64匹目・解き放たれた記憶
「もうおじさんたち、出発しちゃったんだ。ボクも見送りしたかったな~」
玄関で靴を
「――子音たちにも『綾芽の事を
両親たちの言葉を子音たちに聞かせるけど、なんていうか自分で『宜しく』って言うのも恥ずかしいな。その言葉を聞いた子音たちは目を輝かせ、私に抱き着いてくる。
「えへへ♪勿論だよ綾芽おねーさん♪」
「はい~綾芽おねーちゃん♪」
「まあ綾芽さんが嫌と
「それは大変光栄なことで。っていうかさっきから
皆が靴を履き終えているのに午馳だけがゆっくりとした感じでまだ靴を履いている最中だ。その表情は
「……おーい、午馳さーん」
あまりにも反応が無さ過ぎるので、午馳に近寄り耳元で
「っわっひゃああああぁぁぁぁ!?」
やっと反応を見せた午馳は吹きかけられた耳を抑えながら、ものすごい勢いで後ずさりしていった。
「おおおおおお押忍っ!?いきなりなんですか師匠!?」
「いやなんか話しかけても全然反応が無かったし」
「それでも耳に息を吹きかけるのは反則です!押忍!」
「そっか。んでなんでぼーっとしてたの?」
午馳の抗議を流してさっきの状況の話に戻る。まだ午馳は何か言いたそうだったけど、すぐに諦めて話し始める。
「……二日前に師匠のお父上と警察署の方々と手合わせしたじゃないですか?その時にお父上から『まだ粗削りだが綾芽を師事していればもっと強くなれる』って言われまして」
父さんからそんな事言われてたのか。
ちなみに”手合わせ”の話は最初、私と父さんだけのはずだったんだけども久々に娘と手合わせできると嬉しい気持ちが
そして最後に団体戦として私、午馳、サメナ、剣道部の主将二人対父さん、
先鋒・次鋒の主将二人はいい感じだったけど、まだまだ力の差がある感じで打ち込まれて敗れていた。そして中堅戦、午馳対山嵐さん。山嵐さんに
大将戦、私対父さん。結果から言えば――引き分けだ。互いに打ち込んでいるもののどれも有効打にならず時間切れ。まあこれでも以前の私からすれば大分上出来な方だ。二刀流にしてからは父さんから”有効”すらも取ることが出来なかったし、ブランクを考えても、ね。
「確かに私から見ても午馳はまだまだ強くなれるよ。父さんのお墨付きで――」
「そう!つまりは師匠と私はお父上の公認の仲、そう言う事ですよね!?押忍!」
……ああ、午馳が恍惚の表情を浮かべていたのはそう言う事だったから、なのか。つか父さんはそういう意味で言った訳じゃないと思うけどな。そもそも私が女性好きという事は知らないはずだし、女性同士の好き合いをどう思うか……。
「……いやまあ父さん的には師弟の話をしているんだと思うけどさぁ。つか午馳、準備は出来た?」
「あ、押忍!すみません今出来ました!」
そう言うと午馳は立ち上がり、履いた靴をトントンとさせてから玄関を出る。
「それで綾芽おねーさん。その鍵の場所ってどこなの?」
子音は私の持っている鍵を見ながら聞いてくる。母さんから渡された鍵。私はそれを握りしめ玄関を出る。そして皆に”付いてきて”のジェスチャーをして歩き出した。
「まあここしかないと思うんだけどね、鍵を使うとしたら」
着いた先には我が家の、蔵だ。近づいて倉の扉にかかっている錠前に鍵を差し込んでみる。やっぱりその鍵は錠前の穴にピタリと収まり、回してみればカチリとスムーズに開錠された。続いて蔵の重たい扉を開く。
「……うへぇ、
蔵の中に入っていく私とそれに続く子音たち。皆一様に蔵の中の埃っぽさにしかめっ面を浮かべている。私たちは蔵から出てマスクと軍手を装着し、改めて蔵へ突入。
「とゆー訳で皆に手伝ってもらいたいのは、遠西家に関わる本とかを見つけて欲しい」
