第7話.収容施設で

「到着致しました」


迎えに来たと時と同じ、こちらの素性を知る数少ない運転手に声を掛けられ、狼を象った仮面を着けてから警察武官としての『潔癖』を示す白い制服を脱いで裏返し、狩人としての『魔法使いの血』を表す黒い制服を着込む。


「ここからは俺を『巨狼』と呼べ、上下関係も悟られないようタメ口で良い」


「了解……分かったわ」


「よし」


そんなやり取りをガイウス中尉としながら車を降り、目の前の収容施設を仰ぎ見る……鉄格子に囲まれ、余裕を持って広く取られた土が剥き出しの何もない庭……その中心にある、歩哨が絶えず巡回する空の青を連想させる色合いの建物。


「行くぞ『緋色』」


「……えぇ」


そのまま門番に手帳を見せてから中に入り、手続きを終えた後、係の者が来るまで少しの間だけ待たされる……内装や警備の仕方を見る限り、脱走よりも外からの襲撃を警戒しているように思える。


「あ〜、遅れてごめんね」


少しの時間を置いて現れたのは面倒くさそうに頭を掻きながら、気だるげに挨拶する東方系の顔立ちをした青年。その身に纏う白衣はヨレヨレで薄汚れていて……ん〜、なんだかこんな人が案内で大丈夫なのか、不安になってきたわ。


「ふぁ〜……件の魔法使いはこっちだよ、適当について来てよ」


「「……」」


欠伸をしながら身を翻し、こちらに背を向けさっさと行ってしまう彼の背を見ながら……そのあまりの態度にガイウス中尉と顔を見合わせながら、追いかける。


「すいません、彼は最近配属されたばっかなもので……あ、自分はグリシャとお呼びください」


そんな私達の態度に、白衣の彼に随伴していた男性……グリシャと名乗る、穏やかな老紳士の顔を象った仮面を付けた尋問官がこちらに頭を下げてくる。


「気にするな、行くぞ」


そのまま私達の事なんか気にせず先を行く、自己紹介すらしていない白衣の彼の案内に従い、施設内を歩く……窓は天井近くの高さにしか無く、その一つ一つに鉄格子が嵌められているために電灯の明かりがないと酷く薄暗い。


「……」


高く天井が取られている為か、私とガイウス中尉の軍靴の底の音が歩く度に反響する……その靴底の音を聞き、高い所から降り注ぐ陽光を眺めながら廊下の突き当たりにある重厚な扉を開き、地下へと降りて行く。


「足下に気を付けてね〜」


今度は一転して狭く、天井も低い螺旋階段を降りて行く……地下だからなのか空気が湿って冷えており、肌寒さを感じる。……その不気味な螺旋階段を降りた先には、廊下に沿って幾つもの鋼鉄の扉がある……その一つの前で白衣の彼が立ち止まる。


「ここだよ……やぁ、元気してたかい?」


「っ?! お前ッ!!」


白衣の彼が扉を開け、声を掛けると中から男性の叫び声が聞こえてくる……その声の主は部屋の中心に置かれた椅子に、凄まじい量の鎖と怪しい文字列……恐らくガナン諸言語の刻まれた布を巻き付けられ、拘束されている。


「じゃあ僕は部屋の隅で記録取ってるから」


そう言って白衣の彼は部屋の隅に用意されている簡素な椅子に腰掛け、手に持つ書類に何かを書き始める……気になるのだけど、彼は顔を隠さなくても平気なのかしら? ……師匠と同じ様な理由? まぁ今は関係ないし、仕事に集中しなくちゃ……クレル以外のガナン人がどんな考えを持っているのか、分からないんだから。


「ガ……巨狼殿、彼は魔法使いで間違いないわ」


「……みたいだな」


目の前に『羅針盤』を垂らせば、その紫色の炎は彼を指し示す……少し炎の様子がおかしいのは、まぁ私が使う時はいつもこうなるから、別段気にしなくても大丈夫、かな?


「……忌々しい狩人め」


「そうだ、間抜けな魔法使い。……聞きたい事がある、素直に答えろ」


ガイウス中尉が若い男性の魔法使いの前髪を掴み、上を向かせながら質問をする……それを忌々しい目で見る魔法使いが素直に答えてくれるとは思えないわね。……というより予想はしていたけれど、全然お互いに友好的とは言えない。


「クソッ! ララは、俺の相棒は何処だ?!」


「……との事だが?」


「……ん? あぁ、彼女なら生きてるよ」


「だ、そうだ」


そういえばもう一人捕えられていたわね……二人一組という事は奈落の底アバドンの魔法使いかしら? ……確か、あの『大樹』も所属していたわね……ならクレルの情報も持っていたりしないかしら?


