第16話.妖精の魔女その2

「その女をッ!! 絶対に殺すッ!!」


あうぅ……クレル君が変に恥ずかしく煽るから、魔女さんがもう完全に怒り狂ってしまっています。……クレル君は天然なのか、たまに横から聞いているだけで恥ずかしくなる様な事を無自覚なのか、平気で言ってしまいます……本人に悪気がある訳でもなく、本心から言っている事が分かるので尚さら性質が悪いです。


「……やってみろ、この毒婦がァ!!」


「アアァァァァァァァァアアア!!!!!!」


そして普段は優しいのに、偶に乱暴な口調になるのが少し怖いです……私に向けられる事はないと分かっていますが、男の人の怒鳴り声を聞くと反射的に身が竦んでしまいます。……ですがそうしてクレル君が注意を惹き付けてくれるお陰で、私に向かう魔力の波動が少なく済んで助かります。


「クレ、ル君準……備が完、了……し、ま……した……」


「っ! そうか、頼む!」


そして今の私ではここまで時間を掛けてやっと、IV号供物を〝偉大なる大地〟へと捧げる事が出来るようになります。……私のために一息に五つものⅢ号供物で身体能力を強化し、三つのⅢ号供物で背に背負う私が酔わないように、規模が小さめの『空間』に干渉する魔法を使って、ここまで凌いでくれたクレル君のお陰です。


「『我が願いの対価は激情の短剣 望むは想いを乗せた刃──』」


「アアァァァァァァァァアアア!!!!!!」


魔女さんが叫ぶ旅に赤黒く、まるで生物の臓腑のような禍々しさを持った巨大な木々がその枝を伸ばし、根を尖らせ、葉を飛ばす。


「『──許せない 許せないの 彼女がどうしても赦せないよ だって私の友達を食べてしまったんだもの 悲しくて 憎くて 受け入れられないの──』」


魔法で腕に『生命』を纏わせ、それを身代わりとしたクレル君が伸びる枝を弾く……腕に宿していた物が即座に吸収され剥がれ落ちるけれど、彼自身に異常はない。


「『──いいえ 受け入れる必要なんてないわ ないのよ 彼女に抱くこの激情も 全て正しい想いだから 彼女が受け入れるべきなのよ──』」


木々に命令してこちらを襲っていた魔女さんが、直前になって私の魔力の高まりを感じ取ったのか自分の元へと呼び戻すけれど……もう遅いです。


「『──インテント・トゥ・キル』」


「──ッ??!! 『嫌よ 死にたくない 言う事を聞いて 私を守って 怖い何かに狙われているの 枝を伸ばして 根を張って 葉を生い茂らせて 私を包んで頂戴 !!!!』」


私の魔法によって突如として中空に出現した巨大なファルシオン……刃の幅がこの森の巨大な木々の直径と同じくらいのそれが、魔女さんが自身の周囲に侍らせ、呼び戻した木々を斬るというよりも自重で砕きながら降り注ぐ。……彼女を守ろうと周囲から集まる木々の束をものともせずに叩き折り、砕き、切断する。


「「……」」


刃が木々を粉砕する乾いた音と、それらごと魔女さんを巻き込んで地面に着弾した轟音が私達の身体を強く叩き付け、大地を揺らす……一泊置いて、遠くでさざめく正常な木々のざわめきと一斉に飛び立つ鳥達の鳴き声が耳に入ってきます。……少しの間を置いて、晴れた視界には──


「──」


「すい、ま……せ、ん……外し、たよ……うで、す……」


「……いや、大丈夫だ」


──左肩から腹部の半ばまでを断ち切られた魔女さんが俯いて立って居ました……木々の防御は抜けても、その巨大な図体に視界を遮られてしまった結果として外したようです。


「……こんなの聞いてない」


「……なにがだ」


先ほどまでヒステリックに叫んでいたというのに、今の魔女さんは静かに話すのみですね……また何か企んでいるのでしょうか?


「でももう大丈夫、学習したし冷静になれたからね…………『冬に落ちて 春に芽吹き 夏に咲き誇り 秋に実る 今が絶頂 今が食べ頃 なのに誰にも見向きもされない 可哀想な果実は また自ら地に落ちて 同じ過ちを繰り返す──』」


「……リーシャ、捕まってろ!」


「は、い……!」


大変な事になってしまいました……魔女さんが自身の身から流れる大量の血を大地に吸わせ、それと同時に強烈な魔力の高まりを感じ取ります。……おそらく、この土壇場で魔法を行使・・・・・したのでしょう。


「『──実る果実を腐らせて 生い茂る葉を散らし 伸ばした枝を切り落として 深く張る根を置き去りに せっかく伸ばした幹を捨て置いて そこまでして求めるのは 陽光たる貴方の心──』」


クレル君が魔法でさらなる身体能力の強化と、前方の魔女さんとの間を隔てる壁を形成しながら全力で離脱を図ります……その間に私はもう一度、IV号供物による魔法を発動しま──


「『──美しくイン・サーチ・ありたいオブ・サンライト』」


──周囲の木々が大地ごと盛り上がり、天まで覆う壁となって私達を押し潰す。


▼▼▼▼▼▼▼


「おや、これは……」


あの人との思い出が残る孤児院の一室で、別れ際に貰った羊の毛で作られた人形……羊毛フェルトと言ったかえ? それを手で弄りながら昔を思い出していれば……自分のしわくちゃの手が若返っていくじゃないか。


「おやおや、あの娘を相当追い詰めたようだね」


自分の右手を擦りながら最期を悟る……仮初の『生命』で無理やり繋いで来たこの命もとうとう終わりの時らしい。……自ら望んだ延命ではないとは言え、いきなり近付いた死の恐怖と残した子ども達の事が……そしてなによりも──


「──負債が怖いねぇ」


予定の寿命よりも長く生きちまったからねぇ、かの〝欲深き大地〟にどんな『対価』を要求されるのか、分かったもんじゃないよ……。


「案外、あの娘が支払っているのかも知れないけれどね……そこんところはどうなんだい?」


「……」


「……ま、木偶人形が喋れるはずもないさね」


目の前に現れたっきりこちらを襲うでも攫うでもなく、ただ目の前で立ち竦むだけの人形に話し掛けても仕方のない事だったね……ま、子ども達ならいざ知らず、私には攻撃できないだけだろうけどね。


「あの娘か、それとも若者二人か……どちらが勝っても私はここで終わりさね」


であるならば、最期に何を残すべきなのかねぇ……あの人はこういう時、どうするのかねぇ……ふふ、いけないね。死ぬ間際に昔の男を思い出すなんてさ。


「……『私じゃなくてメーメメーメー息子を護ってやりなメメーメメーメー』」


最後の『呪具』を……あの人から貰った大切な物を、あの人の大切な忘れ形見を護るために起動する。……どうせ死ぬんだから、手元に残りはしないよ。


「……でも最期に、アンタの顔が見たかったよ」


でも不思議だね? 最期に顔が見たくなるのは好きだった男じゃなく、同じ男を愛した親友だってんだから、本当に分からないよ……ねぇ? 私の大切な親友──


「──クレマンティーヌ」


アンタの燃える様な深紅の瞳は息子に受け継がれてるみたいだよ?


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