第六章.醜い■■の■

プロローグ

「うぅ〜、あぁ〜」


「……」


先ほどから私の目の前で親友であるアリシアがテーブルに突っ伏しながら唸っている……チラチラと他の客とカフェの店員が見てるから控えて欲しいんだけどなぁ……どうしたのやら。


「……アリシアったら、どうしのよ?」


「うぅ〜、リーゼリットぉ〜」


こりゃダメだわ……これで三回目だけれど、話し掛けても『あぅあぅ』みたいな鳴き声ばっかりで言葉を発してくれないから、もうどうしようもないや。


「……ズズっ」


まぁ面白いし可愛いし、暫くは今のアリシアをお茶請け代わりにしようかしら? 相変わらずサラッサラなピンクパールの長髪が綺麗だし、突っ伏してて見えてる旋毛もついついなぞりたくなる。


「あぅ〜」


……それにしても、何があったのかねぇ〜? アリシアがここまで落ち込む事態かぁ……やっぱり〝例の彼〟に関する事かな?

こう見えてアリシアってば意外に少女趣味だし、乙女チックだからなぁ……未だに幼少期の初恋を引き摺ってるってビックリだよ。


「……やっぱり、〝例の彼〟の事?」


「……(ビクッ」


「やっぱり……」


途端にさらに呻き声を上げ始めるアリシアにため息をつく……『彼があんな事をする筈がないのよ……』『あの子ども達が重なって見えて……』とかなんとか意味が分からない事を呟いてるのを聞き流しながら、内心どうしようかと考える。

多分だけど、警察武官の幹部候補生だって言ってたし恐らく仕事で嫌な事件があって、それに〝例の彼〟が関わってた、或いは想起させるような事でも起こったんでしょう。


「……よし! アリシア旅行に行きましょう!」


「……りょこお?」


うぐっ! ……アリシアはもっと自分の容姿に自覚を持った方が良いと思う。そんな涙目で弱った雰囲気を出しながら上目遣いとか……破壊力高過ぎて死ぬわ。

……ほら見てみなさい? 他の男性客が露骨に赤面して目を逸らしたわよ?


「……でも私には仕事があるし」


「それは私も一緒よ」


「……じゃあどうやって行くのよ?」


確かに二人共そう簡単に休暇が取れるような仕事じゃないし、取れたとしてもほんの少しで、更には休み中に呼び出される可能性が凄く高い……でも抜け穴がない訳じゃない。


「アリシア、貴女って警察武官でしょ?」


「…………そう、ね?」


「それでね? 今度、司書として『ナーダルレント地方・ホラド伯爵領』に関する史料を現地に取りに行かないといけないの」


十年に一度、帝都国立図書館では各地方の郷土史や風習なんかの史料を手分けして集めて編纂、新しく更新する義務がある。

これは無駄に広い領土と数多の民族を内包する帝国が、反乱が起きない様に統治する為の情報と理解を得る為と、定期的に司書という公務員が地方に赴き、地元の民に話を聞く事で帝国政府に親しみを持って貰うのと同時に、反乱の芽を逸早く察知する目的がある。


「そこでね? アリシアには私の護衛を頼みたいのよ・・・・・・・・・……」


「…………なるほど」


そしてこの地方に赴く司書には警察武官から護衛が付く……当たり前だけれど、全ての司書が全ての民族の文化や風習を知っている訳でも、必ず知っている者が知っている場所に割り振られる訳でもない……そうなると文化や風習の違いから荒事が起きたりもする。

同じレナリア人の中にも帝国政府の統治や政策に不満を持っている層は必ず存在するんだから、そういったいざこざから司書という大事な人材を護るためにこの制度がある。


「護衛との不仲を避ける為に司書は護衛する人を指名できるでしょ? 幹部候補生なら実力は申し分ないし、それに幹部になる為には現場経験も必要だったよね?」


「……そうね、その通りだわ!」


おっ、元気が出てきたかな? うんうん、やっぱりアリシアは笑顔が一番可愛いからね、落ち込んで欲しくないね!

それにお互いに卒業してから全くと言って良いほどに遊べてはいし、やっぱりリフレッシュは大事だよね?


「ふふふ、『ホラド伯爵領』と言えばチューリップが有名だから見るのが楽しみだね?」


「チューリップかぁ……綺麗で可愛いんだろうなぁ!」


ぐふっ! そんな無邪気な笑顔を無防備に晒さないで……!! ほら! 何人か男性客が胸を押さえてるから!! ……あっ、男性店員がコーヒー落として怒られてる。


「なんなら海を見ても良いかもね? 地中海ほど有名な所は無いけれど、見るだけで楽しめるでしょう?」


「そうね! 海も良いわね!」


ふふっ、やっぱり元気があるアリシアは最高ね……最初に士官学校で会った時も綺麗過ぎてビックリしたもんなぁ……旅行に行くのが楽しみね。


「じゃあ、そういう事だから日程の調整よろしく!」


「うん! もちろんよ​──あっ!」


「? どうしたの?」


勢いよく頷いていたアリシアが唐突に何かに気付いた様子で動きを止める……何か他に任務がもう入ってたりしたのかしら?


「……確か『ホラド伯爵領』に限らず、『ナーダルレント地方』って昔は魔物が建国した王国・・・・・・・・・があったのよね?」


「……まだ史料は全部読めてなけど、そうみたいね?」


確か相当な昔……まだ帝国に編入される前の『ナーダルレント地方』では、魔物が建国した王国が栄えていたっていう噂があるのよね。

確かホラド伯爵、ベルン侯爵、ルクアリア大公の三家もその魔物の末裔だとかなんとか……まぁ所詮は噂だけど。


「それがどうしたの?」


「うーん、まぁ一応何があっても良いように準備だけでもしておこうかなって?」


「なるほどね、私も緊急連絡手段は用意しておくわ」


「うん、それが良さそう」


ここ何百年か魔物災害が起きたという記録はないし、別に杞憂だとは思うけど……アリシアの勘は結構当たるし、準備はしていて損はないから良いか。


「とりあえず今日は奢るわね」


「……なんで?」


「この前の仕事が……仕事が上手、く……いったの、よ……………………うん!」


「そ、そう? ありがとうね?」


うん、この反応を見る限り『仕事は上手くいったけど、後味が悪い終わり方だった』っていうのはなんとなく分かるわ。

私にその特別手当を使って奢る事で、少しでも気が晴れるなら素直に奢られましょう。


「じゃあまたね!」


「えぇ、旅行が楽しみね」


笑顔で大きく手を振るアリシアに苦笑しながらカフェの出入り口前で別れる。……さて、と……私も細かい雑事を片付けて旅行の準備をしましょうかね。


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