「相棒の無事が確認できたな? これ以降の保障はお前次第だ」


「……この人殺し──ガッ?!」


「いいか? 余計な事は喋るな。質問された事だけに答えろ」


「……」


ガイウス中尉が若い男性の魔法使いを殴って黙らせるのところで、思わず目を瞑ってしまう……か、仮面を付けているからバレてない、よね……? 凄くどういでも良いけれど……とても痛そう。


「最初の質問だ……お前の奈落の底アバドンか? それとも肥沃する褐色の大地メシアか?」


「……」


「相棒の命が惜しくないと見える」


「…………奈落の底アバドン


「そうか」


胸がモヤモヤとする……これではどっちが帝国の言う人間なのかさっぱり分からない。暴力や人質で相手に言うことを聞かせる私達に、大事な相棒の為に組織の情報を吐く魔法使い……ここには本部から派遣されて来た調査官と尋問官も居るから、下手に庇う事は出来ないけれど。


「この街にはなんの目的で来た?」


「魔物の討伐」


「なんの魔物だ? 小鬼か?」


「違う。子兎だ」


確か……領主様が言っていた、山間の村に現れた魔物が小鬼だったはず……だとしたらやっぱり今回のは別件の魔法使いだったという事。……この件が終わったら小鬼の方にも行かないといけないわね。


「倒したのか?」


「倒した」


「なぜこの街に留まっている?」


「魔力が安定するまで潜伏するつもりだった」


「他の魔法使いについては?」


「……知らない」


「なぜ施設の前で倒れていた?」


「……お前らにまんまと騙されたから」


……うん? 私達に騙された? 途中まで何も問題なく答えていただけに、この回答の異質さが目立つ……ガイウス中尉もそれは同じなようで、一瞬だけ動きが止まる。……多分眉を顰めているわね。


「……俺達に騙されたとはどういう事だ?」


「とぼけるなよ……まさか同胞の協力者が居たとはな」


「……なんの話しだ?」


同胞……つまり同じ魔法使いの協力者? どういう事? 帝国政府は奈落の底アバドンに秘密裏に依頼を出したり、利用はするけれど……直接的な協力者なんて作らないはず。


「お前らが奈落の底アバドンの魔法使いだっていうから……安全な場所まで案内すると言ったから信じたのに!!」


「……」


「なのにララを人質に取って無抵抗なのをいい事に俺をリンチし、施設の前に捨てるなどという屈辱ッ!! 絶対に忘れんッ!!」


先ほどまで表面上は落ち着いて受け答えしていたはずの若い男性の魔法使いが声を荒らげ、目を剥き出しにしながら唾を飛ばす勢いで叫ぶ……もちろん心当たりの無い私達は困惑するしかない。


「この拘束を解けッ!! ララを返せッ!!」


「それは出来ない。そもそも我々に魔法使いの協力者等は居ない」


「嘘をつけッ!!」


対象が興奮し過ぎているわね……魔法使いは情緒不安定だったり、突然おかしな事を口走る事があるから、多分それかしら? ……今回はもう一旦引いた方が良さそうね。


「先ほどお前達が一緒に入って来たではないかッ!!」


「なんだと? それはどういう──」


「──ハハッ!」


「「……?」」


唐突に部屋の隅から聞こえた笑い声にガイウス中尉と一緒に振り返る……その視線の先には書類を持つ手を震わせ、もう片方の手で口を抑えながら笑いを堪える白衣の彼が居た。


「クククッ……フ、ブフッ、アッハッハッハッハッ!!」


「……何がおかしい?」


これまでの話の流れと急に笑い出す白衣の彼、そしてそんな彼を仇でも見る目で睨み付ける若い男性の魔法使いを見ればだいたいの予想はつく……ガイウス中尉も狩人を何時でも展開できる様に、その腕輪に手を当てながら詰問をする。


「いやぁ……三人共・・・馬鹿だなって?」


「……三人?」


思わずそう声を漏らす……ここには白衣の彼以外に私とガイウス中尉、そして若い男性の魔法使いとそれを尋問する──まさかっ?!


「──グリシャ!」


「『我が願いの対価は繋ぐ鉄寸 望むは空を支える柱』」


「「っ?!」」


その背後から聞こえる声と一緒に背中を何かに思いっ切り殴りつけられ、吹き飛ばされる。


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