第5話.ウィーゼライヒ市

「着きましたね」


「あぁ」


汽車が緩やかに速度を落とし、遂には停車する……それまで線のように駆け抜けていった雪は急静止を掛け、点となって緩く落ちていく。


「足元にお気を付けください」


「えぇ」


係の人に見送られガイウス中尉と一緒に下車する。降りた駅は帝都の物と違って質素であり、屋根があるだけの吹きさらしである為に寒く、吐いた息が白く色付く。

昇降口から地下へと階段を下り、ある程度進んだところにある受付で入街手続きをしてウィーゼライヒ市へと入るための準備をする。


「帝国軍中央所属の警察武官だ、ウィーゼライヒ子爵に取次ぎを頼む」


「へっ? ……は、はい!」


ガイウス中尉が受付の男性へと手帳を見せると慌てて奥へと引っ込み、子爵へと電話を掛けるのを見送りしばらく待つ。……こんな田舎に中央軍なんか滅多に来ないものね、毎年狩人や機士が北方に派遣されると言っても、必ず『ウィーゼライヒ子爵領』な訳もないし。


「お待たせしました、直ぐに迎えを寄越すとのことです」


「了解した」


入街管理局がある場所は地下であるために幾分か暖かく、係員が気を利かせて温かいココアを容れてくれた為に過ごしやすい……甘くて美味しいし、身体が芯から暖まるようね。


「この後の予定を確認する」


「はい」


「子爵に面会し、予定の擦り合わせや確認が終わった後に、この街のガナン人収容施設を視察する」


「了解です」


対象の魔法使いを捕縛し、連行する前に不備がないか確認するのかしら? 帝都から遠い辺境の領地なんて、滅多に来ないでしょうし……せっかく捕まえたのに逃げられても堪らないものね。

それからしばらく待てば迎えの車が到着したので、ガイウス中尉と二人で乗り込み移動する……やはり街の中は雪が降り積もっていて、住民は皆厚着で雪掻きをしているのが見える。


「……住民は魔法使いの存在を知っているのか?」


「……通報した者など一部のみで後は箝口令を敷いております」


住民達があまりにいつもの調子であるためにガイウス中尉が運転手に質問すると、そんな返事が帰ってくる……まぁこんな地方都市で魔法使いや魔物が出たって騒ぎになったら魔女狩りが行われそうだものね、仕方ないのかも知れないわ。


「そろそろ着きます」


運転手のその言葉通りに大通りを抜け、林道を通った先に領主の屋敷が見えてくる……そのまま近付くと柵扉が開き、前庭を回ってから正面玄関へと乗り付ける。


「お二方ようこそおいでいらっしゃいました、私はこの家の家令を務めさせて頂いております。奥で旦那様がお待ちです」


「あぁ」


屋敷の中から出てきた家令さんについて行き、屋敷の奥へと進んで行く……やっぱり私の生まれ育ったスカーレット男爵邸よりも遥かに広くて綺麗で、少し凹みそう。……いやいや、それ以外の魅力もスカーレット男爵領にはあったわ! うん!


「旦那様、連れて参りました」


『……入れてくれ』


そうやって屋敷の中を眺めているうちに領主の執務室へと着いたようね……家令さんが声を掛け、返事が返ってきてから入室する。


「よく来てくれました……お前たちは席を外せ」


「かしこまりました」


おそらく本題の話をし易くするためだろう、目の前のウィーゼライヒ子爵が家令さんを含めた使用人たちを全員下がらせる。


「ようこそおいでくださいました、ガレス・ウィーゼライヒ子爵でございます」


「特別対魔機関バルバトス所属狩人のガイウス・マンファン特務中尉だ」


「同じくアリシア・スカーレット准尉です」


この空間に三人だけとなったために、お互いに本当の身分を明かしての自己紹介をする……領主レベルになるとむしろこちらの正体を明かして協力を求める方が良いし、むしろ推奨されている。


「早速だが詳しい説明をお願いする」


「かしこまりました」


やっぱり狩人や機士はそれだけで下級貴族よりも偉いため、領主様の物腰も低くて……なんだか半分平民の様な、弱小領地の男爵令嬢だった私には違和感がすごい。


「……実はですな、当初領民から通報された魔法使い二名は捕縛されておるのです」


「む? どういう事だ?」


魔法使いを捕縛? それも二名も? 狩人でもないただの一般人でしかない領兵や駐在武官に、そんな事が出来るとは思えない……魔物を討伐し、魔力を取り込んだばかりで魔法を使えなかったとかかしら?


