第12話 【悲報】意識高い系師匠、左翼にビビり逃げてしまう

「雇われ人より経営者のほうが偉い」、「他人に良い影響を与える『正しい』生き方がある」、というタケシの発言は、労働者は尊いと子供の頃から叩き込まれ、また誰にも人の生き方に文句を付けることはできないという信念を持つ済の地雷を踏み抜いた。かなり酒が入っていたこともあり、少し方言が入りつつ一気にまくし立てる。済は福岡の荒れた地域出身だが、逃げたい一心で勉強し、上京して手に入れたのが今の生活だった。


「さっきから聞いてりゃお前、正しい生き方正しい生き方って何様のつもりなんやお前は!それに米盛数夫の本を読んで違和感なかったか?あれは個人の考え方と世界が直結してて、考え方さえ変えれば全部思い通りになるっていう、元々はニューソートっていう宗教思想が日本に渡ってきたのを薄めたものなんやぞ!それにも気づかないとはお前、勉強が足りんのじゃないか?大体、一日もあれば読めるようなビジネス書をパラパラ読んだだけで勉強勉強って俺からしたらちゃんちゃらおかしいわ、もっと骨のある技術書とか哲学書を読まんかい。」

「米盛数夫の本が宗教なのかは分からないけど、俺はこれを読んで正しいと思った。大体、ワタルさんの話は難しくて分からないよ。」


 いつも優しめの標準語で話している済の口調が突然変わったため、タケシは面食らったようだった。


「お前が正しいと思うのは勝手だけどそれじゃ勉強になってないだろ、多角的に見て比較しないとただ毒されてるだけやろうが。間違いなくすぐ洗脳されるタイプだなお前は!それに俺の話が難しい?それなら検索でもして調べんかい!勉強しろ勉強を!お前元々工学部で理系だったよな?それなら今読んでる本には微分積分は出てくるのか?線形代数は?それか経営なら会計の話は?」

「ビジネス書に出てくるわけないだろ!それに会計は勉強したことない。」

「ほら見ろ!経営勉強してるのに会計やってないって、それじゃ企業の状態はどうやって把握するつもりなんやお前は。どうせ会計の勉強は難しいからやりたくない、でも金は稼いでモテたい、こんなところだろうが。大体、起業が偉い偉いと言ってる割にお前本当に好きなこと見つかってるのか?俺は子供の頃からカルト宗教や連続殺人、悪徳商法なんかの話が好きで好きで仕方がないんだよ、だが不運なことにこれで稼げる人はごく一部な上、ネタ自体が反社会的すぎる。そこで収入を得る仕事と好きなものを分けて生き、仕事は仕事でやりがいを見出してるんだぞ。好きなことと大金を得る手段が一致してるのは幸せ者だが、全員に適応はできない。お前はどうなんだ。好きなこと見つかってるんか?」

「それが、実は見つかってないんだ……。」

「何だ結局自分探しなんじゃないか。あれだろ、ちょっと変わった師匠とか集団に着いていったら本当の自分が見つかるかもとか思ってるんだろ。自分は特別だって。それはそれで構わんが、それオウム真理教とかに入っていった人達と全く同じ心理状態だぞ。どうせ行動するならインドにでも行け!ジョブズはLSDやって瞑想やって、インドにグル、つまり師匠を探しに行ったけど見つからなかったからMacを作ったんだよ。それかあれだな、変わった集団に所属したいならあんな俗っぽいコミュニティじゃなくて、俺が学生時代にちょっと関わってた革マル派か中核派にでも入ってみることだな。極左暴力集団て知ってるか?」

※1:中核派:新左翼・極左暴力集団の一つ。60年代に結成され、殺人やテロも辞さない過激な闘争で知られる。現在も活動中。正式名称は「革命的共産主義者同盟全国委員会」。

※2:核マル派:新左翼・極左暴力集団の一つ。元は中核派と同じ組織だったが60年代に分裂、中核派と激しい抗争を繰り広げた。こちらも現在も活動中。正式名称は「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」。

※3:極左暴力集団:共産主義革命を目指す集団のうち、特に過激な行動を繰り返すものをこう呼び、警察にマークされている。左派が火炎ビンを投げたり、角材で武装しているイメージをしていたら大体この手の集団。中核派、革マル派が代表的。


 学生時代、済自身はネット右翼からリベラルに転向したこともあり中道寄りだったが、政治活動の常で、団体内では左派の影響力が強かった。中には極左暴力集団に洗脳される者がいるなど、なかなかエキサイティングな経験をしたのだった。


 こんな調子でタケシを詰めていたところ、タイミング悪くユウスケが到着した。


「あっ、ユウスケさんこんばんは。」

「二人とも、遅れて悪かったな。何や、険悪な雰囲気やなあ。」

「タケちゃんが選民主義をぶちかましてきたので反論してたところなんですよ。僕、学生時代に政治活動やってて、極左の連中とも関わっていたのであまりに拝金的な選民主義とは相容れないんですよね。それで、話を聞いてたらタケちゃんは本当にやりたいことが見つかってないらしくて。ユウスケさんは西京大学出身ですよね?」

「お、おうそうやけど。」

「それなら学内にも中核派とかいたんじゃないですか?あそこの寮は中核派だけじゃなくて変わった人が多くて有名ですよね。知り合いも入り浸ってたらしいですよ。東西大学も寮があったんですけど、半分拠点にもなってたせいか潰されちゃって、困ったもんですよ。勿論彼らは危ない奴らですが、革命というしっかりした目標があるだけタケちゃんよりもある意味幸せだと思うんですよ。もしもあのコミュニティに夢がない人が多いんだったら、何なら一度知り合いの極左の奴を呼んで勉強会してみましょうか。次のパーティーいつでしたっけ?」


 その時ユウスケの顔色が青ざめたのが分かった。意識の高いコミュニティを維持したい経営者からすれば、下手をすれば共産主義でコミュニティを洗脳しかねない済は完全な危険分子だろう。例えとしてはあまり適切ではないかもしれないが、不良が優等生に喧嘩を売ったら、そいつが裏で爆弾を作っており反撃されたようなものだ。ユウスケはわざとらしく携帯を取り出し、LINEをチェックする風にしてこう言った。


「すまん、店から呼び出されたから急遽行ってくるわ。それじゃ二人でよろしくやってくれな。」

「えっ、ちょっとユウスケさん!」


 タケシの引き止めも虚しく、一円も置かずにユウスケは帰っていった。


「どうする?お前んとこの師匠帰ったぞ。まあ二人でよろしくやろうや。正直イラッとしてるだろ?それじゃ男を見せろ男を。」


 これ以上話すのも面倒になった済は、タケシにどんどんと酒を飲ませることにした。かなり酔いが回ったところで、


「お前将来経営者になって大金稼ぐんだろ?こんなところでしみったれてどうするんや、俺みたいなクズとは違って太っ腹なとこを見せてみろ!!」


 と煽り、金を出させたところで会計を済ませ、店から出た。タケシはふらふらだったものの、家に向かって歩き始めたため、まあ大丈夫だろうと判断し済も帰路についた。


「地雷を思い切り踏み抜かれたけどまあタダ酒だったからいいか。それにしても一円も置かずに帰るとは、本当に儲かってるのかなユウスケさんは。」


 当然だが、それ以降タケシからの連絡は途絶え、ニューブリッジに行くこともなくなったのだった。

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