日進月歩

第37話 六人集合

 「リミット・ファンタジー・ゼロ」の開発元であるゲーム会社のフェニレート社を訪問するために私は再び東京に来ていた。公認プレイヤーの六人が全員で集まって、初めて顔合わせをして打ち合わせを行うためだ。


 エリノルを操作する伊礼さんとだけは、事前に顔合わせは済ませている。その他の4人は、まだどんな容姿なのかを知らない。私も相手に、どんな顔をしているのかを知らせていない。お互いに会ってからのお楽しみ、という訳だった。


 ゲーム内で会話を交わす時に聞いている声から姿を想像してみると、ティティアナの見た目は知的なお姉さんっぽそうだし、レッドはキャラクター通りの好青年ぽい、ブルーは気のいいお兄さん。ヴェルは職人さんみたいな、作務衣を着て頭にはタオルを巻いているような格好が似合う人、というようなイメージがあった。


 エリノルの時もイメージしていた姿と結構近かったような気がする。なので、いま私が想像している姿が意外と近いのかもしれない。果たして当たっているかどうか。答え合わせはもうすぐ出来る。とても楽しみだった。


 しばらく前の私だったならネット上で親しくしていても、直接顔を晒して会うのに躊躇っていた。けれど先日の伊礼さんとの交流によって克服できたと思う。今は皆と出会えるのが楽しみだった。


 打ち合わせ場所であるフェニレートの会社は東京にあるので今回も私は静岡県から遠出をしてきた。私の他にはティティアナが関西から、ヴェルは東北からやって来る予定らしい。私達三人は遠方組だった。


 残りの三人のレッドとブルー、そしてエリノル達は東京に住んでいる、ということらしいので打ち合わせの直前に電車に乗って来られる距離なのだという。移動が楽で羨ましいな。




 東京は少し前にも来たことがあったので、電車の乗り換えなんかは慣れたものだ。ティティアナとヴェルの二人は大丈夫だろうか。特にティティアナは大丈夫なのか、ちょっと心配だった。こんな風に他人を心配する余裕もあった。


 フェニレートのビルが有る場所から最寄りの駅に到着して、電車を降りて改札口を出る。ここからは徒歩で向かう。ルートを確認するためにスマートフォンを取り出して地図アプリを起動した。視線が手元に向いている時に声を掛けられた。


「お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」

「はい?」


 思わず返事をしてしまった。視線を上げると見知らぬ男性が目の前に立っていた。


「いや~、ちょっと道に迷ってね。ライブハウスへの行き方、教えてくんない?」

「私も詳しくないんで。他の人に聞いて下さい」


 レザーのジャケットに、シワの付いた真っ赤なシャツ、シルバーのネックレスと、いかにもという格好。喋り方もちょっと馴れ馴れしくて、なんだか嫌な感じがした。つれない素振りを見せてさっさと立ち去ろうとした。


「へー君も迷子なの、俺と一緒じゃん。なんか親近感湧くね」

「……」


 立ち去ろうとすると行く手を阻まれた。持っているスマートフォンの画面も勝手に覗いてくるし、面倒くさい奴に絡まれたと思った。相手をせずに走って逃げたほうが良さそうだ。見た目から相手があまり運動してなさそうなのが分かり、逃げ切るのも簡単そうだと判断。


 足にぐっと力を込めて、走り出そうとした瞬間だった。


「お、ユウジ。うまくカワイコちゃんを捕まえてナイスだねぇ」

「めちゃくちゃカワイイじゃん。もしかして、芸能人とか?」

「おいおい、先に目を付けたのは俺だぜ。まったく」


 後ろから新たに二人の男が現れて前と後ろを塞がれてしまった。男たちは私の身体を上から下へと、ジロジロと遠慮なく見てくる。


「おっと」

「っ!?」


 前後を挟まれたので、横から走って逃げようとした時。最初に声を掛けてきた男が、私の左腕をギュッと掴まえてきた。


「逃げないでよ。これから俺ら遊びに行くんだけど一緒に行かない? 楽しいよ」

「ねぇ、これから学校? 若いよね、学生さんでしょ」

「なんか返事しろよ」


「ぅぅ!?」


 その瞬間、学生時代にあった嫌な思い出がフラッシュバックして身体が硬直する。なにか言葉を発する余裕もなく、私は呻く。男の手を振り払うことができなかった。


「おい、お前ら何やってるんだ」

「っ痛えなぁ! なんだよ、おっさん!」


 別の男性が現れた。私の腕を掴んでいたチャラ男の腕を取って、解放してくれた。私は後ずさりして掴まれていた腕の部分をさする。心臓がバクバクと速くなっているのを感じる。


「この子、嫌がってるじゃないか。強引なナンパは辞めておけよ」


 新たに現れた男性は厄介なナンパ男達から助けてくれる紳士だった。助けてくれたのはスーツ姿の中年男性で、正義感の強そうな精悍な顔立ちをしている男性だった。


「てめぇには関係ないだろ」

「仲良く、お喋りしてただけだぜ」

「部外者は、引っ込んでろよ」


 手を差し伸べてくれた男性の方にナンパ男達の敵意が向く。彼を面倒なことに巻き込んでしまって申し訳なく思う。こうなる前に、さっさと手を振り払って逃げておくべきだった。


「なにやってんだよ、まこと。また面倒事か?」

「いや、ちょっと助けに入っただけだって」


 また新たに別の男性がもうひとり現れた。助けてくれた紳士の男性と笑顔の表情を浮かべて親しげに話をしている。知り合いのようだ。


「チッ! 仲間を呼びやがったか」

「ふん。仲間を連れてきたって、俺達がビビるとでも……」

「お、おい。や、やべぇって!」


 粋がるナンパ男たちだったが、紳士の仲間である男の姿をひと目見た瞬間に言葉を詰まらせた。


「このチャラ男共は、なんだ?」

「ヒッ!?」


 新しく現れた男性は、長身で黒のスーツにスキンヘッド、サングラスを身に着けて厳ついツラをしている。反社会的な組織の一員、というような見た目だった。そんな男性に睨まれたチャラ男の一人が小さく悲鳴を漏らす。


「おい」


 いかつい男が一声掛けただけで、三人組がビクッと身体をビクつかせて怯えていた。


「こ、殺される!」

「やべぇ」

「すみません。二度と、その女には手を出しませんから」


 そう言って、チャラ男三人組は一目散に逃げていった。なんだか、変な誤解をされたみたいだが助かった。


「あ、ありがとうございます。助かりました」


 まだ心拍数が高まったまま、私は助けてくれた二人の男性に頭を下げて心の底からのお礼を言った。本当に助かった。腕を掴まれた瞬間から何も出来ず、助けが入らなかったら危なかったから。


「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

「ここら辺はナンパスポットとして有名だから気を付けたほうがいい。待ち合わせをするのなら、反対側の改札口にするか店の中に入ったほうが良いぞ」


 紳士の男性は最後まで優しく心配してくれる。そして、いかつい見た目をした男性の方は、その見た目とは裏腹に優しくアドバイスをしてくれた。


 少し落ち着いてきた私は助けてくれた男性たちの声を聞いていて、あることに気が付いた。


「あれ? もしかして、この声って……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る