第1話.屋敷での噂

あれから半月が経っていた……彼女は度々僕に『魔法について詳しく教えて』と強請ってくる……本当はよくない、もしかしたら彼女が裏切るかも知れない……けれど教えることを口実に彼女と会って話をするのは楽しい、なんだか胸がドキドキするのは苦しいのに不快感はない……それを確かめるためでもある。


「聞きまして? また魔物の被害が出たそうよ」

「怖いわ、領主様はなんて?」

「この弱小領地に魔物をどうにかできるわけないじゃない」

「そうだけれど……怖いわ、中央政府が助けてくれないかしら」

「そんなお金も弱小領地故にないわよ」

「結局そこよね……」


…………どうやら彼女が話していた魔物の被害は事実らしい、こんな狭く、利用できる土地も少ない弱小領地ではなにか出来るはずも、外に助けを求めることも出来ないだろう。


「一体どんな魔物が……」


「おい、クレル! お前また傷が治ってるな? また殴ってやる!」


「っ!? やめてよ、ディンゴはなぜそういつも僕を殴るのさ!」


「……お前が周りと違うからだよ、一緒にしてやろうってんだ! 感謝しろ!」


うぅ、せっかく治したのにまた殴られたら意味無いじゃないか……。


「魔物も出たらしいじゃないか!」


「だったらなんだって言うのさ!」


「だから殴るんだよ!」


「痛い!」


例外である帝都の『機士』と『狩人』を除けば、確かに魔物は僕ら魔法使いしか倒せない……それと同時に魔物は僕ら魔法使いが生み出すものでもある……ディンゴは僕が魔法使いだって言うことに薄々勘づいてる? だとしたら不味い……。


「——なにしてるの?!」


「げっ、お嬢様!」


「げっ、じゃないわよ! やめなさい!」


「命拾いしたな! あばよ!」


「あっ、コラ!」


僕までビックリしてしまった……彼女が助けてくれなかったら痣が増えていたところだ。


「……大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ……ありがとう」


「いいのよ……みんな魔物のせいで不安になってるのよ」


確かに僕だって怖いし不安だ……魔物なんてどんな『人の願い』から生まれたのかが不明なんじゃ行動原理すらわからないし、予測不可能な動きをする。


「領内に魔女がいて、そいつが魔物をけしかけてるんだって噂まで流れているのよ……」


「っ!」


まさか僕を疑って……? いや、魔物が出たんだから真っ先に僕らガナン人の関与が疑われるのは当然か……。


「あ、貴方のことじゃないのよ? ごめんなさいね?」


「いや、大丈夫だよ……それよりもそろそろ家庭教師が来るんじゃない?」


多分顔に出てたんだと思う……すぐに彼女が謝ってくるが……正直顔が近くて、彼女の申し訳なさそうな表情に優しさが感じられてドキドキする、今度はそんな内心と赤くなった顔を見られまいと逸らす。


「あ、そうだったもう行かなきゃ……本当にごめんね!」


「いいよ、行ってらっしゃい」


最後まで申し訳なさそうだった彼女を見送りながら少し素っ気なかったかな? と今さらながらに後悔するが……それこそ意味のないことだった。


▼▼▼▼▼▼▼


「​──やっぱりどこかに魔女が」

「​──領主様はなにを」

「​──あなたがなんとかしなさいよ」

「​──中央はこの領地を見捨てたんだわ」

「​──なんだってこんな弱小領地に」


今日も屋敷の中は魔物の噂やそれに対する愚痴、領主の対応に対しての不満……それらで持ちきりだ。まだ子どもの僕でもそろそろヤバいというのがわかってきて不安になってしまう。


「おい、クレル!」


「っ!」


「また傷が治ってるじゃないか! 殴ってやる!」


「もうやめてよ!」


なんでディンゴはいつも僕を殴るのさ! こっちが反撃しないからっていい加減にして欲しいよ!


「いいか! 傷は治すんじゃないぞ!」


「……」


一通り殴って満足したのか今日は比較的早くに去っていく……おそらく昨日の彼女の叱責を警戒しているのだろう。


「いてて……」


確かに僕でも不安になるし、魔法なんて使えない普通の人であるディンゴたちは尚更だろう……でもだからって僕で発散しないで欲しい。


「……そういえば今日だっけ」


三日に一度の隠れて彼女に魔法について教える日が今日だ……行く前に傷を治さなきゃ。


「今日はなにを聞かれるのかな?」


そんな事を考えながら痛む痣を治すために庭に出る。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る