2匹目・さよなら夢のダラダラ生活

頬杖ほおづえを突きながらテレビの画面をじっと見つめる。

画面に映っているのは最近お気に入りのアニメ。


何処にでもいるような少女が主人公で、仲間たちと共に世界を滅ぼそうとする巨悪に立ち向かう物語だ。

その少女は仲間の一人である少女に恋してしまう。


――だけど想いを伝えられずにいた。

伝えたら嫌われてしまうかもしれない、気持ち悪がれるかもしれない。

その考えがいつも脳裏によぎってしまうからだ。


物語は終盤。

仲間が一人、また一人と倒れていく。

残るのは主人公の少女と想い人の少女。

想い人は主人公に残るように告げ、単独で戦いに挑もうとする。

主人公に背を向け歩き出す想い人。


『私――!』


主人公が叫ぶ。

しかし想いを伝えようと必死に口を開くが、言葉が出ない。

何度も、何度も。

その間にも想い人は戦場へと歩み行く。


だが遂にその瞬間はやって来た。


『私もついていく!

 だって!私は、貴女の事が――』


音声が途切れ、主人公の口の動きだけが映る。

直後画面が暗転しエンディングが始まった。


「……いい所で切るねぇ。

 次が……最終回か~」


余韻にひたる様、目を閉じ独りごちる。

もうすぐお気に入りのアニメが終わってしまう。


「1クールなのが悔やまれる……、

 でも伸ばし過ぎるとテンポ悪くなるしなぁ~」


と言いながら抱き枕を抱えソファに寝転がる私。


「綾芽?アニメ見終わったのなら早くお風呂入っちゃいなさい」


「ん~……今そんな気分じゃないかな~」


廊下から母が顔を覗かせながら言ってくるが、私は体勢を変えず答える。


「全く……少しは身だしなみとか考えた方がいいんじゃないかしら?

 いつもジャージだし髪の毛もぼさぼさだし――」


お決まりのお小言だがスルー。

身だしなみに金を使うぐらいならさっきのアニメのグッズやBDブルーレイディスクを買った方がましだ。


そう言えばまだちゃんと私の自己紹介していなかった。


改めて――私は遠西 綾芽、20歳だ。

高校卒業以来ずっと実家で家事手伝いをしている。

引き篭もりではない。

たまには外に出て買い物もしている。


ただし見た目はものすごい事になっているが。


外出する時は高校の時に使用していたジャージ。

冬場はその上に褞袍どてらを羽織って外出する。


小学校の頃からずっと瓶底メガネで生まれてこの方、コンタクトレンズなんか付けた事なんてない。

化粧なんかも全く興味が湧かないし、髪の毛は高校卒業してから伸ばし放題で手入れもしていないからかなりぼさぼさである。


交友関係は……友人が2,3人ぐらい居たはず。

最近メールが来てた気がするけど返事を送った覚えがない。

どうせ同窓会やろうとかだろう。

まあ結局面倒くさいのでパス。


趣味はアニメ鑑賞に読書にゲーム。

アニメは気に入った作品があればどのようなジャンルでも視聴する。

男性向けでも。

読書はマンガも読むし、ラノベから推理小説も。

ゲームは…最新機器が出れば買(ってもら)う程度であまりプレイはしていない。


後は……父から剣道を教わって多少の心得がある事ぐらいか。


「とにかく!お夕飯の準備するからさっさと入ってきなさい!」


母親の一喝で現実に戻される。


「はいは~い」


ここでゴロゴロしていても延々とお小言を言われ続けるだけだろう。

そう思いソファから起き上がり、さっさと風呂場へと足早に向かう。




「……はふぅ」


顎の下あたりまで湯にかり、あまりの心地良さに吐息が漏れる。

腰の辺りまで伸びている髪の毛が海藻のように湯舟に浮き漂う。

本来なら束ねるなりしないと髪の毛を痛めるのだが、全く気にしない。


いつからだろうか?

おしゃれとかに無頓着になったのは。

友人やクラスメイトがコスメとかの話題を上げても『ふーん』としか思わなかった事が思い出される。


まあおしゃれとかしなくても生きていける。

思い出す度にそう脳内で結論付けている。


ふと鏡に視線を向ける。

湯気で曇っているせいなのか、はたまた自分の視力が悪いせいなのか。

ぼやけた自分が映っている。


「前髪……大分伸びてるなぁ……」


うっとおしいからいつかは切ろう切ろうと思っている内に、自分の眼が隠れるぐらいにまで伸びてしまった前髪。

いっそ自分で切ろうかと考えたが結局そのまま。


「……ま、いっか。

 それよりも――ふへへ……」


思考が切り替わり、明日以降の生活に胸躍らせる。

そのせいか変な笑い声が出てしまった。


「当分は親から小言言われずにダラダラできるなんて――素晴らしすぎる…!」


何故なら両親が以前から準備していた世界一周旅行に行くからだ。

私にもお声がかかっていたが、即断った。

見たいアニメもあるし。


「いや本当、断って正解だったわ~。

 来週あのアニメの最終回だし、あれ見ずに海外なんか行けるかっての……」


あのアニメ。

先程まで見ていたヤツだ。


「……ホント、どうなるんだろ」


主人公の告白。

同性相手への想い。


「――同性相手、か」


一言呟いてから勢いよく湯の中に潜る。




「――まあ、仕方ありません。

 はい――わかりました」


風呂から上がり居間に戻ると母が電話していた。

凄く真剣な顔だ。

居間に入ってきた私に気付き、『そこに座って』とジェスチャーする。

何かあったのだろうか?

