冥土の監獄
縁
第1章
第1節 【大監獄 "タルタロス"】
第1話 脱獄を阻止せよ
空が黄昏に染まる、午後六時過ぎ。
ならば何故、ここが監獄と呼ばれ、我々は囚人としてここにいるのか。警備の甘さにつけ込んで、脱獄はしないのか。それは今、この俺の隣を歩いている男が教えてくれるだろう。
彼はつい最近、我らが住まうこの
仕方ない、ここの看守に「説得だけでもしてほしい」と言われているし、声だけでもかけておこう…。
―――――――
「おい。あんた」
だるい仕事が終わり、逃げる隙を窺っていたところに、声をかけられた。こんな時になんだ。俺は今、忙しいんだ。そっとしておいてくれ。
そう思うだけで口にはしなかったのだが、まるで心を読んだかのように、そいつは続けた。
「どうせ無駄だ。お前はまだ、この監獄のことを何も知らないだろう。痛い思いをしたくなければ、ここで潔く罪を悔いあらためるんだな」
ふん、お前の軟弱な意見など知ったことか。逆に、理解に苦しんで仕方がない。何故、ここに留まっている?お前たちも俺と同じ、欲望に忠実に生きてきた罪人なのだろう。なれば欲に従い、脱獄すれば良いではないか!監獄も監獄だ。「どうぞ、脱獄してください」と言わんばかりの警備の甘さ。きっと
「お前にどう言われようが、俺は出ていく。」
「……そうか。せいぜいもがくことだ。」
名も知らぬ奴との会話は早々に切り上げて、ユハナは自分の
あれが唯一の脱獄を阻止する手段なのではないかと思うくらいには、依然として看守の姿は見えない。全く、あまりにも緩すぎて若干苛立ちを覚えるくらいだ。
窓に埋め込まれている鉄格子を、広げるように静かに折り曲げた。ケモノビトの中でも特に、狼との
「…! なんてやつだ、こんな所で寝ているのか。」
少し油断していたユハナは、看守を見逃していたことに焦りを感じたが、直ぐに調子を戻した。何しろ、その看守は庭園に備え付けられたガーデニングチェアで居眠りをしていたのだ。うつらうつらと揺れる度に艷めく緑の御髪。安心しきった顔で眠る、まぬけな顔。こんなにも善い奴そうな者まで、生前罪を犯しているというのだから、この世の底は面白い。
とにかく、この運の良さに感謝しつつ、庭園の扉を通り過ぎる。結局、あの居眠り男と出会ってからは1人として看守はいなかった。もしや、ここの看守は一人ではあるまいな?もしそうだとしたら、相当に愉快である。外に出たら、あの監獄で細々と生活してる
「なんと容易い脱獄か。本当にここはあのタルタロスなのか?」
ユハナは監獄の門をくぐった。落とし格子は上がったままだ。その上には、「肆の街 メネシャ」と書かれている。肆と言うのだから、壱や弐も存在するのだろう。まぁ、もう関係の無いことだが。ユハナは浮き足で外の土を踏みしめた。
「ふぁあ。」
一つの欠伸が聞こえた。ハッと後ろを振り返ってみるが、誰もいない。なんだ、ただの空耳か。と、気にせず歩き始めようとした。
―その時。
「おーい、そこのオニーサン。誰の許可を得て、一人で監獄の外を歩いているんだ?」
何者かの声が、聞こえた。若々しくて、少し高めの声だった。その声はゆっくりと、近づいてくる…。
「お前、ここのセンパイたちから習わなかったの?この監獄で、脱獄なんて馬鹿げたことは考えるなと。」
―――――――――続く
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