第3話.密航
「……出航したようだな」
「……(コクッ」
遠くで鳴り響く長声一発の音にこの船が出航した事を知る……体感的にはまったく揺れを感じない事に素直に驚くと共に、『スカーレット領』や『ウィーゼライヒ領』の山間の村の様な田舎では分からなかった『レナリア帝国の文明』の発達具合を知る。
「『
魔法使いなら誰でも使えるであろう『汎用魔法』を行使して内側からコンテナの鍵を開ける……何のことはない、鍵自体を『対価』にまったく同じ鍵を作るだけ。反則的だが、これなら『等価交換』でもあるしバレる事は無い。
「……暗いな」
「……(コクッ」
コンテナ等の積荷が詰め込まれている場所は薄暗く、それでいて肌寒い程度に冷えている……やはり中には飲食物などもあるのか、高温多湿などを避けているせいだろう。大丈夫だとは思うが風邪には気を付けないといけない。
「まるで迷路だな……出口はどこだ?」
「……見当、たり……ませ、ん……ね」
薄暗い部屋……というよりも区画といった方が正しいくらいに広い空間の天井スレスレまでに荷物が積み上げられており、少し辺りを見回したくらいではどの方角を向いているのかすら把握できない。
「……とりあえず移動しよう」
「……(コクッ」
俺たちが忍び込んだコンテナはこれから向かう『ブリーティア領』の領主へと向けた荷物らしいからな。それほど重要な荷物であるならば、作業員達が重さの違和感を伝えているはず……すぐにでもそれなりの地位の者が確認しに来るだろう。
「『カレー市』から『ドーヴァー市』までの海峡は狭い、すぐにでも着くだろう……それまでにバレなければ良いが……」
『フランソワ領・カレー市』から『ブリーティア領・ドーヴァー市』までの海峡はとても狭く、この蒸気船であるならばだいたい一時間と少々で着くだろう。……それまでバレないようにコソコソと隠れ回るハメになるが仕方がない。
「……(ジッ」
「大丈夫だ、今さら見つかってしまうような事は──」
「……そこに誰かいるのか?」
「「っ?!」」
人の声に急ぎリーシャの口を手で抑えながら抱き寄せ、近くのコンテナの影に潜む……それと同時に先ほどまで自分達が居た場所をライトの光が照らす。……危なかったな。
「……迂回しよう(ボソッ」
「……(コクッ」
下手に移動を続ければバレてしまう危険性があったが……ライトの光にさえ注意すれば見回りを避けられると分かったのは収穫だったな。そのままリーシャを伴ってコンテナを中心に回るようにして先ほどの人影をライトの光と一緒に見送る……と同時に非常階段を見つける。
「丁度いい、上がるぞ」
「……(コクッ」
普段はあまり使われていないのか錆び付き、狭い非常階段をゆっくりと、辺りを警戒しながら登っていく……できれば暫く潜伏できて周囲の状況を把握できるような場所に繋がっていれば良いのだが。
「……………………誰も居ないな」
「……(コクッ」
非常階段を登った先には緊急脱出用だと思われるもはや使えるのかどうかさえ分からないボロボロのボートがあり、その隣の扉を開いて外に出るのだろう……まともに機能しそうには思えないが。
「……人の話し声が聞こえるな」
どうやらここはすぐ上が甲板になっているらし……船員達の怒声と走り回る音が聞こえてくる。ここなら直ぐにでも異変を察知できるだろう。
「リーシャ、頼めるか?」
「……(コクッ」
リーシャに頼みこの船を構成する鉄を操って貰い、人一人がバレない程度に甲板を覗き込めるくらいの小さな穴を開け、もしもの緊急脱出をちゃんと行えるように錆び付いたボートとその隣の扉を修繕して貰う。
「……綺麗だな」
「……(コクッ」
時折開けた穴から甲板の状況を確認し、人の流れを把握しながら修繕した扉を開けて流れる海をリーシャと共に見る……雲一つない快晴にユラユラと揺れる海鳥達、下に目を向ければ心地よい音を奏で、船の足跡を残す海。
「海って綺麗なんだな……」
「……(コクッ」
さざ波の演奏に合わせて歌う海鳥達の曲を聞き、涼しい色合いの景色に強制的に目を奪われながら独り言を呟けばリーシャが律儀に相槌を打ってくれる。……彼女は本当に真面目で、未だにバレないように声を出さないようにしているところに微妙な気持ちにはなるが。
「……たまにはこんな時間があっても良いな」
「……(コクッ」
ただ静かに、穏やかに……景色と一緒に流れていく時間に身を任せ、いつも慌ただしく、常に警戒し気を張るような魔法使いの生活をほんの一時だけ忘れてしまう。……どうせ直ぐに『ブリーティア領』には着くのだから、良いだろう……少し、本当に少しだけ気を抜くだけだ。
「……」
「……」
最低限の警戒は忘れてはいないがリーシャと一緒に、この貴重な時間をただ贅沢に……ただ過ごすという心が穏やかになる『文化的』な時間を使い方をしていく……ただ黙って。
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