26匹目・空は青かった。

「――あー、いい天気」


玄関を出て澄み切った青空を仰ぎ見、独りちる。

……行きたくないなぁ。

そう思い後ろへ回れ右――


「綾芽おねーさん、いってらっしゃーい」


背後から私に掛けられる声。

はぁ、と溜息を吐き、顔だけ後ろに向け手を振る。

後ろに居たのは――子音しおんたち居候いそうろうの面々。


わざわざ私を見送る為に集まっている――余計戻りにくいし。

まあしょうがない。

深く息を吸って吐き出して意を決し、目的地に向かって歩き出す。


――友人との待ち合わせの場所へ。




「――あー、いい天気」


ベッドの上に寝転がり、窓の外の晴れた青空を仰ぎ見て独り言ちる。

ついさっきまで意識が飛んでいたけど……何があったんだっけ?


「よ、良かったぁ……気が付いて……」


視線を声の方へ向けると、そこには涙目の酉海ゆうみが居た。

……ああそっか、確か酉海の頭突きが私の顎にクリーンヒットして――意識が遠退とおのいたんだっけ。

そう思い出すとあごに鈍い痛みが――。


「……ナイス頭突き、酉海」


苦笑しながら酉海にサムズアップする。

酉海は顔を真っ赤にしてうぅと唸りながら俯いてしまった。


「もう……遠西さんの意地悪……」


上目遣いで私を見ながら、ベッドの脇に酉海は腰を下ろす。


「でも本当にごめんなさい。

 遠西さん……に、迷惑かけて……」


しょんぼりしている酉海を見て私は、


「私なら大丈夫だよ。

 迷惑かけられたって思ってないしさ。

 だから暗い顔しちゃ駄目――ほら笑顔笑顔♪」


そう言いながら優しく酉海の頭を撫でる。

干支化はしていないものの気持ちよさそうに目を細めうっとりしている酉海。

――そのせいか酉海はついつい、


「……ありがとう、おねーちゃん」


と言葉を漏らす。

思わぬ酉海の言葉に一瞬固まる私。

自分の口から零れ出た単語に驚き固まる酉海。


次第に酉海は顔を真っ赤にし、プルプル体を震わせ――


「い、今の無し!!

 聞きゃ、聞かなかった事にして、おね、いやとおね、あ、あーもう!!」


もう噛み噛みである。


「はいはい、落ち着いて」


兎に角落ち着く様、再び酉海の頭を優しく撫でる。

興奮状態の酉海はゆっくりと鎮まり、落ち着きを取り戻していった。


「うぅ~、油断したぁ……」


両手で顔を覆い隠す酉海。

きっと真っ赤になっている顔を隠しているんだろうけど、耳も真っ赤だしバレバレである。


「私もびっくりしたし。

 なんでまた私の事、『おねーちゃん』って」


「……子音ちゃん先輩がよく『おねーさん』って言ってるじゃないですか?

 私も……と、遠西さんに会ったら……そう呼びたいなぁって……」


顔を隠していた手を少し下げて、瞳を覗かせこちらを見やる酉海。

……今まで嫌われていると思っていた娘だったけど、ここまでデレている上にこんなに可愛い仕草をしてくるなんて。

もうおねーちゃんキュンキュンしちゃうわぁ。


「――こんな頼りないおねーちゃんだけど、これからもよろしくね酉海」


たぎよこしまな考えをおさえ、平静を装う私。

対して酉海は目を大きく開き、瞳を輝かせて――


「うん!よろしく、おねー――」


「綾芽おねーさーん!ゆーちゃーん!」


酉海の声をさえぎる――子音の声。

少ししてトテトテと廊下を走る音が聞こえてきて、扉からひょこっと子音が顔を覗かせる。


「――二人ともここに居たんだー。

 って当たり前だよね、綾芽おねーさん病人だし。

 ……ゆーちゃん、どうしたの?」


子音の視線の先にはベッドに横たわる私と、何とも言えない表情を浮かべる酉海が居る。


「……いえ、何でもないですぅ……」


まあ文句の一つでも言いたいのだろうけれど、相手は子音。

言いにくいんだろうなぁ、きっと。


「ところで子音、試合はどうしたの?」


私の問いに子音は笑顔でVサインを突き出す。


「接戦だったけど最後は私のスリーポイントで決まったよ!」


「おお!すごいじゃん子音!」


「流石ですぅ子音ちゃん先輩♪」


子音の勝利報告に私と酉海は喜ぶ。

つか酉海はまた間延び口調に戻ってるし。


「これもゆーちゃんのお陰だよ!ありがとゆーちゃん♪」


そう言うと酉海の手をがしっと握り、ぶんぶんと振り感謝を表す子音。


「え?で、でも私はぁ何も――」


「だってゆーちゃんが綾芽おねーさんの看病してくれてたから、ボク、試合に集中できたんだよ?

 だからありがとゆーちゃん♪」


手をブンブンするだけじゃ伝えきれないと思ったのか、子音は酉海に抱き着き感謝のハグをする。

最初呆気に取られていた酉海だけど、すぐに『しょうがないなぁ』といった感じで抱き返す。

……これはこれで眼福だわぁ。


「――だって私、子音ちゃん先輩と綾芽おねーちゃん……大好きだから」


「ふぇ?……ゆーちゃん、今なんて?」


酉海の突然の告白にハグを止め、目をパチクリさせる子音。


「えっと、子音ちゃん先輩と、綾芽、おねーちゃんが、大好き、って」


「へぇ……ゆーちゃんが……」


子音は心底驚いた、といった表情を浮かべるが――


「てことはゆーちゃんもライバルだね!?

