第17話 盗賊討伐
ヤタラ達の里に戻る途中、ユタを先頭に戦闘陣形を展開しながら木の上を跳び移る猿系獣人達の軍勢とすれ違いそうになった。
誘拐されていた獣人の子供の一人が、甲高い鳴き声を発した途端、獣人達は木の上からバラバラと降りてきた。
「アイミ!! 」
ユタの悲鳴のような声が響き、真っ先に木から飛び降りてきたユタが、シンの後ろについて歩いていた獣人の子供を抱き締めた。
どうやら、誘拐されたユタの妹が連れて逃げてきた中にいたらしい。
「シン! 無事か?! そっちの女も」
ヤタラもその後に続き、シンの前に飛び下りてくる。
「大丈夫だよ。盗賊に気づかれないで逃げ出せたから」
「ヤタラ、ユタ、子供達をひとまず里に連れていきなさい。暖かい衣服と飲み物を与えるんだよ。シン、申し訳ないが、私達を盗賊のアジトへ連れていってください」
里長のトトがシンの前に出て来て頭を下げた。
「それはいいですが……」
盗賊達のしたことは許せなかったし、盗賊達を捕まえるのには賛成ではあるが、捕まえた盗賊をどうするのかが問題だった。まさか、食べたり……なんかね?
いつの間にかシンの隣りに立っていたエルザに困ったように視線を向けると、エルザは静かにうなづいた。
「わかりました。この子もお願いしていいですか? 」
サシャが抱いていた子供を指差すと、子供はサシャから引き離されまいと、しっかりとサシャの首にしがみつく。
「人間の子供ですね」
「ええ、この子達と同様に盗賊達に捕まっていたんです」
「おいで。大丈夫、怖くないから」
「いいよ、あたしが連れて行くから。別に、あたしがいなくたって、シンなら盗賊のなんかに負けないだろう? 」
「おめおめ掴まった奴が、大きな口を聞くなよな」
「何よ! そのおかげで、誘拐された子供達が見つかったんじゃない」
ワイワイやりだしたヤタラとサシャは置いておいて、シンはエルザとトトを端に呼んだ。
「あの、盗賊は問題じゃないんですが、気になる人が……」
「何だ? 」
「多分ですけど、盗賊達に魔道具を与えて、誘拐を示唆した人間がいるんです。人間……かどうかわかりませんけど」
「人間じゃない? 獣人か? 」
「いや、獣人ではないと思います。どちらかというとエルザ寄りというか……」
エルザと名乗り、同じ顔形をした女。自然とシンの口調がくぐもる。エルザの眉がわずかに上がり、シンの顔をじっと見つめた。
「そうか、わかった。それは問題ない。多分、今頃は棲みかを移動している筈だ」
「そう……ですか? 」
「おまえと接触したんだろう? 」
「接触?! いや、まあ、そうですね」
口を吸われたことを思い出し、おもわずシンの額に汗が流れる。
「ならば、その女は姿を消した後だよ」
女?
シンは人とは言ったが、性別を言った記憶はなかった。ユタと見かけた時も、フードを深くかぶっていたから性別は不明で、顔を見たシンだけが女性だと知っているのだ。
エルザにはもう一人のエルザの目処がついているのだろうか?
「あの……」
もう一人のエルザのことを尋ねようとした瞬間、エルザはクルリと向きを変えた。
「ただの盗賊だけなら、私の出番はないな。何かあったらこれを割れ」
エルザは後ろ向きに小さな銀色の玉を放り投げた。シンは訪れることなくキャッチする。
「これ何ですか? 」
「それは警報器みたいなもんだ。壊れると、私に知らせが届く。居場所もわかる。魔道具の一種だ」
そんな便利な物が……。
しかし、うまく割れればいいが、普通に土の地面に投げつけて割れるんだろうか? ガラスのようにも見えず、簡単に割れそうには見えない。
しかし、エルザがそう言うのだからと、シンはなくさないように腰紐についた皮袋に銀色の玉をしまった。
エルザは、その一瞬の間に忽然と姿を消していた。
「シン、案内頼みます」
「ああ、はい」
トトら獣人達は木の上を行き、シンはその速さに劣ることなく地面を走った。しばらく走ると盗賊のアジトが見え、ざわついているのが見てとれた。どうやら、サシャや誘拐した獣人の子供達がいなくなっていることに気がついたのだろう。
怒声が聞こえ、腰に剣をさした盗賊達が右往左往している。広間のようなところで、シンが縄にかけた盗賊の二人が抱き合ってしゃがんており、その前に仁王立ちした盗賊の頭が立っていた。
キーキーという声がしたかと思うと、木の上からいっせいに獣人達が飛び降り、盗賊達に襲いかかった。その俊敏性と豪腕はさすがというべきか、かなりヨボヨボに見えるトトでさえ、盗賊達に劣っておらず、次から次へ木のツルで盗賊達を縛り上げていく。
シンも盗賊の頭の前に走り出た。彼だけは他の盗賊達とレベルが違うように見えたのだ。獣人でさえ一対一で勝てるかどうか……人間にしたら珍しい程の豪傑だった。
「おまえか、こいつらを縛り上げて獲物を逃がしたってのは」
「はい。僕です」
「おまえ……人間か? 」
「人間……みたいなものです」
頭は背中に背負っていた大刀を引き抜く。普通の人間の男なら、両手で持ってもよろけてしまいそうなくらい大きく重そうな刀を、頭は片手で軽々と持っていた。
「みたいな……か。クックック、おまえも人間捨てたか」
おまえも?