母さんが蔵の鍵を渡してきたという事は、ここに何かしらの情報が有るという事なんだろう。ただ私一人だとこの大きな蔵の中を
それなので子音、
「でもそれではこの蔵にあるもの全てが遠西家に関わるものになりません?もう少し具体的に仰っていただかないと」
「そうだね、そこでこの文字が書かれているものを目印に探してもらいたい」
私が皆に差し出したのは、以前母さんが置いて行った書物に表記されていた”遠西家”の部分――を書き写した紙。それを皆に配る。
「大体それと同じ様な文字が書かれているのが有れば
そう言うと皆『はーい』といってそれぞれ辺りを漁り始める。私もそれを見てから近くを漁り始めた。
「――あれ?これって……」
程なくして私はあるものを棚から取り出した。
「どうしたの綾芽……それってクッキーの缶?」
私が取りだしたものをしげしげと眺める寅乃。確かにクッキーの缶なんだけど
「うわぁ懐かしい。こんな所にしまってあったんだー、どおりで見つからないはずだよ」
「へぇ、綾芽の宝物入れねぇ。何が入っているの?」
興味津々といった様子で聞いてくる寅乃に中の物を答えようとするも、
「……あれ?何が入っているんだっけ?」
答えられず首を傾げる。宝物入れなんだから大切なものを入れたはずなんだけど、その大切なものが思い出せない。そもそもなんでこの蔵にあるんだろうか?私自身、蔵に入れた覚えも立ち入った覚えも無いし。
「それじゃあ開けて中を確認してみればいいんじゃないの」
「……そうだね」
頭の中に渦巻いていた考えを吹き飛ばす寅乃の一言で”宝物入れ”の蓋を開けてみる。寅乃と共に覗き込んでみるとビー玉やら折り紙やらが幾つか転がっていた。
「……まあ子供らしいっちゃあ子供らしい中身ね。それじゃあ作業に戻るわ」
「あ、うん、お願い……?底の方にまだ何かある」
中身を確認して満足して作業に戻る寅乃を見届けてから缶の底にある――冊子を取り出した。
「なんだろうこれ?私が小さい時に何か描いた……え?」
冊子の表紙を見て私は目を見開き驚き固まった。少しして我に返り、何度も冊子の裏表を交互に見やる。見事に混乱している私。だけど――いつまでもこうしている訳にはいかない。
「――確かめないと。寅乃、ちょっと後は任せた」
「え?あ、うん、分かった」
寅乃の言葉を聞くや否や私はある人物の所に向かった。
コンコン。
「は~い」
その声の後、扉が開く。出てきたのは、巳咲。
「あらあら綾芽ちゃん、もう蔵漁りは終わったの?」
「……巳咲、これ」
ヘラヘラと軽口を叩く巳咲に私は先程の冊子を差し出した。
「何々~綾芽ちゃんからのラブレターと……か……」
巳咲も先程の私の様にその冊子を見て驚き固まる。
それもそのはず。その冊子にはこう書かれている――”へびのおひめさまのたびものがたり”。
そしてもう一つ、名前が書かれていた。”おろちだに みさき”と。
「……そっか、
ぽつりとそう呟くと差し出された冊子を受け取る巳咲。
「なんで、巳咲の描いている絵本と同じタイトルの物が私の――宝物入れにあったの?私、巳咲とどこかで会った事あるの!?」
「……本当に覚えていないんだね。ま、しょうがないか。綾芽ちゃん……いや、あーちゃんにとって急に居なくなったようなものだしねぇ」
はは、と苦笑いを浮かべる巳咲を見て、そして”あーちゃん”と呼ばれて、ある記憶が呼び起こされる。
――泣き叫ぶ幼き頃の私。
――困った表情を浮かべ、私の頭を撫でる少女。
――その少女の面影が、今目の前にいる巳咲と重なる。
不意に私の口からある言葉が
「みさ――おねえちゃん」
途端、私の目から滴が零れていた――
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