――まさか、旅行が中止になったとか?

そうなると……ガッカリだ。


「では後は娘に伝えておきますので。

 はい、それでは――」


そう言ってから受話器を置く。

それから私の方へ向き直り、話し始めた。


「綾芽、明日からのダラダラ生活に胸躍らせている所悪いんだけど――」


なんかバレてた。


「大急ぎで『離れ』の掃除をお願いね。

 とりあえず三部屋は絶対に絶対によ?」


『離れ』

昔よく親戚が泊まりに来た時に使用していたが、ここ数年は扉が開かれることは無かった場所。

そこを掃除するという事は――


「誰か泊まりにくるの?」


泊まるにしてもそう長く留まる事は無いだろう。

それであればまだ許容範囲である。


――しかし予想だにしない答えが返ってきた。


「1年ほど親戚筋の子たちを預かることになったのよ。

 12人ほど」


「……はぁっ!?」


1年。

1年もうちで預かるのか、12人も。

いやそれ以前に。


「あの、その人たちの面倒は……その……」


「頑張ってね、綾芽」


私の肩をポンと叩きながらサムズアップするいい笑顔の母。

そう――両親は明日から旅行、世界一周の。


「私の……ダラダラ生活ぅぅ……」




翌日早朝、笑顔で出立する両親を尻目に渡り廊下を歩き離れへと向かう。

今日のお昼過ぎぐらいにまず三人やってくるそうだ。


「12人もかぁ……」


離れの扉に掛かっている鍵を開けながら呟く。

何人かは成人しているそうなのでまだましであるが、それでも家事などで私の時間が減るのは目に見えている。

カチッと鍵が開き、扉を押し開き中へと入る。


唐突だがうちの家はかなりでかい。

母屋と離れ、蔵と剣道場がある。

今現状使っているのは母屋のみ、他は偶に掃除するぐらいであまり立ち入る事はない。

ちなみに母屋は和風で離れも昔は和風であったが、私が生まれるぐらいに二階建ての洋風な建物になったらしい。


「……ちょっと埃っぽい」


最後に掃除したのは数年前だ。

とりあえず持っていたマスクを装着し、離れの窓を片っ端から全開にする。

――少し肌寒い風が流れ込んでくるのが分かる。


「――そういえば、あの子も来るんだっけ」


雑巾がけをしながら、身に受ける肌寒い風で思い出される。

六つ下の男の子。

よくいる冬でも半ズボンで過ごしていた子だ。


父の弟の子供で私とはイトコの関係である。

確か名前は――


「シオン君、だっけ」


私にべったりで何かと私の後を付いてきてたっけか。

くせっ毛の頭を撫でてあげると喜んでいたなぁ。


最後に会ったのは7年前。

その子も今や中学生になっている。

きっと格好良くなって、私とは不釣り合い――


「いやいやいや何考えてんだ私は。

 下手すりゃ犯罪だぞ……いや下手しなくてもか」


頭を振ってよこしまな考えを追い払う。

そもそも私は――


「ごめんくださーい!!」


玄関の方から声が聞こえてくる。

スマホで時間を見るとすでに約束の時間だった。

掃除が終わってない部分は…みんなにやらせるか。

そんな事を考えながら雑巾を窓際にかけ、玄関へ駆け足で向かう。


玄関に辿り着き、引き戸に手をかけるも動きが止まる。

とりあえず深呼吸。

なにせ家族以外の人間に会うのは久方ぶりなのだ。


「――ふぅ」


意を決して玄関の戸を開ける。


「お待たせしました」


玄関の向こうには三人立っていた。


一人はファー付きのGジャンを着た、大人っぽい印象を受ける女性。


一人はロングのモッズコートを着た、クールな印象を受ける女性。


一人は大きめの黒いプルオーバーパーカーを着て、フードをすっぽり被った……女の子?男の子?

顔がよく見えないのでどちらとも取れるが……恐らく年下だと思う。


「えーっと……今日から――」


と言いかけた時、フードを被った子が突然私に向かって走り出す。

突然の事に固まる。

他の二人は止める素振そぶりも無い。


「え、あ、ちょ、た――」


助けを求める言葉も上手く発することが出来ない。

どうする事も出来ず、フードの子は目の前――。


そしてその子は――私に抱き着く。


「お久しぶり!綾芽おねーさん♪」


聞き覚えのある『綾芽おねーさん』と言うフレーズ。

それは昔、イトコにそう呼ばれていた記憶。


「……え?シオン、くん……?

 あれ、でもこの感触は――」


私と密着している部分には、小振りながらも、なにか、柔らかい感触が。


「あー……そっかー。

 小さい頃はボクの服装って、兄ちゃん達のおふるだったからね~。

 でもボク、ちゃんと女の子だよ?」


そう言いながら抱き着いていた手を離し、フードを上げる。

そこには昔見たくせっ毛の髪の毛、しかし長さは肩ぐらいにまで伸びていた。

さらに顔は昔の面影を残しつつ、可愛くなっている。

可愛くなっているのだが――


「あのさ、一つ、聞いていい?」


「うんいいよ、綾芽おねーさん」


子音の頭の一部分を見つめ、質問する。


「その頭の耳、何?」

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