勇者か化物

 その者の、背中を見ていた者達は口々に呟く。




「勇者だ。」




その者の、表情を見ていた者達は口々に呟く。




「化物だ。」




自分の描いた境界線で、こう意見が対照的になるかと不思議に思いながら、正面の者達を見据える。




追撃しようとしていた歩兵の軍勢の足が止まる。いや、そこから一歩も動けないの間違いであった。




「あんな、化物。俺たちが束になっても、敵わない。」




ある者がそう呟くと、兵士たちの顔に恐怖の色が滲み出てくる。私はその色がどうなるか見物してみることにした。




兵士たちは、我先に逃げようとするが、後ろの者達が邪魔で動けないでいた。




ある者は、死を覚悟し、ある者は、仲間を切ってでも抗おうとする。私が一歩も動いていないのに、彼らは面白い反応をする。




そして、ついには同士討ちをし始める。私がそんな愉快な喜劇を見ている最中に、背後にいた軍は、撤退をほぼ完了していた。




 しばらくすると、一人の男が近づいてくる。どうやら、ポスタニアを覗いた際に、部下を怒鳴っていた男であった。




どうやら、この男が軍を指揮していたようだ。




私の圧に、臆することなく近づいてくる。いや、もはやその顔付きは死を覚悟している様相である。そんな彼に私は、一言、




「お前を殺そうしてどうなる。用件を言え。」




そう呟くと、彼は、跪く。




「我が軍への援軍、心より感謝・・・」




そう発する。私はそんな彼に、




「何を申す。援軍とは、微塵も思っておらぬだろう。」




図星を突かれたようで、彼の言葉が詰まる。彼は私の仮面を一目見る。その顔は、意表を突かれたような顔であった。




「その顔は、私がただの一般市民と変わらぬ雰囲気に少々驚いているようだな。実に愉快。用件はそれだけか、ではまた。」




私は、彼の心を読み解き、退場を促す。しかし、男はその善意が読めず、




「つきましては、我が軍に・・・」




と話し始める前に、私は囁く。




「お前の勇敢さを称えて、この無礼は許すが、私がこの喜劇に、飽きる前に去れ。」




と最後通告をする。男はそれに怖気づき、尻尾を巻いて逃げていく。




彼の目に私はどう映ったであろうか。そんなことを考えながら、繰り広げられる喜劇を飽きるまで鑑賞するのであった。




 この戦いによる双方の被害は五分五分であった。しかし、それはランの介入があったからこその結果であった。




そして、彼は、一方の国では、化物として恐れられ、もう一方の国では勇者として持て囃された。




しかし、誰も彼こそがこの戦を起こした張本人であるとは、予想だにしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る