残光漁り

【理解】と接続してから早十数年が経過した。外界活動用義体は頑丈で、多少の不具合程度では交換の許可が下りない。首……頭部と胴体の間にある間接の調子が悪く、左側へ首を曲げようとするとややタイムラグがある。不調を確認し、勝手に直らない、代謝の存在しない身体になったことを噛み締める。筒状の銀色が胴体。無限軌道の脚。これが人間とは恐れ入る。苦笑。身体は動かない。表情は存在しない。デジタルデータの中だけで発生する笑み。

『どうした』

 同僚の内の一人から反応。共に瓦礫になった街からまだ使えそうな機械や、歴史的な資料を集める作業に従事している。彼(多分、彼)はこちらの苦笑に反応して、通話を返してくれた。

『なんでもない』

『ならいいが……少し、話相手になってくれ』

『いいよ。そっちも暇なんだろ』

『ま、そういうことだ』

 十本指のアームを伸ばし、瓦礫を退けて建物の中に入る。浸食があまり進んでいない地域なら、ハードディスクや書籍が残っている可能性もある。大抵は無駄足に終わるが、それでもいい。

『そっちはどうなんだ』

『ずっと雨』

『どこも一緒、か』

 屋内は濡れていない。食料は絶望的だろうが、それ以外は何か遺っているかもしれない。それとも、クルオリン化していない現地人達が既に持ち去った後だろうか。

『今、地球上で雨の降ってない場所なんて無いんじゃないか』

『叡智の炎様様だな』

『全くだ。おかげでこっちはこのざまだ』

 二人で苦笑いしあう。

 そこに、

「動くな」

 建物の陰から、人。人間だ。肉の体を防護服で包んでいる。銃をこちらに向け、威嚇。

『すまん、野暮用だ』

『殺すなよ』

 体を停止させ、首だけをゆっくりと左に向ける。

「動くな。音が聞こえるのは知っている」

「……失礼。その、目と目が合った方がお互いに喋りやすいと思って」

 ふん、と人間は鼻を鳴らす。

「カメラのことを目と呼ぶか」

「我々にとっては大事な目だよ」

「すまんが、ここから出て行ってくれ。何故、とは問うまいな」

 表情は読めない。防護ガラスの向こうで、何を思っているのだろうか。見下しているのか。羨んでいるのか。それとも。

「すまない。我々人類は遺跡発掘の真っ最中でね。劣化が進む前に、できるだけ情報を集めたいんだ」

「我々人類だと? それに遺跡と来たか」

「君も、我々も、共に人類だ。非接続者用のシェルターもある。保護だって仕事だ。一緒に、」

 銃声。貴重な一発壁に向けて。

「ふざけるな。保護だと? 俺達が人間だ。お前達が人間であるものか」

「自認の問題、認識の差があるのは知っている。けれど、生き残るのが最優先じゃないか?」

 再び銃を向けられる。

「お前、お前達は生きているのか?」

「勿論」

 そんなことは解らない。けれど頷く。頷かなければならない。ここで首を横に振れば、自分が何者なのか誰も保証してくれない。

「俺はそうとは認められない。わかってくれ。あんたらに奪われていい理由はどこにもないんだ。少なくともこっちには」

「……」

『野暮用はまだ続いてるのか』

『いや、もう終わった。銃が効かないと解ったら逃げてったよ』

 大嘘。ログを消去。

「自分は、貴方を人間と認めています。だから、ここであったことは我々には話しませんし、知らせません。ここから何かを持っていくこともありません。自分は、貴方を尊重します」

 老人は、黙って銃を下ろしてくれた。

「いけ」

「……さよなら」

 誰からも、返事はなかった。

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