第8話.襲撃

「この前はアリシアが酷かったな……」


思わず脱力してしまう対策会議から数日が経過し、ボーゼス特務大尉が領主の屋敷から調査に出て二日が過ぎた夕方頃。


「じゃーん、これなんでしょう!」


脱力する対策会議の事を思い出しながらいつもの場所へと辿り着くと、アリシアが変な物を見せてくるために、微妙な表情をしてしまう。


「……なにこれ」


「なにこれとは失礼ね! 作ったのよ!」


どうやら作ってしまったらしい。その形状はなんとも言えないぐちゃぐちゃな曲線を描いた……ボール? 楕円形? と疑問符がつく、とにかく変な物で……お世辞にもとても喜ぶほど凄いものには思えず、一目で遠慮したい物だった。


「この前言ってたじゃない」


「なにを?」


「対策として爆弾作るって!」


「……え? いや、まさか本当に?」


嘘でしょ……本当に作っちゃったの? えぇ……本当に効くかもわからないのに? あの『玉ねぎ香辛料爆弾(byアリシア命名)』……まさか先日に話した突拍子もない物を、実際に作るのとは思わなかったから……さすがに困惑を隠せない。


「作ったのよ!」


「作っちゃったかぁ〜」


そっかぁ〜、本当に作っちゃったんだねぇ……いや、僕のために彼女が何かをしてくれるのは嬉しいけどね……。


「そうなのよ! この頭頂部についたボタンを押すと爆発して、目が染みる煙がぶわっーって出るの!」


「頭頂部……」


え、それは頭なの? もしかして胴体があったりするの? ちょっとアリシアのセンスがわからない……。


「他にも……ほら、これ!」


「……これは?」


「滑るンデス君二号!」


「二号……」


あぁ、一号君が居たんだね……もうツッコむのはなしにしよう。


「これはね、従来の一号君と違って、滑らせるだけじゃなくて細かい破片もばら撒くから、相手に痛手を与えることも出来るのよ!」


「あぁ、居なくなったわけじゃないんだね……」


「? なにが?」


「いや、なんでもないよ」


まぁ、彼女の努力の方向性はよくわからないけれど、僕のために色々と作ってくれるのはすごく嬉しく思うし……頑張らなきゃ! ってなるから構わないか。


「これで無傷とはいかないまでも時間稼ぎできるし、魔法も使えば逃げる事ができるかも知れないわ!」


「そ、そう上手くいくかな?」


日課の魔法の練習は欠かした事はないけれど、僕はまだ魔力を取り込んで、自身を強化した事はない……そんな経験も浅ければ低出力ですらある魔法で、なにができるだろう。


「上手くいかせるのよ! 私がなぜあなたに声を掛けたか覚えてる?」


「えっと、魔法を使いたかったから?」


いきなりなんだろう? 確か……魔法で空を飛びたいとか言ってた気が……いや、これは冗談だったっけ?


「じゃなくて、魔法を使いたかったのは事実だけど、それは領民を……色んな人を救いたかったからよ!」


「あぁ……無謀だって止めたね」


まさかただの一般人である彼女が魔物と戦おうとするんだもん……驚くよ。


「まぁ、確かに今はそうかなと思ってるけど……じゃなくて! 色んな人を救いたいのに、友達も助けられないんじゃダメでしょ?!」


「う、うん!」


話を脱線させるなとばかりに睨み付けられるのでとにかく首を縦に振る。


「だから……絶対に見捨てないわ」


「アリシア……」


気持ちは嬉しい……でもアリシアはレナリア人で、それも弱小で下級といっても領地持ちの貴族だ……魔法使いなんて庇ったら彼女の立場が危ういだろう、もしもの時は僕が───────


「───────魔法使いを発見、これより『狩り』を行う」


「え──がっ?!」


知らない男性の声が聞こえたと思った時には横腹に強い衝撃を感じながら吹き飛ぶ。……あまりの痛みに意識が飛びそうになる……な、なにが起きたの? ここはどこ?


「げほっ、ごほっ!」


……どうやら庭の端から屋敷まで飛ばされたらしい? 壁をぶち抜いて中に転がり込んでいる。うぅっ……すごく痛いけど、逃げなきゃ!