シンも背中にかついでいた木刀をかまえた。
「それで俺の刀をうけるつもりか! 」
頭は鼻で笑う。
普通の頭の持ち主なら当たり前な反応かもしれない。しかし、この木刀は一番強い木から削りだし、エルザの守りの魔法が付与されている。めったなことでは折れないことエルザのお墨付きだ。
人を傷つけることを良しとしないシンだからこそ、刀ではなく木刀を選んだ。しかし、シンの力で木刀を振れば、斬り捨てることはできなくても、もしかすると撲殺してしまうかもしれず、当てる場所と力加減が大事であった。
「僕の愛剣です。どうです、この黒光りした木の艶、素敵だと思いませんか? 」
シンは、シンより遥かに大きく屈強そうな頭を目の前に、一つも臆するところはなく、気負いなく木刀を構える姿には隙がなかった。
「ほう、木の枝を振り回して人生諦めたかと思ったが、気合いだけは十分のようだな」
頭は、ノーモーションで刀を突いてきた。全く刀の重さを感じさせない。それをシンも流れるような動きでいなす。もちろん、木刀は折れることもなく、シンが突きの激しさに顔を歪めることもなかった。
「ほう……。俺の突きが見えたか。ではこれはかわせるか!? 」
頭は信じられない素早さで、大刀の斬撃を繰り返す。一般の人間なら目にもとまらない速さだが、シンの瞳にはしっかりとその軌跡が見てとれたし、その先の攻撃まで予測できた。
エルザより遅い。
エルザの剣はもっと速く、あの細腕で繰り出されるとは思えないほど鋭く重い。頭の刀筋など見極めるのもいなすのもたいした問題ではなかった。それよりシンが最大の注意をはらったのは、どれくらいの力で打てば殺さずにすむかということだった。場所を選びさえすれば死ぬことはないだろうが、できれば一撃で戦意を喪失させたい。気絶くらいしてくれるてありがたい。
その力加減と場所を模索しつつ、頭の攻撃をいなし続けた。
すでに他の盗賊は獣人達に捕まり、広場に集められ蔦で縛り上げられていた。頭とシンの攻防を輪になって見つめ、ヤジまで飛ばす始末。決して手を出してこないのは、二人の戦いが自分達の手に余るとわかっているから……というより、猿系獣人特有の野次馬根性からかもしれない。
いなし続けることで相手の体力を削ごうかともおもったが、頭の体力は無尽蔵なのか全く息が上がらない。とりあえず、大刀を奪おうと、大刀をいなしつつ手首を打った。
頭は叫び声を上げ、大刀を取り落とし、赤く腫れた手首を手で押さえつつ膝をついた。
全力で打ったつもりはないのだが、どうやら手首が折れてしまったらしい。
「あ……大丈夫ですか? 」
シンはやり過ぎたか……と一歩近づこうとした時、頭は真っ赤に顔を怒らせて大刀を拾うでもなく突進してきた。
「大丈夫そうですね」
猛然と突進してくる頭を、助走もつけずにジャンプしてかわす。頭には、いきなり目の前からシンが消えたように見えたようだ。
シンは頭の後ろをとり、首筋に手刀を入れる。これは細心の注意を持って、首を折らないように軽く打った。
頭はドサリと音をたてて倒れた。
息があるのを確認すると、トトに厳重に頭を縛り上げるように頼む。獣人達は歓喜の雄叫びを上げ、盗賊達は頭まで倒されたのを見て真っ青になり震えた。
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