第10話.私の『対価』

「……大丈夫か?」


「はい……お見苦しいところをお見せしました……」


諸々の手続きを終えたガイウス中尉が戻ってくる頃には大分落ち着き、冷静さを取り戻した頭で先ほどの醜態を思い出しては赤面する。


「気にするな……だが、お前は狩るべき対象に対して感情移入が過ぎる」


「……返す言葉もございません」


気にするなとは言ってくれるけれど、やはり狩人としては危なかっしいのだと思う……ガイウス中尉は真剣な眼差しでこちらを見詰める。


「いずれ共感し、戻ってこれなくなるぞ……」


「……はい」


怒られてしまった……けれどあの人類を冒涜したような末路を……魔物になってしまった人達の辿る先を見て、もうなんだがわからなくなって胸の内がグチャグチャになってしまって……。


「……ガイウス中尉、一つだけ聞いてもいいですか?」


「……なんだ?」


でも……だから気になることがあってどうしようもなくて仕方がないの……。


「あんな状態の彼を……どうするおつもりですか?」


魔法使いを『猟犬』や『軍馬』の材料にするくらいだから、治してあげる訳もないでしょうし、あの状態の彼から情報が取れるとも思えない……だったらなぜ護送する必要があるの?


「お前が知る必要はない……と、言いたいところだが俺も知らん」


「ガイウス中尉でもですか?」


「あぁ」


新兵の初陣を任されるくらいだから、それなりに信頼されているだろうガイウス中尉であってもその詳細を知らされていないなんて……。


「……ただ一つだけ言える事がある」


「……」


「……深入りはしない方がいい」


……わかっています、ガイウス中尉も薄々勘づいているんですよね、ろくなことじゃないって……私だってなんとなく『解って』しまうんだから、長年狩人をしてるガイウス中尉が気づかないはずがない……。


「特にお前は優し過ぎる……レナリア人だろうがガナン人だろうが魔法使いだろうが同じように接する……魔物に対しても同情的だ、知らない方が良い」


「は、い……でも……」


「……」


七年前、私はなるべく多くの人を救いたかった……でも力がないばかりに友人すら救えなくて、今もこの手で救える者なんてあまりにも少なくて……でも──


「──私は諦めたくありません」


「……そうか」


なんの為に師匠から……『乱獲』のボーゼスから戦う術を学んだのか? それは友人を、身近な人を、なるべく多くの人を……そしてなによりも一番大事な人を……救うためだから。……たとえクレルがあのヒトモドキになっていたとしても、諦めない。軍と帝国を裏切ってでも救う方法を探し出してみせる。


「たとえ魔の甘言に乗って、人の道を外れたとしても……救いたいと思うから」


「……そうか」


私は知っている……父親の確かな愛情を、使用人たちの気遣いを、友人の暖かさを、魔法使いの素敵なところを……クレルの不器用な優しさを。……七年前全てを救おうとして結局一番大事な人を救えなかった無力感は……もう味わいたくはない。……まずはクレルを探し出す事を最優先に行動する。


「……ですが迷惑は掛けません、私の目的の為に軍の力は必要ですから」


「……そうか、あまり無茶はするなよ?」


「はい」


軍が……バルバトスが何をしているのかは知らないけれど、クレルを見つけるまで利用してみせる……大事な物を得るために『対価』として心を殺してみせる。……ガイウス中尉が何も聞かないでいてくれるのに甘える形にはなるけれど。


「では行くぞ、これからの行動を移動しながら話す」


「はい」


腰に下げていた水筒の中の水で口を濯いでからその場を移動する、既に視認できる距離にバルバトス・ウィーゼライヒ支部の職員がこちらに向かって来ているのが見える……後の事は大丈夫でしょう。


「先ほど支部で本部と連絡を取ったところ、俺たちとまったく同時期に『ウィーゼライヒ子爵領』の『ガナリア区』が襲撃され多数の子ども達が攫われた事が分かった」


「……『ガナリア区』が?」


『ガナリア区』を襲い、それも子ども達だけ連れ去るなんて……まったく敵の目的が分からない。何が目的なの?


「大胆にも狩人の目の前で収容施設を襲った事といい、魔法使い達の動きが活発化しているのは事実らしいな」


「……なにか、あるのでしょうか?」


「……さぁな、俺には分からん」


狩人を前にしての大胆な犯行……絶対に作戦が成功し、生き延びられる自信と、それを裏付ける組織のバックアップでも無いとありえない。……敵の言葉を信じるならだけれど、やはり肥沃する褐色の大地メシアかしら? 目の前に魔法使いが……少なくともグリシャが居たのに、『羅針盤』が反応を示さなかった事も気にかかる。


「そして白衣の奴を担いだ魔法使いが山間の村の方へ駆け抜けて行ったのが目撃されている……本部からは応援を寄越すから、俺たちはそっちを追えとの事だ」


「……別の魔物と魔法使いが居る所ですね」


「あぁ……人為的に魔物を産み出した奴らだ、何をしでかすか想像もできん」


小鬼という産まれたばかりの魔物で何かをするかも知れないし、派遣された魔法使いをまた魔物にするかも知れない……いや、そもそも──


「──奈落の底アバドンがグルの可能性もありますね」


「……そうだな、奴らの逃亡を助けるつもりかも知れん」


タダでさえ厄介な二人組なのに、他の魔法使いが合流されては堪らないわね……新人の私がどうにか出来るとは思えないのだけれど。


「……心配するな、本部からは無理をしない範囲で様子を見守れとの事だ」


「……了解致しました」


「だがもしも、奈落の底アバドンの魔法使いが無関係な場合は……それを討ち取れ」


「……」


酷い話だけれど、例え帝国政府が依頼を出して魔法使いを派遣させたとしても、狩人かその魔法使いと相対したなら狩らねばならない……そしてこの依頼は魔法使いの方も新人を送り込まれるだろうから、無関係な場合は私でもできるという判断なのでしょうね。


「……いつでも戦闘できるように準備はしておけ」


「……了解致しました」


猟犬を握り締め、ガイウス中尉に着いていくようにして……あの二人組が去った方向へと駆け抜ける。


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