「意外と頑丈だな……?」


速い! もう追い付いて来た?!


「ぼ、僕はガナン人だけど魔法使いじゃない!」


「知らんな、申請されていないガナン人は魔法使いと同じ扱いだ」


やっぱり説得は無理そうだね、そもそもボーゼスが見逃してくれたのが奇跡だったんだ。


「ぐっ……『我が願いの対価は石一つ』」


「……子どもか、一々詠唱を唱えなければ魔法も発動できんとは」


クソっ! 集中しろ! いつもと違って難しいけど、今は魔法の力が必要だ。


「『望むは敵撃つ礫、転がり回る捨て身の一撃 その身を犠牲にする献身を!!』」


壁をぶち破った時にできたコンクリートの破片を浮かし、回転させ、相手に飛ばす!


「ふん!」


しかしながら僕の攻撃は彼の手に持っていた機械のような剣で簡単に払われ、牽制にすらならない。


「ぐっ!」


こんな時に石の記憶なんて要らないんだよ! あぁ……クソっ! よくメイドさんに拭かれるんだね?! 噂話もいいんだよ!!


「……たかがその程度の魔法行使で引っ張られているのか? ……ボーゼス特務大尉殿はなぜコイツを放っておいている?」


やっぱり魔力をろくに取り込んで強化されていない僕じゃ、まだ巧く魔法を使えない……こんなんじゃより対魔法使いに特化した狩人から逃げられるわけない。


「こっちよ!」


「……お嬢様? 魔法使いを庇われるのは重罪──ぐっ?!」


「アリシア?!」


「早く逃げるわよ!」


そのままアリシアは僕の手を取って逃げる……あれだ、玉ねぎ香辛料爆弾だ……本当に効くんだ、凄い……ていうか、それよりも!


「アリシア! わかってると思うけど魔法使いを庇うのは重罪だ! 君の立場が危うい!」


「そんなことわかってるわよ! いいから早く逃げるわよ!」


ダメだよ、アリシアまで殺されてしまうなんてそんな……なんで僕にそこまで?


「ダメだよアリシア、君まで──」


「──私が庇ってるのは悪い魔法使いじゃなくて大事な友達よ! いい?! 私はできるだけ多くの人を救いたいの! 身近な友達くらい助けられなくて、そんなことできるわけないじゃない! あなたは黙ってお姉ちゃんである私を頼りなさい!」


──そうか、君はそこまで……なら僕も覚悟を決めよう! 女の子にここまで言わせて引っ張られてるだけじゃお母さんに怒られちゃうよ。


「『我が願いの対価は華一輪、望むは癒し』」


まずは殴られ壁に激突した際にできた傷を癒す。


「『我が願いの対価は石五つ、望むは敵撃つ礫、転がり回る捨て身の一撃 その身を犠牲にする献身を!!』」


「えいっ!」


アリシアが投げた玉ねぎ香辛料爆弾と一緒に石礫の雨を降らせる、対価とした壁が虫食いのように穴あきになるけど……アリシアなら許してくれる……よね?


「……舐めた真似をしてくれますね?」


涙を流しなら顔を歪め、こちらを追ってくる。


「お嬢様、子どもの遊びにしてはおイタが過ぎますよ? 二回目です、ソレをこちらに引渡しなさい」


やっぱり僕とアリシアじゃ扱いが全然違うようだね、向こうから呼びかけているくらいだ……逆に言えばまだ相手は本気になってすらいない今が最後のチャンスだろう。


「油……文字通りの児戯ですな」


彼の持っている機械のような剣かすら怪しいものから『プシュー』という空気の抜ける音と共に蒸気が溢れ、一気に油ごと周囲を凍らせる。


「ねぇ……アリシア、あれなに? 蒸気ではないよね?」


「私も狩人や機士が扱う特殊な兵装ってことくらいしか知らないわ!」


走りながら会話を交わし、その合間に準備を終わらせたものから魔法で石礫を飛ばし、床の木材を槍衾にするが……全く通じてないし、相手の追跡速度が微塵も鈍らない。このままだとアリシアまで裁かれるのは時間の問題……どうすればいいのかわからない、なにか他に手は?!


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