第一章 マルチ商法女、攻撃作戦

第3話 マルチ商法女、主人公を激怒させる

「マルチ商法の勧誘とカルト宗教の勧誘を戦わせたらどっちが勝つのかなー。まず人を集めるのが面倒臭そう。」


 済がFacebookに投稿していたのはこんな内容だった。インターネットではアングラなネタが許されなければならないという信念を持つ済は、キラキラした内容が多いFacebookやInstagramでも平気で悪徳商法やカルト宗教に関する話題を投稿していた。ちなみに、済自身は浄土真宗本願寺派の仏教徒であるため、宗教全体を否定するわけではなく、一部危険なグループが存在するというスタンスである。マルチ商法については実際に取り組んだことはもちろんなく、悪徳商法マニアの掲示板やサブカル本、消費者生活センターで仕入れた知識から、「マルチ商法も取り入れているメーカー」程度なら許容であるが、専業の企業はほぼ叩く対象として見ていた。


 マルチ商法というのは、「連鎖販売取引」として「特定商取引法」で規定されている販売形態であり、MLM(マルチレベルマーケティング)やネットワークビジネスと呼ばれることもある。例えば、ある会員が誰かを勧誘して子会員にしたとする。すると、子会員は親会員から商品を仕入れて販売することになるのだが、この時親会員は子会員を増やした際のボーナスと、子会員の販売利益のうち一部を貰うことができる。この仕組みから、新規会員を獲得するインセンティブが働き、親と子が連なるピラミッド型の組織が形成されることになるが、勿論組織が無限に拡大することはない。結局会員も一般人なので、ほとんどが数人新規会員を獲得したところで行き詰まる。これだけなら問題はないのだが、実際には販売員資格を維持するためや、一度上がったタイトルを維持するために毎月の買い込みが必要となり、人によっては借金を背負うことにもなる。このため結局は辞めていく人が多い。似たものにネズミ講があるが、こちらは間に商品が介在することなく会員費用だけが上へ上へと分配されていくもので、「無限連鎖講」として「無限連鎖講の防止に関する法律」で明確に違法とされている。


 ビールを飲みながらFacebookの通知マークを押した済の目に飛び込んで来たのは、先程のメッセージに対するこんなコメントだった。


「私は、宗教やマルチ商法について批判ばかりしている人達よりも、こういう素晴らしい仕組みで仲間を幸せにしようとしてる人達のほうが素敵で偉いと思います☆特に、何も考えずに既存のレールに乗って生きている人達は価値がないと思いますね^^ でも仕方がないんです、日本人は画一的な教育をされますから。本当は全てが自分を源としていて、考え方を少し考えるだけで世界を変えられるんですけど、ほとんどの人はそれを知らないんですよね。」


 コメントしていたのは入里麻里奈。高専から大学に編入した女性で、高専出身者の団体で実行委員を務め、理系学生のイベントにも多く出演していた。済もかつては理系学生で様々なイベントに顔を出しており、そこで知り合ってFacebookのフレンドになっていた。ただし、あまり面識はない。時折、面白い人を繋げて面白いビジネスを作る、新しい働き方を作るといった意識の高い投稿が流れてくるのを見る程度だ。


 そんな彼女のコメントを読んだ時、済の頭の中で、地雷が爆発する音がした。


 市村、ターリーの件も同様だが、この手の選民思想が何より済は嫌いだった。それに、問題を起こしているものに批判が集まるのは当然であり、考えなしに肯定するほうが余程無責任である。何より、小学生の頃からの宗教マニアである済にとっては、宗教全般とマルチ商法を同列扱いされるのが我慢ならなかった。戦いのゴングが今鳴ったのである。


「僕は宗教全般を悪いとは言っていませんよ。僕自身小学生の頃からの宗教マニアで、歴は二十年を超えます。信仰としては浄土真宗で、毎朝勤行をしておりこの前は浄土宗の方々に交じって二十四時間念仏もやってきました。宗教とマルチ商法を一緒にされるのは大変心外ですね。大体、マルチ商法は消費者生活センターへの相談が毎年一万件を超える状況がずっと続いてますよね。これに対して警鐘を鳴らすのは当然でしょう。あなたはマイナス要素があるものも考えなしに肯定するんですか。例えて言えば『周りの人の仕事の効率が上がって幸せになることを考えてるから覚せい剤の流布は素晴らしい。』と言うようなもんでしょう。」

「うんうん、マルチ商法のイメージが悪いのは分かります。でも、私もコールセンターに勤務してるので分かりますが、ただ相談者が短気なだけという場合もあるので一万件は正当性を疑ったほうがいいんじゃないかなと思ってます。それに、誰しも失敗を重ねて成長するものですから、それを受け入れて徐々に成長できればいいと考えています(^^♪どのような業界であっても、失敗すればするほど成功に近づくと言われています☆」

「失敗にもレベルがありますよね?自分が借金を背負うだけでなく他人を勧誘して借金を負わせるかもしれないものを『あれはいい挑戦だった、失敗したのも良いことだ。』なんて素直に言えちゃうのは随分能天気なんじゃないですか?借金を背負うことになった人が聞いたらブチ切れますよ。」

「うんうん、私も借金を背負うところまでの失敗はまずいと思います((+_+))ですので、強引な勧誘や買い込みを行わせる人達は良くないと思いますが、マルチ商法自体はいいものだと思うんです。ただ、結局はその人がやったことなんですから、借金も自己責任だとは思いますけどね。ちなみに私が関わってるところはNASDAQに上場しているので、どこかのブラック企業よりは超安心できますよ☆」

「いやいや、全部自己責任だったら福祉政策とかいらないでしょう。そもそも政治が不要になっちゃいますよ。」


 夢中になってやり取りしていた済だが、ここでキーを打つ手が止まった。NASDAQに上場?どこかのブラック企業よりも安心?一瞬、ベンチャー市場のNASDAQに上場してるくらいで、済が勤務している東証一部上場企業を馬鹿にするとは無知蒙昧だなと思ったが、文面をよく見るとその意図はないようだ。それより引っかかったのはここだった。


「私が関わっているところは……」


 ふと気になった済は、コメントを付けていた女性、入里麻里奈の投稿を遡ってみることにした。


 少し投稿を辿ると、こんなイベントを主催していることが分かった。


「ニューリのマネーフローゲームセミナー」


「なるほど。こいつ、『やってる奴』だな。」


 済は、戦いの方向を変えることにした。


 その時、大阪にいる大学時代の同期、吉井大介からメッセージが届く。


「お前、なかなか面白い奴と戦ってるじゃないか。掲示板全盛期を思い出すな。」

「それが、どうもこいつ『やってる』みたいなんだよ。ヨッさんも助けてくれないか。」

「なるほど任しとけ。久しぶりに腕が鳴るぜ。」


 既に夜の一時を過ぎていたこともあり、済は一度睡眠を取ってから戦いを再開することにしたのだった。

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