第四章.救えない

プロローグ

「……」


日が昇る少し前の薄暗い早朝。帝都の中心地にある特別対魔機関バルバトス総本部の一室……司令部の人間に与えられた個室、その奥の方にある飾り気が無いながらも肌触りの良いベッドの縁に、未だに寝る女性に背を向ける形で一人の男性が書類を捲る音だけが響いていた。


「ぅん……ヒサシ? なにしてるの?」


「……起きたか」


書類を捲る音か、それとも窓から射し込んで来た朝日によるものか……目が覚めた女性は眠たげな碧眼を擦り、長い金髪をサラサラと全裸の身体に纏わせたままに後ろからズボンのみを履いただけの男性……ヒサシ・スズハラ大佐に枝垂れかかり、その厚い胸板に腕を回す。


「なぁに、ただの仕事さ」


「……んもう、仕事するくらいならモーニングコーヒーでも淹れてよね」


女性の質問に対してそれまで鋭い目付きで睨んでいた書類を手首の動きのみで振り、それまでの雰囲気から一変して巫山戯た声色や顔付きで軽く答えて見せればそれがいつもの事なのか……女性は軽く文句を言うだけに留める。


「それで? 熱心に何を見てたのよ」


「いやね? この娘にはどんな任務が良いかなぁって」


そう言って男性は女性に対して自分が持っていた書類の束を渡す……それを受け取った女性が書類を読み込めば納得の表情を浮かべると共に、なにやら不機嫌になっていく。


「……あなたが最近ご執心のアリシアって娘ね」


「そんなに怒らないでよ〜、別にやましい事はないからさ」


その書類にはアリシア・スカーレットという若い女性狩人の簡単な略歴とプロフィール等が記載されており、現在片付けなければならない事案の書類と一緒に彼女をどう動かすか悩んでいたのは明白だ。


「……ふーん?」


「信用が無いなぁ……こんなにも君を愛しているというのに」


「んむぅ?! あっ……ふぁ……ぅあ……ち、ちょっと!」


女性が白い目で見れば男性は『やれやれ困った』と言いたげに肩を竦めてから突如として女性の方に向き直り、抱き寄せてから濃厚な口付けを交わす……女性が目を白黒とさせ巧みな舌使いに翻弄されながらも男性の胸を叩き、唾液の糸を垂らしながら抗議すれば直ぐに離れる……だが男性は悪びれもせず薄ら笑うだけだ。


「……あなたって本当に人を揶揄うのが好きね」


「性分なんだ、仕方ないさ……それよりもシシリー? 君にもアリシアと同じ任務に就いてもらう事になる」


「……私も?」


耳まで赤く染めながらシシリーと呼ばれた女性に対して男性がそう告げれば、予想外であるかのように女性は驚いて見せる。


「ガイウス君が付いてるんでしょ? 私まで行く必要ある?」


「別に手は出さなくていいんだ、ただ隠れて報告して欲しいんだ」


自分の同期の名前を出して首を傾げる女性に、男性はアリシアのプロフィールのある部分を指差しながら密偵のようなお願いをする。


「ふーん……正体不明の魔力、ね?」


「そうなんだよね〜、ボーゼス中佐もしらを切るしさ」


「それに『猟犬』などとの相性が異常なほどに良いのも気になるわね」


「だろ?」


定期的に検診は受けて貰ってはいるが、アリシアという狩人の異常なまでの魔力との親和性の原因は判明しておらず、それどころか身体に自分のものではない魔力を持ち、魔法使いに甘いという要素まである。……これだけ揃えば、この目の前の愛おしい男性が目が付けて当然とも言える……と女性は考える。


「それで……任務がこれ?」


「そう、肥沃する褐色の大地メシアの一部拠点が判明したからチームを組んで貰って殴り込ませる」


「……もし彼女が間者だったらどうするのよ?」


自分はアリシアという少女の事を疑っていると、もしその少女が本当に間者だった場合作戦が相手に漏れる可能性があると女性は指摘する……この抜かりのない男性らしくないと。


「別に重要拠点ではないし、間者だったらそれで処分すれば良いだけの話さ……狙いは別にある」


「重要拠点ではないのだったら、作戦自体が囮という事ではなくて?」


「それでも無いよ」


見張るのは構わないが色々とちぐはぐで何を意図し、目的としているのかわからない男性に女性は勿体ぶるなと言うように頬を抓る。


「ごめんごめん……目的は彼女を追い詰めるためさ」


「……は?」


「彼女の魔力の性質は書いてあっただろう? 追い詰めたら、それがどう反応するのかなって……面白そうじゃない?」


そのあまりにも個人的過ぎる内容にますます女性の機嫌が急降下していく……やっぱり自分とは違う女にご執心ではないかと。


「だから違うってば……ほら、あそこって本当に魔法使いらしい魔法使いが多いでしょ?」


「……だから?」


「……どうやらまだキスが──」


「──わかった! わかったから説明を続けなさいよぉ!」


ツンとそっぽを向く女性に業を煮やしたのか、男性が再度腕を引っ張れば慌てた様子で説明の続きを促す女性……その姿に満足したのか笑顔で続きを話す男性。


「いやね? だからそこで肉体的にも精神的にも追い詰めてやろうかと」


「……だからそれが分からないのよ、そうする必要は?」


「あるよ? だって彼女──」


一人の少女を心身共に追い詰めるという陰湿で悪意のある宣言をした男性に眉を顰めながら女性はそこまでする必要性があるのか、そもそもの理由を問う。


「──『緋色スカーレット』じゃん」


思わず女性が恐怖に身体を震わせ、全身が総毛立つような笑みを浮かべ男性は意味不明な答えを返す。


「……スカーレット男爵家がどうしたのよ」


「あぁ、そっちのスカーレットじゃないよ? 有名な羊飼いと緋色の方さ」


「まさか……いやでも、本当に?」


「あぁ多分間違いないよ、個人的な主観だけどね」


男性から明確な答えを貰った女性は困惑すると共に自身か緊張していくのを感じ取る……まさかこの男は本当に成し遂げるつもりなのかと。


「……本気なのね?」


「そうだよ? 『緋色』が居るなら『羊飼い』もきっと現れているはず、それも新しいのが」


男性は何が可笑しいのか喉を震わせながら笑いながら『皇帝も捜索しているしね』と重要機密をサラッと漏らし、自身の持論を補強する。


「出来るだけシェパード性の人間を探し出そう、それが鍵になる……四千年前の偉大なる『羊飼い』が遺した種を拾うんだ」


もはや二の句を告げずにいる女性を置き去りにして男性は語り続ける……自らの『願望』を。


奈落の底アバドン肥沃する褐色の大地メシア……更には皇帝よりも早くその二人を手中に収めて僕は──」


その顔に『願望』を叶えるためならどんな『対価』も支払ってみせるという狂気が滲み出ており、女性は思わず男性から後ずさる。


「──祖国を取り戻す……シシリー、着いてきてくれるかい?」


そう言って射し込む朝日よりも暖かく微笑みながら振り返り、自らへと手を伸ばす男性に一瞬だけ……しかし確実に、見惚れてから女性はその手を取る。


「……当たり前じゃない、惚れた私の負けよ」


「ハハッ、それは嬉しいね?」


男女はお互いに笑い合ってから口付けを交わし、そのまま朝の支度を始める。


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