……かい?」

 ふう、と大きな息を吐くと、カレルドは窓を開けた。一気に冷たい空気が室内に流れ込む。

「さむっ!」

 私は布団に包まった。

「ああ、すまない。今日、俺はあそこに見えるミララ村に視察に行くので不在になる。まあ、ついでに休暇中に必要になる物の買出しもするんだけどな」

 窓の外を指差しながら、私に説明する。そんなことより……。

「寒いから閉めてください」

「はいはい」

 カレルドは私に言われるまま、素直に窓を閉めた。この僅かな間に、室温が大分下った気がする。

「暖炉に火を入れておくよ」

 持って来た火種で、カレルドは暖炉に火をつける。薪の弾ける音と共に、暖かさがやってきた。

「私も付いて行きます」

「馬で行くんだが……」

「じゃあ、後ろに乗せてください」

 一瞬、カレルドは驚いたような顔をしたが、私の目を見てから諦めたように頷いた。


 二人は早々に朝食を済ませると、短時間で仕度を整えた。

 正直に言うと、カレルドに付いて行きたいというよりは、身の回りの物を買わなくてはいけない、という思いが強かった。

 衣服さえもままならない状態で、明日リンフォス村を目指して旅立つなど無謀も良いところだ。幸い、多少の金はある。ミララ村に行ったら、衣服や食料と旅の品を買わなくてはならない。

 手持ちの金が無くなった時にどうするか、生きていく上で自分には何が出来るのか。人々の生活を見て考えなくてはいけない。

 いつまでもこの砦に居られるはずも無いのだから。

 カレルドと共にリンフォス村に行って無事に帰って来られてから決めよう。

 私は拳をぎゅっと握り締めた。


 厩舎から馬を出し、カレルドが馬に股がる。

 馬上から差し出された手を握ると、一気に引き上げられてしまい、私は慌てて足をかけて後ろに座った。

 細身に見える姿からは想像できない程の力に、私は少々驚いた。兵士として訓練を積めばこの程度は当たり前なのだろうか。

「しっかり掴まってて」

 言われて咄嗟に腰に手を回す。

「ん?」

 カレルドが何やらモゾリと動いた。私が密着したのに驚いたようだ。後ろから見ても狼狽えているのが良く分かる。

 そういう反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってくる。意識しないつもりでいたが、自分でも顔が赤くなっているのが分かる。

「も……もう少し緩く掴まってても大丈夫。走らせないから」

 カレルドのうわずったような声に、思わず私が笑い出すと、つられるように彼も笑った。

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