「それがですな、私にもよく分からんのです……」


「詳しく話せ」


「はぁ……それが魔法使い二名共が、ガナン人収容施設の前で倒れ込んでいるのを巡回兵が発見しまして、そのまま……という事でございます」


「「……は?」」


……え? いや、それは流石に間抜け過ぎるんじゃないかしら? 行き倒れるにしても、こう……もう少し場所があったでしょうに……どうしてわざわざ収容施設の前で……。


「……罠の可能性は?」


「それが……捕縛し、監禁後も何かをするでもなく、ここから出せと一方的に喚くばかりでして……」


「……ふむ」


それさえも演技の可能性もあるけれど……ガナン人収容施設には魔力妨害もあるし、そもそも供物を取り上げられれば魔法使いは殆ど無力……メリットが思い浮かばない。


「領内の村に新たな魔物が出現しましたので、魔法使いの方が片付いたと素直に喜ぶのは良いのですが……これが罠であった場合、後方に気を遣いながら魔物を討伐する事になります」


「……そうだな、さすがに俺とアリシアの二人を分散する愚は避けたい」


今ここで新人の私を置いて魔物の討伐になんか行ったら、なんの為に組んでいるのか分からなくなる……そもそも私一人では魔物だろうと、魔法使いであろうと荷が重い。


「先に魔法使いの尋問を開始するか……魔物の方はどうだ?」


「そちらは既に死亡者も出ておりまして、こちらの方が急を要するかと。なにやら小鬼が村を襲うとかで……」


既に人が死んでしまっているのね……できるのならば魔物を優先して倒したいところだけど、後方の安全も確保せずに突っ走るのは危険だと思う。……もしも魔法使いが罠であり、私達狩人が居ない状況で暴れられた方が被害が大きい。


「そうか……だが今回は魔法使いを優先する」


「……よろしいので?」


領主にとっては他人事ではないから不服そうね? でも僻地の村と地方都市では、もしもの時の犠牲者が少なくて済む……命の選別をしているようで心苦しくはあるけれど、了承して欲しい。


「……あぁ、帝国政府が別の伝手で応援を派遣したようだ」


「そうなのですか、それならば安心ですな」


「……」


……もしかして奈落の底アバドンの事かしら? 帝国政府は魔法使いを問答無用で殺そうとする反面、積極的に利用もする……今回の任務だって奈落の底アバドンの情報を絞る事も狙いの一つなのに、適当な魔物の間引きなどを依頼する事も多い。


「しばらく世話になる」


「とんでもございません、こちらこそよろしくお願いします」


「では我々は当初の予定通りガナン収容施設に赴く……車を出して貰えるか?」


「既に準備だけは出来ております」


話が一段落したところで二人は握手を交わす……魔物を優先して欲しいと言っていたから、本当は山間の村へと行って貰うための車だったのでしょうね。


「こちらでございます」


領主様の呼んだ家令のお爺さんに着いて行く……これから拘束された、クレルと同じガナン人に会いに行くのよね。……屋敷の前に止まった車に乗り込むのと同時に、喉の乾きを覚える。


「……」


車の後部座席に座り、車が緩やかに発進ところで考え込む。……あれから、クレルと離れ離れになってから七年……その間に一度として、他のガナン人とは会ったことがない……どうしてか手が震える。


「……」


無賃乗車していた彼とのやり取りが、クレル以外のガナン人との初めてのコンタクトだったのだけれど……マトモな会話は出来なかった。

だから今から会うガナン人が、私が初めて会話する相手……クレルじゃないガナン人が、魔法使いが本当はどんな考え方を持った人なのかが分からない……クレルの様な優しい人かも知れないし、帝国政府の言うように残酷な人かも知れない……そのどちらでもないかも知れない。……要は、私は……未知の事柄に酷く緊張している


「……」


……いや、緊張というよりも恐怖かも知れない。……もし本当に、魔法使いが酷い人達ばかりだったら……なんて事を考えて、勝手に怯えている。勝手に期待を裏切られる事に恐怖している。……本当に酷い女ね。


「……」


確かに魔法使いの中には極悪人も居るのかも知れない……でもだからって、全員がそうじゃない。私は知っているはずよ……クレルは、優しい魔法使いだったわ。


「……よし!」


自身の頬を叩いて気合いを入れる……私は狩人、魔法使いと敵対する事が仕事。……けれど、たとえこの手を穢したとしても、私はもう二度とクレルを諦めないし、手を離さないって決めたんだから……たとえクレルが穢れた手は嫌だと振り払っても捕まえるんだから。


「勝手に居なくなって……覚悟しておきなさい」


初めての人殺しをするかも知れないという事で不安定になっている心を……初恋の友人を想い浮かべる事で慰めて気合い入れる。……ただ、いきなり自分の頬を叩いた私を、ガイウス中尉は変な者を見る目で見ていた事には気付かなかった。


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