31匹目・アタシだけを見てほしいのに

五月もなかば過ぎ。

相も変わらず私は――ごろごろだらだらしている。


いや別に家事を投げてさぼっている訳じゃない。

ある程度家事を終えて今は休憩中だ。

学生組は学校、大人組は仕事だったり買い物だったり。


そんな訳でやる事も無くなったし、今家には誰もいないのでごろごろだらだらしている。


――ただ最近はちょっと事情が違っていた。

『りんりん達は今頃頑張ってるんだろうなぁ。それに引き換え私は……』という考えにおちいっては、気分がブルーになる事が多くなっている。

その上、自分がどうしたいのか答えが出ないから増々ブルーに。


「……まあすぐ答えが出るとは思っていないし、気長に考えようかねえ」


そんな事を独りちながらクッションを抱え、ソファでごろごろくつろ――悩んでいると、


「たっだいま~☆」


ガラガラという音と共に卯流はるなの元気な声が聞こえてくる。

ああ、そういえば今日は半ドンだったっけか。

私は体を起こし、クッションをソファにほうって立ち上がる。


少ししてドタドタ音を立てながら居間に卯流と未夜みや辰歌よしかが入ってくる。


「おかえり皆、これから昼食用意するから荷物置いて手を洗って来なさい」


『はーい』と返事をし、再びドタドタ音を立てて荷物を置きにいく三人。

それを微笑ましく思いながら、私は腕まくりし冷蔵庫から食材を取り出して昼食を作り始めた。



「はぁぁぁ~美味し~☆」


フォークを右手に、左手はほっぺたに添えて恍惚こうこつの表情を浮かべている卯流。

未夜、辰歌も卯流ほどではないが『美味しい』と笑顔を浮かべている。

皆、昼食後のデザートに舌鼓したつづみを打つと同時にぽん!と干支化していた。


「どう?酉海ゆうみに『キャロットケーキ』のレシピ教わったから作ってみたんだけど」


「お手製!?☆すごいすごい遠西ねーちゃん♪☆

 ケーキショップとかで出せるぐらい美味しいよ!☆」


そう言って卯流はケーキを一口大ひとくちだいに切り、口に入れてはまた恍惚の表情を浮かべてる。

ここまで喜んでもらえると作った甲斐があるというもの。

ちなみに2ホール作ってあり、残りは他の九人の為に取っておいてある。


「ところで、綾芽姉様はよいのか?

 その、ケーキは……」


私の前にケーキが無い事を不思議そうに辰歌が首を傾げる。


「んー……皆の為に作ったんだし、私の分はいいよ。

 それに7等分より6等分の方が分けやすいし」


まあ分けれなくはないんだけどさ。

今は……ちょっといいかなって気分だし。


「……それでは綾芽姉様、あーんするのじゃ♪」


そう言うと辰歌はケーキを一口分、フォークに載せ私の眼前に差し出す。


「いいの?辰歌」


「いいのじゃ!たまにはこういうのもいいじゃろ?」


えへ、と可愛らしい笑顔浮かべる辰歌。

そんな顔見せられて断れる訳ないし。

私は素直に差し出されたケーキをぱくり。


「美味しい――ありがと辰歌」


私は微笑みながら辰歌の頭を撫でる。

辰歌はくすぐったそうに体を震わすけど、すぐに目を細め気持ちよさそうに撫でられている。


「……綾芽姉ぇ、あーん」


突然、未夜がケーキ一口分を私の目の前に差し出してきた。


「えーと……未夜?私に、くれるの?」


静かに頷く未夜。

……なんか辰歌に触発されていないかな?これ。

まあ何はともあれ、未夜がわざわざ差し出してきたものを食べない訳にはいかないよね。

先程と同じく目の前に差し出されたケーキをぱくり。


「ありがと未夜……で、なんで頭を出してくるの?」


「……なでなで」


私が辰歌のように撫でてくれないのを不満に思ったのか、その一言と上目遣いで少々頬を膨らませ頭を私に出してくる未夜。


成程、ケーキを差し出してきたのはこれが目的だったみたい。

撫でてほしいと言ってくれれば撫でてあげるんだけど、やっぱ普通に言うのは恥ずかしいのかな?

そんなちょっと不器用な未夜を微笑ましく思いながら、私は未夜の頭を優しく撫で始める。


「これでいい?」


「………………うん」


少々俯きながら頷く未夜。

目を伏せているけど、気持ちいいのかかすかに微笑んでいるように見える。

ただ、気のせいかもしれないけど顔が赤いような……?

そして卯流もそんな二人を見て触発されたのか、


「よーしアタシもケーキを――って全部食べちゃってるし!☆」


たはーっ!と軽くおでこを叩きながら卯流はセルフツッコミをしている。

……芸人かな?