 でもでも綾芽おねーさんが誰を選んでも恨みっこなしだからね!でもでもでもゆーちゃんの事も大好きだから!」


すぐさま目をキラキラ輝かせた満面の笑みを浮かべる子音。

その様を見た私と酉海は、お互いに見やり――笑った。


「えー何々ー?なんで笑ってるの?」


「ふふふ、子音ちゃん先輩には秘密です♪

 私と、綾芽おねーちゃんと二人だけの、ね」


『教えてよー』と聞いてくる子音に『だーめ♪』と返す酉海。

私はその声を聞きながら眠りに落ちようとしていた。

結構眠気を我慢してたんだよね。


まあ後の事は二人に任せて――


『――――――♪』


眠りたかったんだけどなぁ。

私のスマホから軽快な音楽が流れてきて、私を眠りの淵から引きずり戻しやがった。


「……全く、誰だよ。

 人が折角いい夢が見れそうな状態だったのに」


ぶつぶつ文句を言いながら、画面を見る。


表示されているのは――『麒麟寺きりんじ』という名。


「……ヨシ、ミナカッタコトニシヨウソウシヨウ」


私は何事も無かったようにスマホをかたわらに――


「出ないの綾芽おねーさん?」


私が電話に出ない事を不思議そうに見ている子音と酉海。


「あーうん。知らない番号だったからシカトしようかと」


「でもぉ名前、表示されてましたよぉ?」


「……うん、良く見えたね画面」


畜生、逃げ道断たれた。

しょうがない、私は意を決し電話に出る。


ぴっ!


『――あー!やっと出たー!!!』


部屋に響く女性の声。

……耳のそばに置かなくてよかったわ。


「……久しぶり、りんりん。元気してた?」


『久しぶりじゃない!こちとら何っっっっ回もメッセージやらなんやら送ってるんだからちょっとは返せ!ソラもスイカも心配してたんだからね!ちょっと聞いてるっ!?』


早口でまくし立ててくる電話の相手。

いや口を挟める隙が無いんですがそれは。


「……うん、聞いてる聞いてる。

 それで用は私の安否確認だけ?――じゃ、そゆわけで」


『なーに勝手に終わらせようとしてるの!

 ――同窓会するわよ!』


やっぱりそれが来るかぁ。

前にも言ったけど私は人付き合いが苦手だ。

それに……友人以外のクラスメイトなんて顔も覚えていない。


「私はちょっと……」


『あ、同窓会って言っても私とスイカ、ソラとあーやの四人だけでね。

 あーやの場合、他の人の顔覚えて無さそうだし』


ほっとけ。……事実だけども。

それでも――私は行きたくないなぁ。

他の三人は今も夢に向かって頑張っている。

私は――夢も持たずただぐーたら家に引き篭もって干物女してる。


眩しすぎるなぁ。

きっと会ったら比較して自己嫌悪になるのは明らか。

だから――


「やっぱり私――」


「暇だから行きまーす!」


断ろうとした私の横から子音が大声を出す。


『おお!ついにあーやが――って今の声誰?』


「ちょ、子音!何勝手に――」


「会えばいいと思います。綾芽おねーちゃん」


子音の隣の酉海が口を開く。


「何年も会っていない綾芽おねーちゃんの事、ここまで気に掛けてくれているんですし。

 直接会ってお礼ぐらいは言った方がいいです」


酉海の言葉にうんうんと頷く子音。

……そうだよな。

実際私が電話に出なくても、メッセージに返信をしなくても、それでもりんりんたちは今もなお私の事を気に掛けている。


『もしもーし?聞こえてるー?』


「ああ、うん。聞こえてる。

 さっきの声は親戚の子で、今家で預かってるんだ」


『あーそうなんだ』


「――それで、さっきの同窓会の話。

 私も、参加して、いいかな?」


『おお!まじか!もちろんオッケー!やったじぇ!噛んだ!』


電話の向こうがすごく騒がしい。

相当喜んでいるみたいだ。


「それでいつやるの?」


『次の日曜』


次の日曜。

確か今日が金曜日。


「……明後日?」


『そう明後日。それと会場はあーやの家って事で』


次々と衝撃を打ち込んでくれるなぁこの友人。


「ちょちょちょ!いくら何でも急すぎる――」


『あ、そうだあーやの家の場所よくわかんないから駅まで迎えよっろしく~。

 午前中には駅には着くと思うから、んじゃね~』


それを最後に通話が途切れた。

……まじか。

まじでウチなのか。


「あの……綾芽おねーさん?」


「ええと……おねーちゃんファイトー」


子音と酉海は私に声援を送ってくる。

嬉しいは嬉しいが、私はそのまま布団に潜る。


「取り敢えず寝る。

 子音、酉海、他の子たちにさっきの事、伝えておいて。

 掃除とか色々……しない……と」


窓の外の空を見上げながら私は二人に伝える。

少し日が落ち始めていたけど、空はまだ青い。


特に何もしていないのにどっと疲れた。

そのせいか眠気が急に押し寄せてくる。

『了解ー』『わかりましたぁ』と二人の声が聞こえてたのを最後に私の意識は眠りに落ちた。


――今の電話が夢だったらよかったんだけどなぁ。

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