「……ならば静かにしておれ。今大事な時間なのでな」


「……………卯流、うるさい」


私に撫でられている二人が横目で卯流をにらむ。

それに対して卯流は、


「むきー!二人して邪魔者扱いしてー!

 つか未夜っち、アタシの事呼び捨て!?

 全く親の顔が見た――」


―――――♪


卯流の言葉を遮る様、唐突に音楽が流れる。

それは卯流のポケットから鳴り響いてくる。

どうやら卯流のスマホの着信音で、それに気付き素早くスマホを取り出し電話に出る卯流。


「もしもしパパ♪☆」


電話の相手は卯流のパパさんのようで、さっきまでプンスカしていたのにあっという間にルンルンになっていた。

その変わり身の早さに辰歌、未夜と共にちょっと吹き出してしまう。


「――うんそうだよ♪☆今度の木曜日だよ、授ぎょ――え?」


電話を受けていた卯流が突然絶句する。

……何か、あったのかな?


「…………うん、うん、そうだよね。パパもママも忙しいもんね。

 ううん、大丈夫だよ。うん、みんなも仲良くしてくれてるし。

 分かった、それじゃ――」


最後の一言で通話が終了。

卯流は俯きスマホの画面を静かに眺めている。


「……親御さんになんかあったの?」


卯流の様子がおかしいし、心配になり声を掛ける。


「ううん、パパとママはすっごく、元気だよ。ホント……ただちょっと、仕事が忙しいくらいで。

 ――遠西ねーちゃん、アタシ今日晩御飯いらないから」


言うや否や卯流は部屋から飛び出し離れへ走り去っていった。

――なんか、卯流の目に涙が浮かんでいたように見えたけど。


「ねぇ辰歌、未夜、次の木曜日って何かあるの?」


いつもと違う様子の卯流に驚いていたのか二人とも呆然としていたけど、私の声に我に返る。


「あ――う、うむ。その日に全学年で授業参観があるのじゃ。

 言うておらんかったかのぅ?」


そういえば今月初めにそう言う事を聞いた気がするけど、


「……多分風邪ひいてたから」


ははっ、と乾いた笑い声を出す。


「でも、そうすると……卯流が落ち込んでいたのは、親御さんが来れなくてショックって事かな」


でも親御さんが来ないだけであそこまで落ち込むのかな?

……そう言えば卯流の両親は今海外に行っているんだっけか。

きっと、両親が恋しくなっているんだろう。


「……ところで二人の授業参観は誰が行くの?」


わしの所はおばあ様、と言いたい所じゃがまだ遠出ができないようでな。

 それなので丑瑚ひろこ姉様が見に来てくれることになったのじゃ」


「未夜の所、とうが見に来る」


辰歌の所には丑瑚か……多津海たつみさん、まだ本調子じゃないのか。

この前の連休中に多津海さんは病巣の摘出手術を受けた。

まあ術後の経過は順調で今は病院を退院し、家で静養しているそうだ。


つか未夜は親父さんの事、『とう』って呼んでるのか。……うん、個性的だね。


「それじゃ私は来れない卯流の親御さんの代わりに見に行ってみるかな」


卯流が普段どんな学校生活をしているのか興味があるし。

ただ疑問が浮かぶ。


「……私が行ってもいいのかな?」


「…………分かんない」





夕食後、私は居間へおもむ亥菜りなの姿を探した。

亥菜は丑瑚と共に夕食の後片付けをしている所だったみたい。


「亥菜、ちょっといい?」


「ええ綾芽さん、どうかなさいましたか?

 ――そういえば卯流ちゃんはどうでしたか?」


「まあその卯流の事で聞きたいんだけどさ、亥菜ってここには酉海と卯流、一緒に来てたよね?

 二人とは元々顔見知りだったの?」


思い出されるカラフルなマスクを着けた亥菜と共に歩いてくる酉海と卯流。


「顔見知りと言えば、そうですわね。

 酉海ちゃんのお父上が私の父が経営している会社の社員でして、それと卯流ちゃんのお父上とは我が家の住まいの件でお世話になりまして。

 そのご縁で時々顔を合わせてお茶とかしてましたのですわ」


「へぇ……それじゃあ――」


私は亥菜の耳元である事を聞いてみる。


「――ええ、私の父に頼めば何とかできますけど……一体どうしたのですか?」


亥菜の質問で先程の、卯流の部屋の出来事が思い出される。

だけどそれはあとで『あの人達』に言わなければならない事だ。


「ちょっとね、卯流の事で言いたい事があってね」


私の右手はいつの間にか拳を握っていた――今の私の心情を表すかのように。


「それじゃ亥菜、お願い。

 ――卯流の親御さんと電話させて」

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